基本恩恵『収納』だけの配達屋

港瀬つかさ

基本恩恵『収納』だけの配達屋


 のどかな風景が広がっていた。青い空と、生い茂る木々の緑がどこまでも美しい。牧歌的な風情を醸し出す穏やかな風景。……有り体に言えば田舎の小さな町、規模で言うならば村と呼んでも支障はないような場所に、その青年は立っていた。


「えーっと、この村で良かったはずだよな」


 村の入り口を示す柵の切れ目に存在する木製のアーチ、そこに刻まれた村の名前を確認して、青年は一人呟いた。簡素な旅装姿は別に珍しくもなく、村の入り口の傍らに立つ見張り台からも特にお咎めはない。

 間違いなくここが目的地の村だと理解して、青年は見張り台に軽く挨拶をしてから中へと入る。田舎の小さな村とはいえ、見ず知らずの土地だ。それなりに民家もあるので、目当ての家がどこにあるのかを聞く必要があった。


「すみません、家具職人のエイダンさんのご自宅はどちらでしょうか?」


 突然声をかけてきた青年に、村の広場で井戸端会議をしていた奥様方は不思議そうに顔を見合わせた。小さな村は住人全てが顔見知りであり、余所者が一人入り込めばすぐにわかる。そして、特に目立った産業もないこんな小さな村に余所者がやってくるのは珍しかった。

 一体どこの誰で、何のためにそんなことを聞いてくるのか。当たり障りのない表情ながら、奥様方の眼差しの奥には青年を値踏みするような何かが潜んでいた。

 青年はそれに気を悪くした風もなく、朗らかな笑顔で理由を告げた。


「実は、王都で菓子職人をしている娘のメリッサさんから、ご両親への手紙と贈り物を頼まれたんです。私は配達屋をしております、セデルと言います」


 そう言って青年は、首元に下げたタグを見せた。それは銀板に公的な認可を受けた配達屋であることを示す紋様の刻まれたものだ。それを見て、奥様方は青年への警戒を解いた


「それは悪かったね。エイダンの家なら、あそこのほら、一際大きなリンゴの木がある、青い屋根の家がそうだよ。今の時間なら夫婦共に自宅にいると思うよ」

「ご丁寧にありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、セデルと名乗った青年は示された方へと歩いて行く。その足取りは軽く、遠く王都からやって来たとは思えないほどに軽やかだった。

 配達屋と呼ばれる仕事に、公的な認可が与えられるようになったのはここ十数年のことである。それまでは、行商人や旅人、冒険者などが手紙や荷物を預かって運ぶことが多かった。配達そのものを生業にする者もいたが、公的な認可はなくその性質は玉石混合であったのだ。

 身も蓋もなく言ってしまえば、安全に荷物が届かないこともあった。商人に託した場合は比較的安全だが、代金が高額になる。旅人や冒険者の場合、相手をきちんと選ばなければ中身をそのまま持ち逃げされたり、金銭の場合は一部を奪われていたりということも多かった。そういった事情を考慮して、国のお墨付きとしての配達屋という職業が生まれたのだ。

 そのため、公的な認可を受けた配達屋の信頼度は高く、その身分証を見せるだけで人々の警戒を解くには十分だったのだ。もちろん、ペナルティーによって認可を取り消される者たちもいる。清く正しく、届け物に対して真摯に仕事に励む者にのみ、認可は与えられるのだ。


