下
さて、この走馬灯のように流れる映画も終盤に差し掛かってきたところだが、私もそろそろやるべきことをやらないといけない。本来なら、この時期にこうやって悠長に日記帳を出して過去に思いを馳せる行為は褒められたものではない。だが、私のやるべきことを、やりたいこととして実行するためにも、この行為は私にとって必要不可欠なのだ。
上映を再開しよう。凜音とのあまりに突然の別れから、三週間ほど先をのことである。誠さんと蓮、そして私の心は、事故があったあの日から時を止めていた。大幅に低下した学校の成績や、誰とも話さず学校生活を送る私を見て、担任の先生やスクールカウンセラーなどといった周囲の大人たちが親身になってくれたが、閉じた私の心の扉は、彼らには開けることができなかった。
冬休み、私たちが計画していた遊びの予定は、当然全て無しになった。
「ポインセチア、和名はショウジョウボクといって、十一月から十二月にかけて、上の方の葉が赤く染まる。日本ではクリスマスに欠かせない植物として人気」
クリスマスイブである冬休み初日。私は凜音に供える花を買いに、一人花屋にやってきた。
あれからというもの、私は花や木を見るたびに、その植物に関する雑学を呟く癖ができた。こうすることで、そばで凜音が解説しているように錯覚したのだ。
「クリスマスローズ。正式名称はヘレボルスといって、多くの品種は春に開花する。ちなみに花のように見える部分は花弁ではなく萼の部分」
凜音に教わった知識が、彼女と私が友人であった何よりの証拠であった。
「お客さん、詳しいですね」
若い女性の店員さんが、私に話しかけてきた。学校と家以外で人と話すこと自体久々だったため、私の肩は瞬時に強張った。
「あ、はい」
「クリスマスにぴったりな贈り物の花、沢山取り揃えておりますので、どうぞごゆっくりお探しください」
「いえ、私はこれを」
お世辞にも広いとは言えない店内で、私は仏花を少し指で触れた後、手に取った。価格は六百円だった。
花を買った後は、寒空の下を歩いて寺へ向かった。頭の中で、ジングルベルのメロディーが鳴り響いた。
今夜は、最高の聖夜になるはずだった。誠さんがチキンを予約しようと言っていたり、蓮が珍しくサプライズを匂わせたり、凜音がサンタの格好をしたがっていたり。
「ケイトウは、漢字では鶏の頭と書く。グロテスクなイメージも強いけれど、可愛い形のケイトウも多く存在する」
何をいくら言っても、凜音の声は聞こえない。私の声は、凜音の声ではない。そう感じると、あの時間が、あの日々が、いや、凜音と過ごした全ての季節が、まるで幻のように思えた。
小学校一年生の時、クラスに慣れず一人グラウンドで桜を見て終わっていたかもしれない。三年生の時、一人で調べた神山町の植物についての自由研究が、学校内で賞を受賞したのかもしれない。中学二年生の時、新しく知り合った誠さんと蓮と一緒に、三人グループを作って遊んでいたのかもしれない。最初から、そこに佐伯凜音などという人物は居なかったのかもしれない。彼女が存在する私の記憶そのものが、偽物なのかもしれない。気がつくと私は、凜音の全てを疑っていた。
「ねぇ、凜音。凜音は本当に、私のそばにいたの?」
気がどうにかなってしまっていた、というより、凜音との別れを受け入れられない気持ちが、存在そのものへの疑念となって現れていたのである。
「凜音、答えてよ。私、あなたと友達だったよね?」
冷たい、冷たい墓石に手を触れて、凜音の体温を感じようとした。
「友達、だったのかな」
あれから、凜音のことを深く考える時、連動するように雪が降るようになった。固く扉を閉ざした弱った心にとっては、単なるこの偶然も、必然のように思えてしまうのだ。
この頃の男子組はというと、蓮は私に毎日スマホでメッセージをくれた。学校に行けない日もちらほらあったので、「おはよう」「今日は学校行けそう?」と、私の体調を常に気にしているようだった。
自身にとっての恋人を失った誠は、学校生活を何事もなかったかのように送っていたが、私や蓮に心配をかけないように心に無理を言っていたのだろう。
