一対の龍3
まさか皇太后に私の存在を逆に利用されるなんて予想しておらず、どうすればいいのか分からずに言葉を失う。
「……皇太后は、どうしても俺を龍帝から引きずり下ろしたいようだな。まぁ輝天も成人したし、生かしておけば当然の動きか」
気がついたのか、明昊様が体を起こす。
「兄上、体は大丈夫なの!?」
「星蓮が助けてくれたから大丈夫だ」
「兄上の馬鹿! どうせ母上にわざと刺されてやったんでしょ!?」
苦笑する明昊様の表情は、肯定を意味するのだろう。
「どう足掻いても星蓮に会えぬのならば、もういいと思ってしまった」
「本当に兄上は……いや、兄上の盲目には何を言っても無駄だから言わない。星蓮を奪ったら兄上は幸せになれないのだと、よく分かったよ。……ごめんね」
明昊様は眉尻を下げる輝天様の頭を軽く撫でてから、私の方へと視線を向ける。大きな龍となった私の頭から尻尾の先まで一通り眺めた。
「予想以上に神々しいな。俺よりも遥かに龍神らしい龍神だ」
『すみません……勝率十割とか豪語したにも関わらず、逆に利用されてしまいました』
「星蓮の言葉はむしろ求心力が強すぎるんだ。流石人たらしだが……どうしたものかな。俺の番だと周知徹底するのは当然として、俺以外の龍神二人の人気がこうも高いと、色々難しいな」
(良かれと思ってしたことが、また明昊様の足を引っ張ってしまった気がするわ)
龍のため顔には出ないが、しゅんとした気持ちになってしまう。
そんな私を蚊帳の外に追いやって、明昊様と輝天様は二人で話し始めた。
「……兄上は、星蓮が一番大切だよね?」
「当然だ」
「この場は僕に任せて、星蓮を連れて遠くへ逃げてと言ったら、そうしてくれる? 兄上はきっと、それが一番幸せになれる」
「正直に言うと俺は、輝天の成長を待ち、星蓮を取り戻すために龍帝をしていたようなものだから退位は構わないが。……それだと輝天に全てを押し付けて逃げるのに等しいだろう? 当然星蓮が一番大切だが、俺にとっては輝天も大切な弟だ。……捨てたくはない」
明昊様の幸せを考えるなら、輝天様の言い分は正しい。しかし明昊様の言いたいことも分かる。たった一人の血を分けた弟を犠牲にできるほど、明昊様は割り切った性格をしていない。一番大切なものを守るためなら他は切り捨てられるが、切り捨てたものをずっと引きずってしまう。私のせいでそうなってしまうのは、本意ではない。
明昊様と話しても無駄だと理解したのであろう輝天様は、今度は私に話を振る。覚悟はすでに決まったというようなその表情で、彼が私に何を求めているのか、容易に理解できた。
「星蓮、兄上を頼んだよ」
「輝天! 俺は、お前に全てを押し付けたくは……」
「違うよ兄上。僕が兄上に押し付けたんだ。他国の知識を学び吸い取って、この煌龍帝国の発展に寄与する役目。僕は勉学が苦手だから、それを兄上に押し付けるんだよ。だから……何十年後かに帰ってきて、僕を助けてね? それまでに兄上に害意のある者は、僕が龍帝として片付けておくから。絶対帰ってきてよね!」
輝天様は立ち上がり、皆と私の間に躍り出た。太陽が出てきて徐々に視界が広がってきたため、その姿は臣下達からもよく見える。
「現龍帝が退位の意を示したため、現在から僕が龍皇帝の座を継いで煌龍帝国を治めていく。ただこの金の龍は星天妃で、兄上の寵姫だ。それを奪えば黒き龍の逆鱗に触れて、それこそこの国は滅されてしまう」
大歓声の中、輝天様は振り返って私に「行って!」と合図した。
ここまでくれば後には引けない。私も覚悟を決めて、龍の手で明昊様を引っ掴んだ。
「明昊様、掴んでごめんなさい」
「星蓮、頼むから少しだけ待ってくれ!」
「待ちません! こんなにも兄思いな輝天様の覚悟を、無駄にはしたくありませんから」
私はそれだけ伝えると、この後に及んで抵抗する明昊様を掴んだまま、エイッと思い切り地面を蹴った。龍になったばかりでどうやって飛ぶのかもわからないが、思ったよりも激しい勢いで体が上昇する。臣下達にも、動揺のどよめきが広がった。
「うわぁすごい勢い……。とにかく黒き龍は、金の龍に任せておけば何の心配もいらない。二人で天にでも篭って、番として仲良くやるんじゃないかな。だから皆、これからはこの国唯一の龍神となる僕を助けて、新しい太陽を迎えた煌龍帝国を支えてくれるよね?」
臣下を上手に誘導する輝天様の言葉を聞きながら、私の体は上昇する。帝都がはるか下に見える程の高さまで跳んだが、どうやって宙に浮くのかが分からない。春先なので上空は凍えるように寒く、体もキュッと縮こまるような感覚がした。
「明昊様、明昊様! 大変です。私、どうやって飛ぶのか分かりません!!」
「ひとまず落ち着いて、体の力を抜いてくれ。このままでは真下に落ちる」
「む、無理です! 飛ぶなんて、新人龍には難易度が高すぎました……!」
そんなことを話している間に、本当に自由落下に入る。体は龍だがお腹の奥がひゅっとなる感覚がして、思わず目を瞑った。口からは可愛くない悲鳴が漏れ出る。
(せっかく輝天様が場の雰囲気を作ってくれたのに! 私がこんな、盛大にビョンビョン跳ねる鯉のようなことをしていたら龍神の尊厳が──)
どう考えてもその姿は失笑ものだ。
しかし私の体は地面に落ちることはなかった。突然何かに支えられるようにして落下が止まる。
「──ッ……って、あれ? 浮いてる」
「はぁ……危ないから、絶対に一人では飛ばないように」