「あった。この家だな。……ごめんください」


 目当ての家に辿り着いた青年は、こんこんと玄関をノックして声をかける。少しして、はーいという返事と共に軽やかな足音が聞こえた。

 素朴な作りの玄関扉を開けて顔を出したのは、目尻に少し皺が目立ち始めた年頃の女性だった。


「……えーっと、どちら様でしょうか?」

「こちら、エイダンさんのお宅でよろしいでしょうか?メリッサさんからの手紙と荷物をお届けにきた配達屋です」


 そう告げて、セデルは首元のタグを女性に見せた。女性は驚いたように目を見張り、そして、室内に向けて大声で叫んだ。


「お父さん!お父さん!メリッサからの手紙と荷物が届いたよ!」

「何だって……!」


 その言葉に、室内から慌てたように男性が飛び出してきた。がっしりとした体躯の、女性と同年代と思しき男性だ。


「家具職人のエイダンさんと妻のエミリーさんでお間違いないですか?」

「あぁ、間違いない。それで、メリッサからの手紙と荷物っていうのは……?」

「はい、こちらになります」


 そう言ってセデルは何もない空中に腕を突っ込んだ・・・・・。ずぶりと腕が空間に吸い込まれるような状態だが、夫妻は特に驚いたそぶりを見せない。そして、セデルが腕を抜くとそこには、手紙と小綺麗な、そして随分としっかりとした箱が一つあった。


「こちら、メリッサさんから頼まれた手紙と、彼女が作ったケーキになります」

「「え……!?」」

「ご心配なく。問題なく食べられる状態のものですから」


 セデルの言葉に、エイダンとエミリーの二人は困惑したように顔を見合わせた。手紙をエイダンが、ケーキの入った箱をエミリーが受け取る。だが、夫妻はまだ半信半疑という様子で、困ったようにセデルを見ていた。

 そんな二人に、セデルは答えを与えるようにお手紙を示した。


「詳しいことはお手紙で説明しているとメリッサさんが仰っていましたので、まずは手紙をご確認ください」


 にこりと微笑むセデルに促されるまま、夫妻は手紙を開いた。そこには、彼らが見慣れた娘の文字で二人への労りと、今回の荷物に対する説明が記されていた。




――お父さん、お母さん、久しぶりに手紙を書きます。忘れてたわけじゃなくて、仕事が忙しくて、やっと手紙が書けるぐらい落ち着いてきたの。

  ……ううん、手紙に書けるようなことがやっと出来たっていう方が正しいかな。実は、お店で初めて、あたしが考えたケーキを自分で作らせてもらえたの。ちゃんとお店にも並んでいるのよ。店長に認めてもらえて、すごく嬉しかった。

  嬉しくて、嬉しくて、あたし、どうしてもお父さんとお母さんにケーキを食べて貰いたかったの。村を出て、王都で菓子職人になるって言ったのを許してくれた二人に、あたしがちゃんと仕事をしているのを知ってもらいたかったから。

  でも、王都までは遠いし、お父さんの仕事もあるのに早々来てもらえないのは分かってた。あたしが村に戻っても、道具も材料もないから同じケーキは作れない。普通の配達じゃあケーキは傷んでしまって運んでもらえない。

  でもね、今回お願いしたセデルさんは、品物を傷めずに運ぶことが出来る人だって聞いたの。だから、あたしが作ったケーキを届けてもらうことにしました。一生懸命作ったから、二人に食べてもらえたら嬉しい。

  間に合ってるかは分からないけど、二人の結婚記念日のお祝いってことにさせてください。あたしはこっちで元気にやってるから、お父さんとお母さんも無理せず元気でいてね。お休みがもらえたら顔を見に帰るから。

  それと、今後はもっとこまめに手紙を書きます。まだまだ半人前だけど、一歩前進出来たから。

  それじゃあ、二人とも、元気でね。

  メリッサより。




 手紙を何度も何度も確認した二人は、驚いたようにケーキの箱を見ていた。遠い場所で一生懸命仕事に励んでいる娘の、菓子職人としての第一歩のようなケーキ。まさかそれが、王都から遠く離れた自分たちの元へ届くなんて思っていなかったのだ。

 恐る恐る箱を開けてみれば、そこには出来たてほやほやのケーキがあった。艶やかなフルーツも、柔らかなクリームも、ふわふわとした生地も、どれも実に美味しそうだ。……遠い王都から運んできたとは思えないほどに。


