第32話『宴』


 僕は今、パーカージャージとオタT、そして、ジャージのズボンと言う、いつも通りの格好をしている。

 が、しかし……何時もとは異なる点が存在するのだ。

 それは・・・パーカージャージの胸に、緑で縁取られた紫の剣と盾の刺繍が入っていることである。

 つまり僕の私服が、僕の制服になったのだ。

 

 王の気の利かせ具合には頭が上がらない。

 何せこの私服は僕に残された唯一の、──前世との繋がりなのだから……。

 まぁ……僕の身体自体が、前世との繋がりみたいなところはあるが、それはご愛嬌である。


 と、それはさておき・・・王都では今、第五層の突破を祝しての宴が、大々的に行われていた。

 周りには屋台がズラリと並び、クレープ屋やら蕎麦屋等の飲食系に、射的や輪投げ等の娯楽系がある。

 

 その中でも印象的……と言うか、印象的過ぎて一生忘れられそうに無い物が、存在してしまっていた。

 何を隠そうソレは・・・僕がスパダリ攻めでプロメテウスがヘタレ受けの、十八禁BL本だったのだ。

 それを僕とプロメテウスが見つけたときは、氷河期をも越える極寒の空気感で、二人恐れ慄いていた。

 しかも何がヤバいって、ソレを売っていた女性の目が黒過ぎて、確実にあの世に召されて居たことだ。


『ふっ……これくらい、寝なければ造作もない』


『さ、流石です~!! 最大数ください!! 私っ、お腐施ふせ腐教ふきょう、しっかりしますから!!』


『お買い上げ有難うございます! 私的にはこのカプ、固定で推していきたいと思います!!』


『分かるー! 私も最大数買います!』


『私も私も!』


 もはや売っている女性に貫禄が合って、一瞬何を血迷ったのか僕達は、カッコイイとすら思ってしまった。

 そして貴腐人達に見て居たのがバレてしまい、何とも言えない空気感になったのは、凄く良い思い出だ……。

 良い思い出過ぎて、今すぐに忘れたい……。


「プロメテウス……一緒に、強く生きようね……」


「うん……ハルトもね……」


 そうして色々合った僕達は今、グレース城内のパーティー会場に居るのだが……。

 例の入団式の件で、滅茶苦茶ニヤついているアキレウスとプロメテウスから、物凄く弄られていた。 


「ねーねー。団長の騎士様は、団長のどんなところが気に入ったんすか~?? ホレホレ~」


「誰にも言わないからさ~、ボク達に言ってごらんよ? ホレホレ~」


(ほう? どうやらプロメテウス君は、例のBL本のことをみんなに、聞いて貰いたいようだ)


「プロメテウス。例のび……」


『び……?』


「ちょっ! タンマタンマ! それは駄目なヤツ!」


 一瞬で悟ったプロメテウスは顔を青ざめ、慌てて割って入っては僕の口を手で塞いだ。

 僕の口を塞いでいるプロメテウスの方を横目で見ると、アキレウスが面白そうに笑う。


「ハハハ! 何やってるんすか、それ!」


「ぜーんぜん何でも無いよー! あはははー!」


「本当っすかー? 何か面白いこと、俺に隠してるんじゃないんすかねー?」


「ヤダなー、そんなことある訳無いじゃん! ねーっ? ハルトー?」


 ひくついた笑みのプロメテウスが、眉毛をピクピクさせながら必死に訴えかけて来てて、マジで面白過ぎる……。

 が、ココはプロメテウスの言う通り頷くことにした。

 だってこの話、プロメテウスが無敵になると、僕にだって悪影響出るし……。


(うんうん)

 

 プロメテウスは頷いた僕を確認すると、絵に描いた様な満面の笑みでアキレウスに言う。


「ほらー! ハルトだってこう言ってるよ!」


「いや、別に言っては無いっすけどね?」


「そんな細かいこと気にしちゃダメだよー! あはは!」


 そんな会話をしている二人を見て僕は、さっきからずっと引っかかってたことを、すっと思い出していた。

 