最終的に、事故があってから中学二年生の終わりまで、私たちが三人で遊ぶことは一度もなかった。そう、二年生の終わりまでは。
孤独な冬はいつしか終わりを告げ、梅の花が咲き誇り、桜の蕾が膨らむ3月の終わり。春休みを前日に控えたこの日、先生は言った。
「君たちはこれから受験生になります。各々自分の将来についてしっかりと向き合うように」
受験生。私はこの言葉のディテールをいまいち掴めずにいた。単に実感がないのもそうだが、自分のこれからについての展望が、全くイメージできないのだ。
鬱々とする気持ちをそのままに、私は放課後、雪が溶け始めてから毎日のように通っている近場の公園に寄った。凜音と散々遊んだ、あの公園である。私服の小学生が何人か遊んでいる中、制服姿の中学生が一人、公園内に混じる。
薄汚れた白いスニーカーで、湿った土を避けながら歩いていると、どこかで見慣れたような人物が目に映り込んだ。
「あの子って」
一瞬、そのあまりにも可愛らしく懐かしい姿が、凜音のような気がして、心臓が強く脈打った。
「いや、そんなわけないよね」
昔、私と凜音の前に、はなだ色の姿を見せたキキョウが咲いていた、柵の下に、一人の未就学児か小学生低学年くらいの少女がしゃがみ込んで地面を眺めていたのである。運命と呼ぶべきか、私の全身に電気が走ったような感覚を覚えた私は、吸い込まれるように、その少女の元へ歩み寄った。
「そこに、何かあるの?」
開花時期は夏である故、当然咲いてはいないはずのキキョウのそばで、少女はなぜかそこにいつまでも留まっていたので、私は思わず彼女に話しかけた。それは実に衝動的で、突発的な行動だった。
「この草、他のとちょっと違うから、ずっと見てたの」
確かにキキョウの葉は、その周辺に生えている草とは大きく異なる形をしている。ただ、だからってずっと見ているなんて、随分と変わっている子だな、と思ったものの、そのあとすぐ、私も凜音も大概だったことを思い出した。
「この葉っぱはね、キキョウっていう名前の植物なんだよ。周りに生えてるのは、メヒシバっていうの」
少女の隣で膝を曲げて、できるだけ優しく言うと、少女の口元が綻ぶ。
「お姉ちゃん、詳しいんだね!」
「うん。私には、お花が大好きな友達がいてね、昔からお花のことをいつも教えてくれたの。そのおかげで詳しくなったし、お花のことが好きになったんだ」
「いいなー。わたしもお花博士になりたい!」
彼女の言葉に、目頭が熱くなる。
「それ、将来の夢?」
「うん! お姉ちゃんは、お花博士でしょ? 私、お姉ちゃんみたいな人になりたいの」
将来の夢について、私は明確に、一つだけ確固たるものを持っていた。確かに、私はお花博士だったかもしれない。けれど、私は花屋や植物学者になりたいわけではないし、植物に詳しくなったのも、凜音のおかげ。そう。私の夢は、ひとえに凜音の夢を一緒に叶えたいという、ただそれだけのことだった。凜音の手に引かれて歩くあの感覚が、大好きだった。私の夢はもう叶えられない。彼女はもういないのだから。そんな事実を直視したくなくて、本当の気持ちを封印して、あの冬を過ごしていたのだ。私は震えて、力のない声でこう言った。
「いや、私はお花博士じゃないよ」
自分で言っておいて、少し寂しくなった。
「じゃあ、お姉ちゃんの夢って何?」
無意識に目を逸らす私に、少女は続ける。
「お姉ちゃんなら、絶対お花博士になれるよ!」
少女は、私を励ましたいだとか、お世辞のつもりで言おうとかは考えてはいなかったと思う。だからこそ純粋な彼女の気持ちが、私の体を熱くさせた。
「私、なれるかな」
私は凜音のようにはなれない。だから、私は凜音のそばで二番手になることしかできない。彼女と出会ってから、ずっとそう感じていた。でも、私はずっと、凜音のようになりたかった。
私はこう思えて初めて、心の隙間のずっとずっと奥の方に隠れていた、いや、隠していた自分の気持ちに向き合えた。少女を通して、「結月ならなれるよ」と、強く言われた気がした。私の中で、凜音は生きていたのだ。
「私、決めた」
この日、まだ咲いていないキキョウの隣で、私は少女と一緒に夢を見ることにした。私と少女の、新しい夢として。