「貴方は何か、特別な恩恵ギフトをお持ちなんですか?」

「いえ、私の恩恵ギフトは基本の『収納』だけです。ただ、その『収納』が普通の人の『収納』とは少し違うみたいで」


 食料も傷まないんですよ、とセデルは告げる。その説明に、夫妻は驚いたように目を見張っていた。そんな『収納』の話は聞いたことがなかったからだ。

 この世界の人々は、五歳のときに洗礼を受け、そこで神から恩恵ギフトと呼ばれる能力を授かる。『収納』はその中でも基本とされ、誰もがもらえるものだ。その名の通り空間に物を収納できる能力で、その空間の大きさはそれぞれで異なる。

 だが、あくまでも無機物を収納できるだけであって、入れた物が劣化しないなどということはない。夫妻ももちろん『収納』を持っているが、自分たちのそれとは異なる性能ににわかには信じられないと言いたげだった。いっそ、何か別の恩恵ギフトがあると言われた方がまだ信じられる。

 しかし、重要なのはそんなことではなかった。可愛い娘が丹精を込めて作ったケーキが、こうして届けられていることだ。目の前の青年がいなければ、手紙で話を知るだけで終わったに違いない。だから夫妻は、セデルに向けて深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます」

「まさか、あの子のケーキを食べられるなんて夢のようです」

「そう言ってもらえて良かったです。……あ、あと、返事の代金も頂いているので、明日の昼頃までに返事の手紙を書いていただけると助かります」

「まぁ……!」


 その言葉に、夫妻は目を見張る。けれどすぐに分かったと頷いて、時間までに宿に手紙を届けると約束してくれた。

 届けた荷物を受け取って喜ぶ夫妻の感謝に見送られ、セデルは宿屋へと向かう。小さな村だが、酒場や食堂と併設された宿屋はあるらしい。滅多にないとはいえ、旅人や冒険者はどこにでもいるので、よほどでない限りどの集落にも宿はあるのだ。

 そのおかげで、配達屋としてあちこち動き回るセデルも宿泊先に困ることはない。野宿もするが、せっかく集落に来たのならば宿に泊まって、その地の料理を食べるのが楽しみなので。


「それにしてもメリッサさん、返事の手紙の代金まで渡すあたり、しっかり者だなぁ……」


 王都から遠い故郷まで荷物を運んでくれるセデルに依頼人である彼女は、追加料金を払って両親からの返事を受け取ってきてくれるように頼んだのだ。何せ、後日手紙を送ろうと思ったら大変な苦労をする可能性がある。

 まず、この村には配達屋などの拠点はないので、近くの町まで出掛けることになる。そこで配達屋の拠点で依頼をするか、冒険者や商人に頼む必要がある。運良く王都に向かう者が見付からなければ、そこで更に足止めされるだろう。

 その辺りの事情を考えれば、こうしてセデルに返事を預かってきてほしいと頼むのは実に効率的だった。セデルとしても、宿に泊まってゆっくりするのは決定事項だし、王都に戻るのは帰路なので問題はない。


「僕の配達屋も、大分板についてきたかな……」


 そんな風に呟くのは、基本恩恵ギフトしか持たなかった彼を、揶揄せず、見捨てず、きちんと見て育ててくれた家族の優しさを噛みしめているからだ。自分の『収納』が皆のものと違うと気付くまで、時間がかかった。それを生かせる仕事を考えるのにも、同じように。

 そしてセデルは今、国の認可を受けた配達屋として仕事をしている。まだまだ駆け出しで知名度は低いけれど、一つ一つ丁寧な仕事で頑張っている。何時の日か、セデルでなければと言われるほどの配達屋になるのが密かな目標だ。

 その日を目指して彼は、一歩一歩、目の前の仕事を大切にこなしていくのである。




 なお、食べ物が送れると理解した夫妻は遠い王都の娘に故郷の味をと得意料理を荷物に追加した。別料金なのでそれは受け取った上できちんとメリッサに届けたセデルは、故郷の手料理に感動した彼女に大変感謝されるのだった。

 きっと、彼女の口コミで評判が広がるだろう。セデルの腕前が周囲に知られる日も、近いかもしれない。




FIN

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