悪役令嬢と暮らしています ~そっちが異世界転生してくるんかい!~

中村漱

第1話 望んでいた変化はこれじゃない

午前6時半、アラームに起こされて起床。時間を確認して二度寝。


午前6時45分、二度目のアラーム。時間を確認して更に三度寝。


午前7時、二度寝用のアラームで起床。これがリミットだ。眠たくて重たい身体を引きずるようにして起きる。


午前7時45分、顔を洗って最低限の化粧をして出勤。雨でも風でも暑くても寒くても、会社員は出社しなければいけない。世の中の世知辛ところだ。


午前8時。リュックを身体側に背負い直して、人で満員の電車に詰め込まれる。上京して7年、慣れてきたとはいえ苦痛なものは苦痛だ。


午前8時50分。会社に到着。満員電車で仕事が始まる前から疲れている。挨拶をして自分の席に座り、パソコンをつける。


午前9時。朝礼をして仕事が始まる。早く昼休みにならないかと思いながらいつもと同じルーチンワークをこなす。時計を何度も見るが、時間が過ぎるのは遅い。


午後12時。やっと昼休みだ。家で詰めてきた作り置きのお弁当を食べて、何の目的もなくSNSを見る。昨夜放映されたアニメの感想や、話題のニュースなんかが流れてくるのを見て、適当にいいねを押す。


午後1時。昼休み終了。仕事の1時間は長く感じるのに、どうして昼休みの1時間はこんなに短いのだろうと思いながら仕事に戻る。


午後3時。コーヒーを淹れて休憩。同僚のお喋りを聞きながらスマホを弄る。「内藤さんって、やっぱ少し近寄りがたいよね」「無口だし人とあんまり関わらないっていうか……」気かなかったことにする。仕事さえしていればいい。


午後5時。提示のチャイムが鳴る。派遣の人たちが帰っていくのを眺めながら、私はまだパソコンに向き合う。仕事はいつも通り、定時に終わるわけがない。


午後7時。仕事が終わらない。憎い。少しだけ身体に気を遣って、コーヒーをルイボスティーに変える。カフェインのとりすぎは禁物だ。


午後9時。ようやく仕事が終わった。疲れで背中がバキバキになっているのを感じながら退社する。やっと帰れると思うと気分は晴れやかだ。


午後10時。帰宅。朝の満員電車よりはましとはいえ、それでも座れないのはつらい。既に限界の体力が尽きそうだ。それでも玄関前で鉢合わせた隣人に「こんばんは」と挨拶をして、部屋に入る。

隣人は会釈だけ返してくれた。たまに隣の部屋からおかしな音楽や

奇声が聞こえるが、目を覆う長さの前髪にロックなプリントがされてたTシャツ、ジーンズという姿はたまに見る美術系の学生にしか見えない。学生かすら不明ではあるが。


玄関で倒れそうになりながら、必死に部屋まで移動する。


服を脱ぎ捨て、早速パジャマに。メイクだけ落としてアニメを見ながら夕飯を食べる。冷凍ゴハンをレンジでチンして、おかずはコンビニで買った割引シールの貼られたサラダ、作り置きの豚の味噌漬け、インスタント味噌汁。いつもの食事だ。


「最近異世界転生、流行ってるな……」


録画したアニメを見ながらひとり言を呟く。

そしてだらだらとアニメとSNSを往復して、シャワーを浴びて日付が変わったら寝る。


これが25歳一人暮らし彼氏なし、手取り18万、正社員事務職、一般的社会人である内藤桜子の一日だ。

落ち着いていると言えば人聞きはいいが、変化のない毎日。

このままでいい、と思う私と、何かを変えたいと思う私がいる。


でも、何を変えたらいいのかわからない。

婚活を始める? 新しい趣味を作る? 友達を作る?


どれもぴんとこない。だって、私自身は変わり映えのない毎日を突続けるだけのつまらない人間だ。自慢できることもない、取柄だって何もない。言われたことをするだけの、仕事人間。それが私だ。


「異世界転生をすると、色んなスキルがもらえるんだ……」


「私だったらどんなスキルがいいかな。向こうの世界の言葉が分かるようになるのは必須として、いっそ現代にあるものを取り寄せられるとか? 一見弱いスキルで無双っていうのも流行りだよね」


流れているアニメを見ながら、そんな妄想に耽る。

適わないなんてもちろん分かっている。

でも、妄想に耽るくらい許されるはずだ。

だって明日も、同じ毎日が待っているのだから。


「あ、そろそろ寝ないと……」


時計を見て、0時が近くなっているのを見ていつものように寝る準備をするところだった。


いきなり、壁が黄金色に光り出した。もちろん、賃貸の壁にプロジェクターなんてものはついていない。


「え、え? なにこれ、眩し……目が開けられない……!」


眩しさを増していく光が部屋全体を包み込む。

強烈な光に目が焼けそうで、私は思わず瞼を閉じた。


どのくらいの時間、光を放っていたのだろう。

瞼の裏から光が弱まったのを感じて、恐る恐る目を開ける。


そこには、一人の女性がいた。

金髪縦ロールに、いかにも高級そうな真紅のドレス。

繊細なレースに、袖やドレスの裾にあしらわれたフリル。

青色の瞳はいかにも気が強そうで、手にした羽根つきのセンスで口元を隠している。


彼女は何も言わず、私の部屋を見回している。

えっと、部屋を間違えたコスプレイヤーとかだろうか。


「あの……」


事態を把握できないまま、私は彼女に声をかける。

青い瞳が私を捉えて、整った顔は眉間に皺を寄せた。


「この狭っまい部屋、なんですの? こんなに狭くて質素な部屋に私を呼びつけるなんて……あまりに不敬ですわ! あなたも貧相ですし、身分不相応という言葉をご存じ?」


畳みかけるように投げかけられる私と私の部屋への罵倒。

そしていかにも意地が悪そうな見た目にプライドの高そうな顔。


「あ、悪役令嬢だーーーーーーー!?」


こうして、私と悪役令嬢は出会ってしまった。

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