第3話 それぞれの物語:島崎晴也/成瀬善

始まりはアンパンを分け与える男だった。

初めて見たのは、まだ物心もついてなかった頃のはずだ。

特になにか思ったわけではないだろう。

そもそも一歳児にそこまでの思考能力があるとは思えないし、仮にあったとてその時のことを覚えてるわけではない。

ただそれでもおそらくあれがきっかけだった。

次がベルトで変身するバイク乗り。

その次がなんだったか。

まあ順番なんか重要ではない。

俺はヒーローに憧れた。

なぜか。

困っている人々に手を差し伸べて、必ず助けるから。

そんな話ではなかった気がする。

自分の中でなぜなのかを整理することはなかった。

まだそんなことをする年頃じゃなかった。

ただかっこいいとそう思っていた。

それだけでよかった。

だが俺の両親は、そんな俺の憧憬を気にかけることはなかった。

島崎家。

俺の生まれた家系は剣術の研鑽に全てを捧げてきた家系だった。

俺が幼い頃から聞かされていた言葉は

「藍染を超えろ。」

「藍染を殺せ。」

「藍染を潰せ。」

そんな言葉たちだった。

とにかく藍染を目の敵にしていた。

なぜかと母に聞いたことがある。

答えは単純だった。

「藍染がいる限り、島崎は最強の剣術として認められないから。」

「鬼神の力に、ドーピングに頼ってるだけの一家が最強面をしている。そんなことは許さない。私たちはその純粋な剣の腕によってのみで最強になってみせる。藍染を殺せばそれを示すことができる。」

要は現在最強とされる藍染を倒して自分たちが最強だと認めさせたいと。

誰に。

子供ながらにそう思った。

剣道ではなく剣術だ。

表で取り沙汰されているわけではない。

故に一般大衆にはそもそも認知すらされていない。

では誰にそんなことを認めさせたいのか。

認めさせて何の意味があるのか。

そもそも藍染を最強と謳っているのは誰なのか。

考えなかったわけではない。

「立てぇっ!!晴也ぁ!!休んでいる暇などないんだぞ!」

「いい加減にしろ!俺の言うことが聞けないのか!?そこに直れぇ!!今からお前の腐った根性叩き直してやる!!」

「たかが竹刀で叩かれたくらいでメソメソするな!そんなので最強の剣士になどなれるか!!」

ただ子供からすれば大人は絶対だ。

特に厳格だった父に逆らうことはできなかった。

父の言うことに少しでも疑問を呈すれば拳が飛んでくるのだ。

いつしか考えることすらやめ、ただただ父の言葉のままに動く操り人形だ。

「忌々しい藍染の縁が失踪して、そのガキが当主の座を継いだそうだ!藍染のガキはお前と同い年のようだぞ?しかも剣の才もなく、鬼神にも認められていないらしい!分かるな?晴也。殺れ。」

何も殺す必要はないだろう。

そんな言葉は飲み込んだ。

恐かったから。

弱いとは聞いたが実際どんなものか知る必要がある。

だから俺はターゲット、藍染拓未を観察することにした。

なんてことはない普通の高校生だ。

俺も普通の家庭に生まれていたならこんな風に.....。

いや、こいつだって生まれた家庭は普通じゃない。

なのに.....。

ずるいだろ。

俺はお前を超えるために、幼い頃から親父に何度も何度も叩きつけながら剣の腕を磨いてきたというのに。

なんで俺がこんな惨めな生活を強いられてお前は.....。

いいや、こんなことはただの八つ当たりだ。

親父に反抗する胆力が、勇気が俺になかっただけだ。

こいつだってきっと幼い頃からその剣を叩き込まれたはずだ。

俺も親父がいなくなればこんな風に.....。

余計なことを考えるな。

もう今更無意味だ。

そして普通の高校生だったはずの藍染拓未が謎の女と戦闘を始めていた。

何が起こっているのかは分からないが、とにかく一方的に藍染が切り刻まれている。

確かに弱かった。

弱すぎる。

俺が殺る前に殺られてしまった。

親父になんて言われるか。

何をされるか。

考えたくもなかった。

すると少女が藍染に駆け寄る。

今朝藍染と一緒に登校していた少女だ。

もうそいつは無理だ。

終わった。

自分だけでも逃げればいいのに。

バカな女だ。

カップル揃って殺されて終わりだ。

その場を去ろうとしたその時、藍染は立ち上がった。

「うそ.....だろ.....?」

立ち上がるのか?