確かに、優しく、私は少女に言った。
「私はね、まだお花博士じゃない。だけど、これからもっとお花のことを知って、お花博士になりたい」
「じゃあ、わたしと一緒だね!」
「うん。一緒の夢」
この日の日記は、「今日は不思議な女の子に出会った。凜音のことで、少し区切りがついた感じ。受験勉強、これから頑張らなくちゃ」と書いてあった。
春休みに入ってから数日が経ってからのこと。私は朝起きてから、勉強机に置いた「神山町植物図鑑」をぼんやりと視界に入れ、呟いた。この図鑑は、元々凜音が所有していたのだが、遺品となってしまったところを、凜音の母親が、「この図鑑はあなたに持っておいて欲しいの」と私にくれたため、今は私が保管している。
「凜音ももうすぐ十五歳か」
そう。明日は凜音の誕生日、四月二日である。四月二日といえば、年度の最初の日。誰よりも斬新な考えを持ち、誰よりも早くスタートダッシュを決める彼女に相応しい日だ。
「早いなぁ。私なんてこの前十四歳になったばっかりだもん」
私は、私の心に眠る凜音に向けて、独り言を言った。それはどこか、祈りにも似ていた。
「随分と長く、あのメンバーで集まってないな」
植物図鑑を閉じた私の脳内に、突然一つのアイディアが浮かんだ。
「そうだ」
久しぶりにいつものグループで集まって遊ぶのはどうか、と。三人で、凜音の誕生日を祝ってみたい。あの日、祝えなかった私の誕生日と一緒に。あの事故から止まっていた私の時間と心が、また一歩動き出した。
私はすぐに、蓮と誠さん、そして凜音が入っているメッセージルームで「おはよう。突然だけど、ちょっと電話しない? 私たちのことで話があるの」と連絡した。数分後に既読が付いて、蓮から「いいけど、体調は大丈夫?」とだけ返信が来た。私は「うん。おかげさまで最近は大丈夫。電話できるようになったらまた連絡して」と返した。
それから、三人のタイミングが揃った夕方にグループ通話を開いた。私、蓮、誠さんの三人で揃って話すのは、あの日以来だったため、喪失を乗り越えつつあるこの頃の私でも、少しばかり緊張した。
「もしもし結月? あ、誠もいた」
「聞こえてる。おはよ、蓮。誠さんも、久しぶり」
「おう。こうやって三人で話すの、ほんと久々だなぁ」
「早速だけど結月、話って何?」
私は目を閉じ、少しだけ彼女のことを思い出してから、目を開けて話した。
「うん。私ね、最近、あの事故のことを受け入れられそうになってきたの。もちろん、私はあの日を忘れたわけじゃないし、忘れたいわけでもない。ただ、私は私として、少しだけ前に進む気になった。だから、また三人で集まって遊びたい」
冷房と暖房も付いていない自室の中、鳥の鳴き声だけが優雅に響く。
「結月さんも、前を見たんだね」
今となっては、この何気ない誠さんの言葉にも、大きな引力を感じる。
かくして、誕生日会の開催が明日に決まった。当日は夕方、蓮の家へ向かうことにした。また同じ場所で、同じ計画であの日を再現することで、私たちなりにけりを付けようと考えたのだ。ただ、生憎ケーキは用意できなかったけれど。
ツツジが咲くには少し早い、四月二日。私はあの事故があった交差点の前まで来ると、静かに合掌した。今までこの交差点は、登下校の時は遠回りする形で避けていたのだが、今日でそれはやめることにした。いつまでも引きずってしまうのは、凜音も望んでいないから。
「あ、結月さん」
「誠さん、久しぶり」
彼は黒のパーカーを羽織り、寒そうにフードを被っていた。季節外れの気温となった今日は、あの日を再現しているようでもあった。
「俺と結月さん二人きりなんて、珍しいね」
誠さんはポケットに手を入れて、私の横で信号を待つ。
最初この四人グループができた時は、それぞれにとって友達の恋人にあたる人に対して「さん」付けする流れになっていたが、結局、今に至るまで「さん」は取れていない。
「そうだね」
春らしい曇天と空間を切り裂くような風が、寒さを助長する。
「ねぇ、誠さん」
「なにか?」
「誠さんって、凜音の、どういうところが好き?」
「えぇ? あぁ、答えにくいなその質問」