(プロメテウスよりも先に、周りに居た婦人が反応した様な気がするけど……流石に勘違いだよね)


 周りには婦人達の、ギラギラとした目がある。

 それが何を意味するのか、僕には分からない。

 しかし、これだけは確信して言えるのだろう。

 

(ろくなことじゃ、絶対無いよね……)


 と、そんなことを思っていると、別行動をしていたエマ達三人が合流して来た。

 すると、早々にヘファイストスさんが、髭を撫でながら微笑んで言う。


「ふぉっふぉっふぉっ。お主ら、楽しそうじゃのお?」


「そうだな。みなは何を、楽しそうに話してたんだ?」


「べべべ別に~? ふふふ普通の雑談だよねぇ?」


「本当かのう? プロメテウスよ、正直に申してみよ」


 滅茶苦茶動揺をしながら、僕にウインクしまくるプロメテウスと、それを訝しむアルテミスさん。

 何かややこしいことになりそうな予感がした為、僕はその前に話題を変えることにした。


「本当ですよ、アルテミスさん」


「ほう? 公然の場で告白した者が言うと、中々どうして説得力が違うのう」


「それっ、関係無くないです!!??」


「ふむ? ハルトは何時、告白何てしたのだ?」


「「「「「えっ…………?」」」」」


 不思議そうに首を傾げているエマの、たった一言が、この場に居る僕達五人を唖然とさせた。


「告白も何も、ハルト、団長に一目惚れしたって、言ってたじゃないっすか??!!」


「むっ? 一目惚れ? それは、一目で惚れた、と言うことなのか?」


「逆にそれ以外あるの!?」


「いや、無いな! なに、私だって一目惚れくらい、何度もした事があるぞ?」


(・・・えっ? 一目惚れを、何度も……?)


「一体エマさんは、何に一目惚れしたんですか?」


 怖々と聞いた。

 すると、エマが軽快に答える。


「そうだなぁ。まずは、小さい頃に買って貰ったクマのぬいぐるみだろ? 後は、絵本に出てきた王子様」


 うんうん……。

 クマのぬいぐるみに、絵本に出てきた王子様ね……。


 んんんんんんんんん?????????


「え? 一目惚れってそう言う?」


「違うのか?」


「まぁ、違くは無いが……この様な場合は基本的に、異性のことだとワシは思うわい……」


「余もそう思うぞ……はぁ……」


「そうか? それならまぁ、ハルト……かな?」


「うんうん、ハルトね・・・ん? 今なんと?」


 自分の名前を言った様な気がした僕は、自分のことを指差しながらエマに詰め寄った。

 姿勢を低くしたからか、エマの顔と当たりそうだ。

 僕の荒い息がエマに吹かかる。

 するとエマは、僕のことを指差して言ったのだ。


「ハルト……」


 すううううううううう………………


「うわああああああああああああああ!!!!!!」


 大きく息を吸った僕は、大きな声を上げながら、パーティー会場の外へと走った。


◆◆◆


 ハルトが奇声を発しながら走ったのを見た私は、その背中に向かって、心ともなく手を伸ばす。


「ハルト!?」


「あーあ、逃げちゃった……」


「仕方ない。そろそろ時間だし、ワシらも外に行くか」


「「「「りょーかい!」」」」


 ヘファイストスの提案で外に行くことにした私達は、パーティーを楽しんでる人々を抜け、ゆっくりと歩いてく。


「そーいや団長。ハルトに一目惚れしてたんすねー?」


「ん? あぁ……そーだな。私のことを助けてくれたときのハルトは、凄く格好良かったぞ」


「はえー……そうなんだ? ハルトの実力って、団長との模擬試験でしか知らないし。何より、知り合って一日しかしてないけど……何時ものハルトってさ、凄い使徒って言うよりかは、面白い友達って感じなんだよね」