立ち上がれるのか?

あの怪我で?

なんで......。

俺なら無理だ。

その後も少女を逃がし、自分自身は何度も何度も切り刻まれボロボロになっていった。

それでも藍染は立ち上がり続けた。

なんで。

なんで俺はこいつを......。

ああそうか。

思い出した。

俺が何に憧れたのか。

どんな苦難にも逆境にも立ち向かう。

何度叩きのめされても、どれだけボロボロになろうとも立ち上がる。

俺はそんなヒーローに憧れた。

絶対に負けない無敵のヒーローなんかじゃなくて。

ボロボロになりながら、それでも自分を曲げず、大切なものを守り抜くそんなヒーローに。

だから

「俺を弟子にしてください!!!」

心底嫌そうに断られた。

だがそれでも。

俺はきっと打ち勝ちたかった。

藍染にではなく、島崎に。

俺にとって恐怖の象徴である親父に。

彼のように格上が相手でも決して折れない人になりたいと、そう思った。

だから

「俺が倒す.....!」

恐怖で足が震えようとも

「俺がこいつぶっ倒したら正式に弟子にしてくれよ。」

笑って見せる。

魔術なんてもの大真面目に信じてなどいなかった。

鬼神がどうのこうのも話半分に聞いていた。

だがその実態を見ると、本当に俺とは住んでいる世界が違うと感じた。

俺ではこいつらと真正面からバカ正直に戦っても勝てない。

戦いにすらならない。

人間が耐えられる攻撃ではない。

それでも、つい昨日こさえたばかりの覚悟すらも全うできぬなら俺は一体.....。

「俺を倒すだぁ?ガキが生意気だなぁ!魔力すらない癖によォ!」

原理は分からないがとんでもない威力の攻撃だ。

もはや竜巻、小規模なハリケーンだな。

だが、剣先から真っ直ぐ放たれるそれは射線は予測しやすい。

対処法は二つ。

剣先を自分から逸らすこと。

それが放たれる前に奴の大剣を弾く。

「チッ!そんなのがいつまでも通用すると思うなよォ!!」

もうひとつは避けること。

真っ直ぐ相手の懐に飛び込む。

後ろで破壊音が聞こえる。

「くっ.....」

そのまま振り払ったこちらの剣も避けられたが、十分反応できる。

戦える.....!

そう思ってしまった。

結論から言うと考えが甘かった。

後で聞いた話だが、昨日藍染と戦った女は聖人らしく、聖人は身体能力が大きく強化されているらしい。

そんなやつが苦戦するということは、いなすのも楽ではないということだ。

「ぐあっ......!」

避け損なった竜巻や、それによって飛んできた瓦礫等を全て避け切ることはできず、着実にダメージが蓄積されていった。

一方で俺はほとんど相手に攻撃を通せていない。

同様に女の方も防戦一方で、致命傷は避けているが着実にダメージを負っている。

「チッ!すばしっこいガキだ。まったく......やりづらいったらありゃしねー。」

ランドルフがボヤく。

女のことはそもそも脅威とすら思ってなさそうだ。

「だが、そろそろ仕留められそうだなぁ?」

もう限界だった。

折れてしまうか。

折れるのは慣れっこだ。

いつだって俺は自分の意見を押し殺して生きてきた。

ずっと親父にとって都合のいい.....。

俺は一体何を考えている?

ふと我に返る。

まったくいつまでも弱虫の負け犬根性だけは取りきれない。

思い出せ。

お前が憧れたのは.....。

「寝言は寝て言えよ.....。俺が憧れたのは......絶対に折れないヒーローだ!!!」

限界なんて超えていけ......!

そうだ。

俺が超えたいのは藍染じゃなくて、俺自身だ!