誠さんは照れているのか単に寒いのか、赤くなった鼻を擦った。
「凜音とは中一の時同じクラスになって、お互いの趣味の話で盛り上がって、そこから仲良くなって付き合った。ってのは言ったと思うんだけど、あいつ、ことあるごとに俺を振り回してきてさ。明日、隣の市の植物園まで電車で行こうって急に言い出したり、レストラン行ったら野菜についての雑学語りだして、しまいには語りたいがためにサラダ追加で頼んだり。最初はなんだこいつって思ったよ。思ったけど、それでも関わっていくうちに、可愛く思えてきて、今ではそういうところが一番好き、かな」
その時、信号が青に変わった。
「凜音って、可愛いよね」
「ほんとにな」
彼は俯いて、噛み締めるようにそう言った。
誠さんは、どうやって前を向いたのだろう。横断歩道を歩きながら、私は彼にその疑問を投げかける勇気が出なかった。彼も、ずっとあの時の別れと向き合っていた仲間だ。そばで見ていたわけではないから、彼の心情の変化は分からない。けれど、同じ出来事でも、彼は彼なりの絶望を経験し、彼なりの乗り越え方をしたのだ。それは蓮も同じ。それぞれがそれぞれの場所で、同じ人のことを想っていた。私たちは凜音を通して出会い、凜音を媒介として、心で繋がった。
しばらく歩いて相澤家に着き、インターホンのボタンを押すと、蓮が応答した。
「今ドア開けるから」
「はーい」
私はふと、横の花壇に目を向けた。さまざまな種類の植物が生える中、目を惹くのは小さくとも目立つ、ワスレナグサの花だった。
「お待たせ、入って」
誠さんと共に中にお邪魔すると、玄関は鍵置場や傘立てくらいしかないとてもシンプルな内装で、日頃から几帳面に生活していることが見て取れる。蓮の家に行くのは実は初めてのことだったので、新鮮な気持ちになり、恋人ながら感心した。
「そして、ここが僕の部屋。そして今日のパーティー会場」
蓮の自室には、テーブルにはクロスが敷かれ、壁にはカラフルなガーランド、天井にはハッピーバースデーと描かれた人の顔より大きな風船が浮かんでいた。
「装飾品は冬にみんなで買ったやつを使いまわして、飾り付けてみた」
「可愛いじゃん! 蓮、センスあるね」
私は、蓮の肩を優しく小突いた。
「結月、驚くのはまだ早いよ。実は今日、あれを用意しておいた」
そう言って蓮は、リビングから紙の箱を持ってきて、開封した。
「えっ! ケーキ!」
「まじかよ蓮! お前最高だよ!」
それは紛ごうことなきホールケーキであった。それは手のひらほどの直径で、チョコが全面に使用され、上にはラズベリーやりんご、キウイ、ブルーベリーなどが派手な中世のドレスのように、凛と乗っていた。
「ははっ。進級祝いで親戚から小遣い貰ってさ。それで買ったんだ。僕なりのサプライズ」
蓮は私が言ったことをよく覚えている。今回も、去年にサプライズが苦手なことを私に指摘されたのをずっと気にしていたのだろう。恋人ながら驚いた。
「サプライズ、やればできるじゃん」
「いや、全然。喜んでもらえるかなと考えると不安でしょうがなかったよ」
褒めてもすぐ謙遜するところは、いかにも心配性な蓮らしい。
私は和んだ空気をそのままに、ちょっとした開会宣言をした。
「それじゃ、始めますか!」
私たちはローテーブルを囲んで、蝋燭を一人一本立てた。
「俺、結構火苦手なんだよなぁ」
誠さんがそうぶつぶつ言いながら、なんだかんだ全ての蝋燭に火を灯すと、蓮は部屋の電気をリモコンで消した。
真っ暗になった部屋の中で、チューリップのようなオレンジの火だけが、辺りを仄かに照らす。
ローテーブルを挟んで正面にいる蓮と誠さんは、静かに私に頷いて、言った。
「凜音さんと、あの時の結月に。誕生日おめでとう」
「二人とも、誕生日おめでとう!」
ふと横を向いても、誰もいないことに気づいた私は、凜音が座れるくらいのスペースを空けて座り直した。
「どうした?」
尋ねる蓮に、私は答えた。
「やっぱり、私たちは四人グループなんだなって、実感したの。だから凜音が座れるように、ここは空けておく。二人とも、祝ってくれてありがとう」
