小宇宙の男

藤堂こゆ

小宇宙の男

 創世主は、毎朝庭を覗き見る。地球という名のまあるい庭を。

 創世主といってもただの男だ。ぼろアパートに一人暮らし。さして生活に困ってもいないが、それほど裕福なわけでもない。

 この庭はセールで売っていた「地球セット」を何ともなく買って何ともなく育ててきたものだ。だからかなりいい加減な世の中が出来上がった。

 それでも、自分が生きる世界よりはずっとマシだと、男は思う。


 今日も男は覗き見る。

 ちょうど東京の上だった。

 今日から大河ドラマが始まるらしい。コーヒーを飲みながら、三人家族の家の小さなテレビ画面を拡大して見張った。

 思わず見入ってしまって、はっと気づいて目を反らす。

 実は何度も滅ぼそうと思ったのだ、この庭を。

 だけど滅ぼそうと思って見ていると、大して面白くもないのに見入ってしまう。毎朝見ているといつの間にか出勤の時間が来て、結局そのまま何年も放っておいているのだ。

 今日も例の如く、男は黙って出勤した。


 今日は一人の少年が目に止まった。

 どうやら恋をしているらしい。

 休日なので時間の心配はない。この少年の恋物語を最後にしようと思ってじっくり観察した。

 ……気づいたら深夜だった。

 今夜も例の如く、男は黙って布団を被った。


 今日こそは滅ぼさなければならない。

 これから引っ越すのだ。

 これまでずっと引き延ばしにしてきて、中途半端に庭の住人を苦しめてきた。戦争の種を撒いたり、隕石を落としたり、ウイルスをばらまいたり。

 隣に住む創世主は男のやることを見て呆れ返った様子だった。あいつは自分の地球を大事に大事に育てていたが、暫く経たずに滅亡してしまったのだ。やはり少しばかり厳しくした方が良いのだと、無頓着なハズなのに男は妙な自信を持った。

 しかし人類とは何としぶとい種だろう。どんな嫌がらせをしたって一か月後には元通りだ。

 男は今日も自分が創った地球に見惚れながら、複雑な味のため息をつく。

 それから庭を段ボール箱に詰め込んで、ほかの荷物とともに車のトランクに積んだ。

 引っ越し先でもきっと小さな人類はうまくやっていくだろう、と思いながら自らハンドルをとる。

 暑い夏の日だったから、地球は人知れず、どんどん温暖化を進めて乾いていった。


 男はそれを見つけたとき、一体どんな顔をするだろう。

 私は画面を拡大して、小さな男の引っ越しを、例の如くに黙って見守っていた。

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小宇宙の男 藤堂こゆ @Koyu_tomato

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