「折れないまま死にさらせクソガキ!!」

大剣を弾く。

しかし轟音が響くことはなく、ランドルフは軌道を変えた大剣を器用に操り、その柄部分を俺の腹にめり込ませる。

「っ......!」

声にならない声が漏れる。

そのまま俺は倒れ、地に伏してしまった。


――

俺の生まれは決して特殊なものではない。

極々平凡なものだった。

家庭環境も悪かったわけじゃない。

ただ小さなことの積み重ねだった。

「お前答え写しただろ?」

あれは中一の時だった。

得意科目の社会。

その宿題の問題集の指定範囲が満点だった。

答え付きの問題集、当然答えを写そうと思えばできる。

だが俺はそんなことしていない。

社会は得意科目だったし、何より好きだった。

だから普段から教科書の内容はよく予習復習をしていた。

答えを写したんじゃない、実力で満点を取った。

「え?い、いやそんなことは.....。」

唐突に想定外の言葉を投げられ、動揺して上手く受け答えができなかった。

それが俺の怪しさに拍車をかけたようで、その教師の中では俺はカンニングしたことが確定してしまった。

「今度から多少提出が遅くなってもいいから、ちゃんとやれよ。」

俺が本当に答えを写したのであればこの教師の対応は悪くなかったと思う。

だが俺はやってなかった。

小さなモヤモヤだった。

ある日俺は遅刻してしまった。

遅刻者は昼休みに罰掃除を課されていた。

遅刻したのは寝坊したせいだし、しかたのない罰として受け入れた。

その日の放課後俺は委員会の先生に呼び出された。

「昼休み委員活動サボったろ?」

サボったわけではないのだ。

「実は遅刻してしまって......。それで昼休みに罰掃除を......」

「いやいや、委員会活動が優先でしょ。なんで委員会があるからって言わなかったの?だいたいお前はいつも......」

言ったら免除されると思ってるのか。

そんなわけがない。

罰掃除を担当する生活指導の先生は学校一厳しいことで有名だ。

たかが10分の休み時間でできる掃除ではないし、放課後は生活指導の先生も部活動がある。

だから昼休みに罰掃除をすることになっているのだ。

一方で俺の所属する委員会は毎日昼休みに活動がある。

と言っても一人いなかったくらいでどうこうなるものじゃない。

なら罰掃除を優先させるのはそんなにおかしいのだろうか。

確かにちゃんと報告や相談をしなかった俺が悪い。

しかし、わざわざ放課後に呼び出して、それにかこつけて関係のないことまでネチネチ説教するようなことだろうか。

さらに言えば俺の成績が良くなってからはこの先生は

「君は優秀だったから.....」

云々......。

手のひら返しをしてきた。

正直ムカついた。

小さなモヤモヤだった。

こんなのは様々ある学校でのモヤモヤエピソードのほんの一部に過ぎない。

こんなことが数え切れないくらいあった。

親はと言えばとにかく勉強しろの一点張りだった。

どんな点数を取ってこようが、もっと勉強しろ、お前は本当に勉強しているのか。

そればっかりだ。

特に親父は

「お前こんな成績じゃ底辺校にもいけないぞ。」

それが口癖だった。

受験期になると模試を受けるが、進学校のA判定を何度取ってきても親父の言うことは変わらなかった。

親父なりの冗談だったんだと思う。

だが普段から高慢で自分が絶対正しい、お前らは黙って俺の言うことを聞いておけ、そんな亭主関白、家父長制を絵に書いたような態度だった親父のその言葉を俺は冗談として処理できなかった。