この日はずっと、全身が輝く液体で満たされるような感覚だった。みんなでケーキを食べたり、ゲームしたり、横になりながら喋ったりするこの時間が、ずっと続けばいいのにとさえ思った。
四月二日の日記には、こう書いてあった。「私と凜音の誕生日パーティーがあった。私は、私の人生を彩ってくれた三人の大切な仲間たちと、彼女らと過ごした思い出を、永遠に忘れないだろう」
映画の上映は、これにて終幕。
「よし。そろそろ行かなくちゃ!」
記憶を巡る映画を観終えた私は、ついうっかり、大きな独り言を発してしまった。私はこの自室から二階にいる母に今の声が聞こえていないことを切に願った。
私は勉強机から離れ、水色のショルダーバッグにスマホと貼らないタイプのカイロを入れて、自室を出て玄関に向かった。
「あれ、もう行くの?」
台所で人参を切っていた母が聞く。今日は私の好きなシチューらしい。
「うん。すぐ戻ってくるから!」
ブラウンのブーツとベージュのダッフルコートを見に纏い、私は家のドアを開ける。
「あっ!」
一つだけ、忘れ物をした。これだけは絶対外せない、大切な物。私は倍速再生されたように忙しなくブーツを脱いで、短距離走の選手のように息を切らしながらリビングにあった忘れ物を取り、再び玄関に戻ってきた。とにかく早く、あの場所へ向かいたくてしょうがなかった。
「じゃ、行ってきまーす!」
キッチンから「気をつけてね、行ってらっしゃい」と母の声。
ドアを閉め鍵をかけたあと、私は走った。十センチほど積もった雪を圧縮しながら、転ばないよう歩幅を加減する。
いつもの公園の前を通ると、公園のちょうど中央に雪だるまが一人立っているのが見えた。
「ありゃ、三段だ。海外式だねぇ」
私の呟きは白い息となって、誰にも聞かれずに消えた。
「あれ? お姉ちゃん!」
園内から出てきた少女が、私に手を振る。どうやらあの雪だるまの作者は彼女らしい。
「あ、菜奈ちゃん!」
春に出会った彼女とは、今では歳の離れた友人である。
「どこ行くの?」
「私ね、今から親友に会いに行くの」
「その花束は?」
駆け寄ってきた菜奈が、私の右手を指さして尋ねた。私は持っているものを見せて言った。
「その親友に、渡すやつ」
「そうなんだ! 行ってらっしゃい!」
私は手を振って菜奈と別れる。
植物は人の心を表す。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも。そしてそれは、人の想いをドラマチックに描いてくれる。私は凜音と出会って、そんな植物のことを、愛するようになった。
「到着、と」
凜音の墓の前まで着いた私は、彼女に向かって微笑んだ。泣いてる姿を見せたら、凜音も困ってしまうから。
「今日は、この花を。色合いのセンスないって言われちゃいそうだけど、凜音の好きな花ばっかりだよ」
リンドウ。イヤミグサとも呼ばれ、主には秋に、美しい青紫の花を咲かせる。漢方薬の材料としても知られる。
ユリ。世界中に広く分布しており、球根草である。「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉でも有名で、聖書にも登場する。
アイリス。ギリシャ神話のイリスからその名がついたとされ、レインボーフラワーとも呼ばれる。ドレスのような独特の形をした花が特徴。
カーネーション。母の日に送られる花として広く知られ、ブーケなどによく利用される。四季咲きで、ボリュームのある花が咲く。
「久しぶりだね。もうすぐ私たち、受験だよ。早いよね。そうそう、みんな夢があってさ。誠さんは大学まで行って、作家目指すんだって。蓮は社会の先生になりたいみたい」
冷たく甲高い音を立てる風が、頬を撫でる。
「私はやっぱり、凜音と同じ夢を追いかけることにした。それも、凜音の夢としてじゃなくて、私の夢としてね」
今日は十二月一日。私はずっと、あの言葉と共に、凜音に花束を送りたかった。
「大好きだよ」
雲の隙間から差し込む光が、花と私たちを照らした。
リンネに花束を 一文字零 @ReI0114
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