もし彼女のような状況だったら、一体どうやって生きて行けばいいのだろう。
本作はとにかく、その点を強く考えさせられました。
主人公である高校生の颯(はやて)は、アルバイトをしているケーキ店に新人として有紗という少女がやってきたのを見る。
有紗はなんでもそつなくこなすが、なぜか周りと打ち解けようとしない。「自分にはその資格がない」ともうそぶく。
彼女の過去に何があったのか。そして、何が彼女の心を縛り付けているのか。
「マリアにはなれなくて」というタイトルの通り、有紗の母、そして彼女の誕生にまつわる事実が浮き彫りになると共に、「彼女や母親にとって、どうすることが一番だったのか」という疑問が湧きあがりました。
おそらく母親の側、有紗の祖父母や親類の立場からすれば、「有紗を生まねば良かった」という意見も出たでしょう。
でも、生まれてきてしまった有紗としては、自分の存在をどう受け止めればいいか。
この圧倒的な逃げ場のなさ。社会が清浄ならば、社会に悪がなければ存在し得なかった生命。そんな「穢れ」で自分自身ができていると思ってしまう。
強烈な問題提起やジレンマと共に、心理的葛藤が描かれる本作。
重いテーマを扱っていますが陰鬱なだけでは終わらず、「光」を感じさせてもくれます。登場人物の心理に深く引きこむ筆致も巧みで、とても読み応えがありました。