そもそも親父に対する嫌悪が始まったのは小学校の低学年の頃だ。

「今から出かけるぞ。」

その一言で俺にどんな予定があろうと連れ回された。

挙句車に乗り込むと

「お前はなんでそんなに嫌そうにムスッとしとるんや!お前のために車出してやっとるんやろが!」

そう怒鳴られることが度々あった。

また、ほんの少しでもタメ口で話そうもんなら

「お前誰に向かって口きいとるんや!おい!それが親に対する態度か!?」

お前こそそれが実の子供に対する態度かよ。

そのくせ外面は良かったから友達からは

「お父さんかっこよくて優しくていいなー。」

なんて言われることも少なくなかった。

気持ち悪かった。

モヤモヤは家にいても、学校にいても募るばかりだった。

そう多分小さなことの積み重ねだった。

なにか特別な理由があったわけじゃない。

きっと誰もが軽く流すような小さなことの連なり。

それが俺は処理できなかった。

だからグレた。

中学までは真面目に受けてた授業も半分以上寝るようになった。

気分が乗らない時はサボって遊んだ。

不思議なもんで世の中似たようなやつはたくさんいた。

でも俺は誰ともつるむ気はなかった。

同族嫌悪とでも言うのだろうか。

平日昼間からゲーセンにいるようなやつと仲良くする気にはならなかった。

気がつけば喧嘩もするようになっていた。

ハミ出し者同士で醜く、自分の思い通りにならないやつと殴りあった。

でもあいつだけはいつだって何も変わらなかった。

「優花、もう俺とは関わらない方がいいぞ。」

幼馴染の高嶺優花。

とても物静かな子だ。

大人しい上に、長い前髪で顔が隠れているから目立たないがとてもかわいい子だと思う。

「ううん。善ちゃんは私の大事な幼馴染だから。善ちゃんが嫌だーって言ってもそばにいるよ。」

あまり喋らない子だし、明るくもないし、俺以外にはややオドオドしてるが、俺には言いたいことはハッキリ言う子だ。

「いい加減その善ちゃんってのやめてくれよ......。幼稚園のときのあだ名っつうか呼ばれ方だろそれ。」

不良やってんのにか弱い女の子にちゃん付けで呼ばれんのはなんか恥ずかしいし、ダサい。

いや不良やってる時点でダサいか。

「やめませーん。だってあの頃からずっと私たちは仲良しの幼馴染で関係性が変わってないもーん。」

この子には不良成瀬善が通用しない。

優花にとって俺はいつまでもずっと善ちゃんなんだろうな。

俺にとって優花は大切だ。

誰よりも何よりも。

だからこそしょうもない不良同士の喧嘩に巻き込みたくない。

だからどうにかして関係を切りたいんだけどな。

俺が不良やめてもお礼参りに来るやつはいるだろうし、本当不良なんかになって喧嘩おっぱじめたのは失敗だな。

だからこそ巻き込んではいけない。


俺は決して喧嘩が特別強いわけではない。

当然だ。

ついこの間まで普通の地味めな中学生だった。

それが不良始めたからいきなり強くなるわけがない。

ただ中学に上がった時から筋トレだけはやってたおかげか弱くもない。

まあ一対一ならそれなりに勝てる。

がやはり複数が相手になると勝率は芳しくない。

不良の先輩方は俺と違って喧嘩慣れしてるし、基本徒党を組んでる。

一対一で勝ってもお仲間連れてきてお礼参りされて結局俺がボコられる。

当然親からは心配されたり、怒鳴られたり、警察沙汰になったこともあったし学校からも指導が入った。

それでもそのようになればなるほど引くに引けなくなってしまった。


そんなある日優花が相談してきた。

好きな人ができたと。

どうやら夏休み中に不良に絡まれたらしい。