目を開けると、体を巻き付けるようにして、黒色の龍が私の体を支えていた。明昊様を連れて逃げるように言われたのに、これではどちらがどちらを連れているのか分からない。
私がお礼を口にすると、とりあえず私の落下を止めた明昊様は私の体に巻きつけていた自らの体を解いて、親が歩き始めの子の手を引くように両手を取った。
「ほら、こうやって空気の流れを感じて、それに混ざるようにして浮くんだ。前に進むのは、歩くのと同じで体を前に進める感覚で、こうやって泳げばいい。簡単だろう?」
「……難しいです」
手取り足取り教えてもらっても、赤子がすぐには歩けないように、私も練習しなければ飛べないのかもしれない。
「じゃあ煌龍帝国の端まで、練習しながら行こうか」
「え? 無理やり誘拐しなくても、一緒に来ていただけるのですか?」
「この流れでは戻れないからな。それこそ輝天の望み通りに、勉学に励み知識を蓄えて帰るしかない。それに、待ってくれと言ったのは……旅立つ前に星蓮が天文時計やら天文台を一目見て行きたいのではないかと思って」
「ふふっ、輝天様ならきっと綺麗に置いておいてくれるはずですから、帰った時の楽しみにしておきます。それに、代わりという訳ではないですが、これからは明昊様と一緒に星空の散歩を楽しめるはずですから」
明昊様は私の言葉を聞いて頬を擦り付けてくる。肌ではなく鱗同士のはずなのに、接した面からは心地よい温もりが伝わって、思わず顔が綻ぶ。
しかし、ここは帝都の上空だ。
「すっかり忘れていましたが、こんな場所で戯れあっていたら目立ちますよね? 皆、空を見上げて呆れているかも」
「見せつけてやればいい。皇太后に『金の龍が黒き龍に攫われた』なんて噂を広められても困るし、星蓮は俺の番なのだと知らしめたい。更に言えば、俺が離れたくない」
明昊様は何年経っても、番になっても、距離感は変わらず狂っていた。
しかし、番となったせいだろうか。私もその距離感を心地良く感じてしまうし……明昊様の感情も、以前より正確に把握できる。
「こんなに嬉しそうな明昊様は初めて見ました」
「俺は今日独りで虹の橋を渡るのだと思っていたのに、これからは番として星蓮と共に居られるなんて。こんな幸せな気持ちで退位しても許されるのだろうか」
「明昊様は今まで独りで真面目に頑張ってきましたから、ご褒美です。それに、私も……流相お爺ちゃんも。明昊様は幸せになりますと、予言しましたよね?」
龍帝という位からは退いたが。これからも明昊様はこの国を思い、この国の為に他国の知識を吸収して、今度こそ輝天様の治世を支える。私と一緒に。
それはきっと、現状考えられる彼の一番幸せな未来図。
「そうだな……本当に、星蓮の占いを信じて良かった」
◇
太陽が出てきたといえども、やはり上空は寒かった。慣れていない私が寒さに根を上げてしまい、私達は煌龍帝国の端までたどり着くことなく、人影の無い場所へ降り立った。そして龍のままでは目立ってしまうので、姿を人へと戻す。すっかり冷えてしまい体を震わせる私を明昊様が抱きしめて熱を分けてくれた。
「……明昊様が、星空の散歩は夏にしようと言った意味がよく分かりました」
「夜は更に冷えるからな。……ところで星蓮。なんとなく西に飛んでみたが、この後どこに行くのか案はあるのか?」
「えっと……ひとまず私が煌龍帝国を離れていた間に住んでいた小屋へ行き色々と旅の準備をしようかと。そしてお父様の商隊に途中から混ぜてもらおうと考えています。丁度行商の旅に出ると言っていましたし、どこの国で何を学ぶのかも助言をもらえると思って」
追い出されたにも等しいような状況だったので、私達は着の身着の儘の状態。手持ちで金目の物といえば、明昊様にいただいた簪しかないし、これを売る気はない。あの家にも金銭は殆どないが、それでも私の衣服や長期保存のきく食材なんかは残っていたはずだ。そこへたどり着くまでは……きっと二人で力を合わせれば、何とでもなるだろう。
「小屋……そうか。輝天に不便な生活を強いられていたのだな」
「え? 宮で暮らすよりは不便ですけど、普通に生活するには何の問題もなかったですよ。お隣に住んでいたご夫婦も親切でしたし」
「夫婦とはいえ、男と何年も隣の家に……!?」
「相手はお父様より年上のおじさまです! ……番になったのですから、心配せずとも私は明昊様だけのものですよ」
いざとなったら龍になって逃げるし、そもそも龍になった時点で相手が驚いて腰を抜かすだろう。
「……本当だろうな?」
「本当ですから、着いたら確認してください。それでも心配なら、また指切りでもしますか?」
私は苦笑と共に小指を差し出した。番となった私達は仮に一時的に離れることになったとしても、虹の橋を渡る時には必ず一緒。これ以上の約束は無いように思うが、明昊様が安心する為ならいくらでも約束する。
しかし明昊様は小指を絡めるのではなく、私の頬に手を添えた。
「星蓮の願いは叶えたのだから、もう許してくれるだろう? 指切りよりも、こちらの方が良い」
重なり合う唇。一度目とは違って、それは甘くて、優しい。
合間に囁かれた「──ずっとこうしたかった」の声に「私も」とだけ答えた。
星占い師は黒き龍の幸せな未来を予言する 雨露 みみ @amatuyumimi
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