「分からんでも無いが……」


「でもあれっすよね。ビシッと決める時は、ビシッと決めるっすよね、ハルト」


「そうじゃのお……ワシらがハルトのことを全然知らないと言うことは、ハルトとて、ワシらのことを全然知らないってことじゃ。まぁ、簡単な自己紹介はしたがのお」


「ん? 自己紹介なぞ、何時したのじゃ?」


「それはね、団長とアルテミスさんが寝てるときだね」


「「ほう?」」


 その言葉を聞いた私とアルテミスさんは、プロメテウスの方に詰め寄った。

 するとプロメテウスは、冷や汗をダラダラと垂らしながら言い訳をし、話を変える。


「アハハ……やだなぁ……ちゃんと二人のことも、ハルトに紹介したってば~。そう言えばさ団長、ハルトにどうやって助けて貰ったの?」


「話を変えおってからに……」


「ははは! 聞いて驚くなよ? なんとハルトはな、死の呪言でヒュドラを倒したのだよ!!」


「・・・え? ガチ?」


「格好良いだろ? 私がピンチのときにハルトが颯爽と現れ、死ね、の一言で倒したときは運命を漢字たな!」


「死の呪言とは……流石は女神の使徒じゃな……」


「そうじゃのう……仲間で心底良かったわ……」


 私達がそんな会話をしながら外へ向かうと、夜闇の中で独り空を見上げているハルトが、そこには居た。

 手摺に身体を預けて居る、そんなハルトの大きな背中は何処か悲観的で、切なさすらも孕んでいるのだ。

 そんなハルトが、何か呟いているのを知ると、私達は全員揃って後ろに、コッソリと潜んだ。


「お父さん、お母さん。僕ね本当は二人に、大人になったら親孝行がしたかったんだ。でも……もう出来ないや。先に死んじゃう様な、そんな親不孝者でゴメンね……」


 ハルトの声は掠れ、泣いてることが分かった。


「そうすっよね……ハルトにも家族が居るっすよね……」


「あぁ……そうだな……」


 ハルトは話を続ける。


「僕ね……今、異世界に居るんだよ。知らない人達に、知らない土地、そして、知らない文化。しかもね僕、転生するときに女神様に、ここを救えって言われたんだ。半年間も引き篭ってた様な奴が、そんな大層なこと出来る訳ないのにね……。後さぁ……そのときに凄い指輪を三つ貰ったんだけどね、何かさ、エマさんと居るときの僕が、僕じゃない様な気がするんだ。だってさ……セクハラが原因で引き篭ったのにさ、一目惚れ何かする訳無いじゃん……」


 そう言葉を零したハルトが俯いたとき……。

 何かに嘔吐く声がハルトから聞こえてきた。


「う"お"え"ぇ"ぇ"ぇ"」


「「「「「ハルトッ!?」」」」」


 私達は急いで駆け寄った。


「大丈夫かハルトッ!?」


 私はハルトの背中を、そっと優しく摩る。


「う"っ"え"ぇ"ぇ"ぇ"」


 涙を流しながら吐くハルトが、何とも痛々しい。

 ハルトの嘔吐物が、手摺下の池に落ちる音がする。


「大丈夫だ。もう大丈夫だ」


「そうじゃ。だから、ゆっくりと息をするのじゃ」


「はぁっ~……ゴボッゴボッ」


 私は、ハルトの背中を優しく摩る。

 ヘファイストスさんとアルテミスさんは、ハルトの頭を優しく撫でる。

 プロメテウスとアキレウスは、ハルトの手に自分の手をそっと添えている。


 数十秒の、ハルトの苦しみが終わった。

 そして終わったとき、ハルトは笑った。


「はぁ……はぁ……みんな、ありがとう。助かったよ」


 笑っているハルトの目には、一筋の涙が流れ、その涙が滴り落ちたとき……。

 星が爛々と輝く夜空に、大きくて綺麗な火の花が、満開に咲き誇ったのだ。


 ヒュ~~~~…………バーンッ!!


「綺麗な花火ですね……」


 吐いていたハルトの瞳は、彩り豊かな光に満ちて。

 そして・・・そんなハルトの瞳には今、無数の夢と希望が照らしていたのだった。


 こうして、少しずつ互いを知っていった私達は、ハルトが第六層に挑戦出来る様にするため。

 第四層までの攻略を、この六人でするのだった……。


ーーー


次の話から章が変わります。

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