どう考えても俺のせいだ。

自分自身に無性に腹が立つが、そのことは一旦置いといて、その時に助けてくれた人がいると。

一目惚れだそうだ。

俺の心は驚くほどに嫉妬の炎を燃やしていた。

優花への感情が特別なものであることはわかっていた。

だがそれは父性のようなものであると考えていた。

それなのに、好きな人がいると聞かされた時に感じたのは間違いなく、嫉妬である。

優花のことを異性として好きなのだとこのとき初めて気づいた。

だがそんな自分が気持ち悪かった。

自分自身の行動の結果、自分自身の弱さの結果優花を巻き込んでおいて、それを助けてもらっておいて嫉妬するなど、反吐が出る。

虫酸が走る。

適当な言い訳をしてその話は終わらせた。

これ以上は自身の醜悪さに耐えられなかった。

数日後優花から相手の男の素性がわかったと連絡が来た。

どうやら同じ高校に通う同級生らしい。

藍染拓未、聞いたことのない名前だった。

ただ、デカイ屋敷に住んでるとのことで近所ではちょっとした有名人らしい。

金持ちのボンボンか。

きっといけ好かないやつなんだろうな。

待てよ、それは俺の願望だ。

いけ好かない野郎であってほしい。

そうであれば俺にもまだ勝ち目があるから。

そんな醜い考えだ。

今更まだこんな......。

自身の醜さが、愚かさが俺を蝕む。

応援するしかないのだ。

優花にとって俺はいつまでも善ちゃんだし、俺のせいで危険に巻き込んでしまった。

それを自身ではどうにもできず助けてもらった。

なら二人の仲を取り持たなければならない。

否定することなどしてはいけない。

結局俺は、ラブレターを送ろうと言う優花の背中を押してやった。

なんだよ押してやったって......恩着せがましい。

二学期の初日に下駄箱にラブレターを入れておくらしい。

下駄箱にラブレターだの、バレンタインにはチョコだのがテンプレだが、俺なら下駄箱に入れられたチョコは嫌だな。

まあ入れてくれる人はいないし関係ないか。

さて、そんなこんなで二学期初日、優花は見事朝イチでラブレターを藍染の下駄箱に入れることに成功した。

まあ優花からラブレターもらって嫌な男はいないだろう。

100パーセント成功だ。

そんなことを言って不安がる優花を安心させた。

また恩着せがましいことを言ってる。

お前が協力するのは当然の義務だろ。

しかし、藍染は約束の時間、約束の場所に来ることはなかった。

泣きながら電話をしてきた優花の声を聞いて頭に血が昇った。

明日学校で問い詰めてやる。

だが翌日藍染は見つからなかった。

野郎のクラスメイトに確認すると休みらしい。

逃げたか?

いや違う、冷静になれ、今日休みってことは体調不良かもしれない。

昨日の時点で具合が悪くて優花に会えなかっただけかもしれない。

そうだ優花は自身の名前を書いてなかった。

会えないことも伝えられなかった。

そうだそうに違いない。

だからそんなドス黒い感情は捨てろ。

自身への怒りと嫌悪が藍染に向きかけていたその時、突如として轟音が鳴り響く。

誰もが教室の窓から身を乗り出し、音のした方を見やる。

そこには修道服をきた推定神父が一人、物騒な物を持って立っていた。

その神父は外にいて逃げ惑う生徒の一人を捕まえ

「藍染拓未ってのはどこだ!?」

その声は校内に響き渡った。

絡まれた男子生徒はどうやら藍染のことは知らないらしい。

教師陣はというと警察に連絡したようだが誰も男子生徒を助けようとはしない。

まあそりゃあ怖いだろうな。

侵入者は大剣を片手に、未だに男子生徒を問い詰めている。

助けに行くか......?

