妙な違和感

 数日後、王都のすぐ東にある、三叉路の街。


 壁には蛍光色のペンキで落書き、空いた隙間を有刺鉄線と鉄格子が埋めていた。

 路地のさらに奥深く。秘密の基地の入口になりそうな突き当たりで、記者とある若い男が話し合っていた。


「知ってる? 例の女性、ついに役目を果たしたんですって」

「舐めてんのか? 俺はただの浮浪者じゃねぇよ」

「ごめんごめん、情報屋だったわよね」

 なだめるため、白々しい笑顔になる。

 青年は無精髭をさすりながら、話をした。

「お前さ、王立新聞社なんだから、日の当たる話題にかじりつけよ」

 重たそうなまぶたでこちらを見る。

「あの女だけはやめておけ」

「そんなに悪い子には見えなかったけど」

「悪いやつだったから殺してんだろ」

「殺されたのは指名手配犯よ。それに、かの一族は死神として扱われてるんじゃなかった?」

 死神に殺されたすなわち、死するべき運命。彼らの行いは裁きに近い。治安維持隊もなんとなく察したのか、早急に手を引いた。

 真相は闇に葬り去られるだろう。

 別に問題はない。ペネロペが気にするのは、なぜロゼが悪名高い人間と行動を共にしたのか、だ。

 チョークが散らばる地面を見下ろしながら、顎に指を添えて、考え込む。

「実は愛していたから殺したのかもよ」

 薄闇に急に明るい声が広がる。

 情報屋はひらめいた! と人差し指を立てた。

「あの女は男の魂をおのれの肉体に焼き付け、永遠のものにしたかったんだ!」

 こちらは殺しの仕事のためにクルーズを狙っただけと、思い至ったところ。

 結論を出したタイミングで妙なことを言われたので、おかしな顔をしてしまう。

「ほら、あの二人は恋人同士のように旅をしていたらしいじゃないか」

 さらに声を張り上げ、身を乗り出す。

 行動と感情が矛盾したほうがドラマチックだと解釈したのだろうが、いまいちピンと来ない。

「前言撤回だ。ぜひ記事にしてくれ。俺は読む」

「私は吟遊詩人じゃないのよ」

 彼は役に立たないので切り捨て、ほかを当たる。

 踵を返そうとして、「あ」と気付いた。

「彼女の出身地、どこだっけ?」

 目をしっかりと開いて、確認を取る。

 情報屋は表情を固めた。

 暗雲が垂れ込み、一瞬冷たい風が吹いた。

 青年は視線を彷徨わせてから口を開いた。

「今はなき巫女の村だよ」

 無機質な声。

 ペネロペは口を開いたまま固まる。

 そうか、あの村の。

 薄暗い路地に寒々しい風が吹き抜けた。



 引き続き旅を続ける。次にやってきたのは、谷間の村だった。

 リコリス。いわくつきの地名だ。亡霊が出ると噂が立ち、常に不気味な霧が包む環境は、今はきれいに晴れ渡っていた。

「あの娘の知り合いか? 代わりにお礼を言っておくれ」

 好々爺はほっこりとした顔で、彼女を語る。

 謎の少女のおかげで村は明るさを取り戻し、霊も静まり返ったとのこと。

 周りの住民もにこやかに話しかけてくる。誰もロゼを悪く言う者はいなかった。

「いい話をありがとう」

 愛想よく笑い、挨拶。別の場所をあたり、狭い道を進む。


 ちょうどハロウィンの季節だ。これからは呪われた土地ではなく、鎮魂の場としてひそやかに営みが続くことだろう。


 いい話。そう、いい話だ。だけど妙な違和感。

 頬に髪の毛束がかかった横顔は、うっすらと影に沈む。

 耳の奥では「巫女の村」という情報がリフレインしていた。


 ***


 一ヶ月後。

 荒野を越えた先にある国の最南。寂れた街。


 廃墟同然の建物が放置され、退廃的な雰囲気が漂う。

 スカートスーツ姿の貧相な容姿の女は、浮いていた。

「なんでたってこんな場所に」

 躊躇なく路地に入り込み、いちおうキョロキョロとしつつ、ヒールで地面を蹴る。


「あの女に触れるのはやめてくれ。捕まえるなら、俺を捕まえろ」


 気配もなく背後に立たれたので、びくっと肩を震わす。

 目を剥いて振り返ると青ざめた顔の男が立っていた。

 彼は怯えた様子でこちらを見るが、むしろこちらのほうが怖い。


「俺ぁ、人を殺しかけた。なんでもいいから傷付けたくてたまらなかったんだよ」

「いきなり怖いこと言わないでくださいよ」


 熱をもって語る男の目は血走り、キマっている。


「あの人は無理やりに俺を止めたんだよ。『人を殺してのうのうと生き延びる』こと以上に、重苦しいものはないとな」

 男はうつむき、視線を落とした。

 ペネロペはリアクションに困り、口をあんぐりと開けて固まる。

「やっぱり、あの男を殺したのはロゼなのかしら」

 ポツリと独り言のようにこぼすと、男が食いつく。

「いいや、自殺だ。あの人に限ってありえねぇ。だからどうか俺を捕まえてくれ」

「私に逮捕権はありませんが」

 焦るあまりおかしなことを口走る男に、タジタジになる。


「そういうあなたは彼女の口からなにか聞きましたか?」

「聞いてない」

 ボソッと薄い唇を動かす。

「嘘をついても無駄です。あなたはなにを想像したんですか?」

 とり澄ました顔。

「あいつが男を殺したなんてこと、一度も聞いていない」

「本当にそう、打ち明けたんですね?」

 まっすぐに彼を見据える。二対の目がシャープな光を放った。

「なぜ決めつける。なにも言ってないのに」

「私もまだ、中身を教えていません」

 さらりと教えると、男は口ごもる。

 気まずい沈黙。

 やはり、罪を告白したのか。

 でも、どうして?

 あの娘ならおのれの罪は墓場まで持っていく。以前に接触を求めた際も、頑なに口を割らなかったのに。


「時にあなた、彼女に恋をしているんですか?」

「いや」

「そうですよね。彼女は美しいですから。そんな人が罪なんて犯しませんよな」

 男の答えを聞き流し、自分なりの考えを述べる。

「だから私は真実を確かめに行きます。少し前に取りこぼした内容を消化するため。これこそが記者としての矜持です」

 発言は撤回しない。

 力強い目で説得力を演出すると、男はあっけに取られ、言葉を失う。

「あの人がなにもしてないことを祈ってるよ……」

 力なくつぶやき、下を向いた。

 魂が抜けたかのように棒立ちになった彼を置いて、ペネロペは歩き出す。もう用はなかった。

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