馬鹿言え行けるわけない。

相手は俺よりガタイが良いし、刃物も持っている。

しかもだ、先程の轟音、あれは刃物で出せる音じゃない。

追加で銃火器や爆発物を持っている可能性が高い。

一般人よりは喧嘩が強い程度の不良がどうにかできる相手じゃない。

そこに一人、飛びかかる少年がいた。

僅かに遅れて大人の女性が一人駆けつける。

さらに遅れて少年がもう一人駆けつけ、先程まで神父に絡まれていた生徒を抱えてその場を離れている。

何やら言い争っている様子だが、すぐに金属音が響き出す。

どうやら刃物を打ち合っているようだ。

ほどなくすると神父はこちらに視線を向け、その凶器を振るい、それに反応した少年が何やら奇妙な動きをする。

すると青い龍が低空を駆けて消滅した。

何が起こっているのか分からない。

自分の常識が、今まで生きてきた世界が唐突に崩壊した。

意味がわからない。

頭が処理できていない。

なんだこれ。

「何これ.....?映画.....?撮影.....?」

ふと声を漏らす者がいた。

「そ、そうだよな.....?撮影.....だよな?なんかの.....。」

周りが口々に同調していく。

現実逃避だ。

何が起こっているのか分からない。

自分たちの理解を超越したことが起こっている。

何とか自分たちの世界の範疇にそれを納め、理解しようと。

「い、いやービビったわwもしかしてドッキリとかだったり.....?」

「えwじゃあウチら見られてる?激ヤバ.....。」

笑えていない。

「......なわけねーだろ。」

俺の呟きは誰にも届かず、その場を後にする。

見なければいけない。

何が起こっているのか、理解しなければならない。

一度起こってしまった以上二度目がないという保証はない。

いやハナからなかった。

世の中には人知を超越した、俺たちの常識の範疇に収まらない何かがある。

なら知る必要があるはずだ。

何も知らないままビビり散らかして生きることなど俺は許せない。

校舎を飛び出すと、先程一番最後にやってきた少年と鉢合わせた。

「お前何者だ?」

少年は刃物、刃渡りの長い両刃の剣、その剣先を俺の首に突きつける。

「ま、待ってくれ。」

咄嗟に両手を上げる。

「いいや、待たない。侵入者、敵があいつだけとは限らない。今このタイミングで不必要な動きをしているお前は怪しい。怪しきは罰する。」

明確に死に晒されての動揺か、頭が真っ白になり言葉が出てこない。

「ここは戦場だ。怪しいヤツを野放しにしてそいつが本当に敵でしたはシャレにならない。違うと言うのならちゃんと証明しろ。俺だって無駄な殺しは極力したくない。」

証明しろったってそんなのどうやって.....。

こうなりゃやけだな。

「証明は.....できない。」

少年がピクリと眉を動かし、続いて身体を動かす寸前

「だが.....!お前だって証明できないだろ?お前が俺たち高校の生徒の敵でないって、藍染拓未の味方だって。」

少年はやや考え込み

「このガキを助けたのが証拠だ。俺があのテロリストの仲間ならわざわざ助けないだろ。」

先ほど神父に絡まれていた生徒をドサッと地面に投げ捨てる。

生徒はヒッと小さな悲鳴をあげた。

どうやら腰が抜けているらしく、ミノムシのような動きで校舎の方へ這う。

「そうとも限らないぜ。お前が藍染の味方のフリして、そいつを助けるフリをして、人目につかないところで殺すつもりだったかもしれない。」

「あいつの狙いは藍染だけだ。わざわざそいつを殺す必要はないだろ。だからお前のそれは見当違いだ。」

やや沈黙が流れる。

「フン。本当に違うと言うならそいつを校舎の中に連れて行って保護しろ。」

折れたのは少年の方だ。

一時はどうなるかと思ったが、どうやら信じて貰えたみたいだ。

「いいのかよ。俺は怪しいんだろ?」

「そいつなら仮に殺されてもいい。」

とんでもないことを言い出した。

「なあ、やましいことは何もないんだが藍染と話したい。どうにかならないか?」

少年は再び剣を俺の首に突きつける。

「やっぱりお前死んどくか?」

「大事な話があるんだ。お前や藍染本人にとっては大したことないかもしれない。でも俺やあいつにとっては大事な話なんだ。もっとも、藍染の返答次第では殴るくらいはするかもしれないが。」

少年の目を真っ直ぐに見据える。

今度は堂々と。

本当になにもやましいことはないのだから。

少年は逡巡の後に口を開く。

「わかった。会わせてやるよ。そいつを連れていったらまたここに戻ってこい。」

師匠が負けるわけないしな。と呟いた少年はそれだけ言い残すと去っていった。


男子生徒を適当な教室に放り込み、再び外へ出る。

するとタイミングよく藍染拓未が来た。

「莉子っ......!」

「あ?誰だそれ?」

りこ......人の名前か。

まさかこいつもう恋人がいるとかじゃねーだろうな。

「誰だお前!?」

藍染は俺を目にすると心底驚いていた。

どうやら元気そうだが、ラブレターを送った優花のことは気にもかけず他の女の心配かと思うと無性に腹が立ち、つい胸ぐらを掴んでしまった。

「お前が藍染拓未ってやつか?」

咄嗟に知らなかったフリをした。

なんのために?

おそらくかなり動揺している。

しかし俺が藍染を知っていたかどうかなど互いに関係ない。

「そう.....だけど。なんか話があるとか......?」

だから早速本題に入ろう。

「お前無視しただろ。」

しかし、藍染の反応は非常に良くない。

何の話かわかっていない。

「なんの話か分からなくて.....えっと......とにかくごめん!俺今それどころじゃ.....」

早々に会話を切り上げこの場を去ろうとするのを見て頭に血が上った。

優花はこいつに振られたって、振られるにしても面と向かって振られたかったって泣いてたのに。

だから殴った。

「いっ.....!テメッ.....!何しやがる!」

藍染は突然殴られ怒ったようだが、マウントポジションを取り再び拳を振り上げる。

「こっちはマジメに話してんだ。それを何の話か分かりませんだぁ!?もう一発食らうか?おぉ!?」

だがキレてるのはこっちだ。

知らない分からないで済ませてたまるか。

「そんなことを言われても......。心当たりがないんだよ!ちゃんと話してくれ!」

まあ気づいてないのなら話はしなければならない。

チッと舌打ち、話を始める。

「ラブレター.....。昨日下駄箱に入ってたろ。」

どうやらこの一言で何の話かはわかったらしい。

合点がいったという表情で口を開く

「ああ!あれお前がっ......」

思いっきり殴った。

「んなわけねーだろ!あれは......その......俺のダチがお前に書いたんだよ......。あ!ちゃんと女子だぞ!しかも世界一かわいい!」

あまりにもふざけすぎてる。

もはや俺も何を言えばいいのか分からなくなり変なことを口走ってしまった。

「ごめん.....。昨日は色々あって.....正直それどころじゃ.....」

「あぁ!?俺のダチより大事なモンがあんのかよ!?ねーよなぁ!?」

だってあいつは......優花は......。

いや違うこんなの半分以上俺が嫉妬でキレてるだけだ。

「本当に悪かったって!このとおり!」

藍染は両手を合わせて非を認める。

俺も感情的になっている場合じゃない。

先ほどの神父の目的はこいつだ。

今回の騒動こいつがキーパーソンだ。

下手に扱えば優花にまで危害が及ばないとも限らない。

なんにせよ一度落ち着いてからにすべきか。

「チッ.....!こんなやつのどこがいいんだ......。」

つい心の声が漏れる。

オドオドしたかと思えば、クソほど悪い察しでこっちをイラつかせる。

そのくせ自分の非はちゃんと認める。

どういう人間なのか全く掴めない。

「本人に直接謝罪したい。会わせてくれないか?」

再び舌打ちをし

「今なんかやってんだろ。それが終わってからだ。」

そう言い残し背を向けた。

フリをして藍染の行先を見やる。

校舎の影に隠れ、その戦いを見届ける。

何が起こっているのか。

理解をしたかった。

今後またなにかに巻き込まれないとも限らない。

知っているのと知らないのとでは大違いだ。

広がる光景は想像を絶した。

校庭はもはや原型を留めていない。

それでも校舎だけは傷がついていない。

守ってくれたのだ。

藍染が女が、少年が。

しかし、その結果が敗北だ。

今立っているのは神父と藍染だけだ。

守るものがなければ彼らにもしかしたら勝機はあったかもしれない。

だからといって俺に何ができた?

「ぐあぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ.........!!!」

藍染が痛々しい悲鳴をあげる。

やはり俺が状況を把握できていないわけではなく、彼らは負けたようだ。

だが、神父の目的は藍染だ。

ならこの戦いの決着が着けば俺たちは安全だ。

本当に?

考えが甘すぎないか?

世界の常識からは考えられないことが起こっている。

その目撃者を生かしておくか?普通。

間違いなく俺達も殺される。

ここで俺達は終わるのか。

神父が大剣を振るうと暴風が吹き荒れた。

何が起きてるのかも分からないまま死ぬのか。

すると今度は藍染が大剣を前方、神父の方へ突き出すと青い龍が駆けた。

「「あぁああああああああああああああぁぁぁ!!!」」

暴風と龍がぶつかり合い、衝撃が響く。

地が空気が震える。

そしていずれ龍が暴風を押し返し、神父の身体を突き破った。

俺はただ呆然とその様を眺めることしかできなかった。

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