全ての始まり 二階と『新宿連続婦女暴行爆弾魔事件』
第36話 5月のこと
急にやかましくなったオレのアパート。
カープ対巨人がさっぱり聞こえない。
それはいいのだが、
「たしかにこれはちょっと、人が多すぎましたね」
「分かってくれるのは君だけだ、鳥江くん」
独身向けの安アパートなのだ。
一気に6人も増えては入りきらないし、
「ちょっとそっち詰めてください」
「水崎さんが狭そうよ。上総くん、抜けなさい」
「ホント許してください……」
「素子ちゃん膝の上来る?」
「また夏菜奈さん私を子ども扱いして! 乗ります!」
「乗るんかい」
「二階さん肩幅邪魔です。抜けて」
「水崎さん。実はオレがここの家主なんだ」
ちゃぶ台もそれに合わせている。
7人着けないし食器も載り切らない。
「というかビール瓶が多いんだよ。大瓶一人一本って何事だよ」
「余ったら私が飲むから平気よ」
上総が何か言いたげな顔をしたが何も言わない。
気持ちは分かるぞ。
だからカレシができないって言いた
「それより、まさか二階くんが謹慎になるとはねぇ」
「不当ですよ不当!」
粟根もグラスを勢いよく掲げる。溢れるぞ。
「『マスコミは一回で引き下がるような連中じゃない』とのことで。原因をパージしたかったようですね」
「んなこと言ったら、ダンジョン課全員追われてるようなもんスけどね」
「だから外泊許可出てるんですし」
水崎さんが言うように。
寮にもマスコミが押し掛け、迷惑している入居者が多い。
そのため割合簡単に『逃げる』許可が下りるらしい。
「待て。てことは」
「ここにいる全員門限がないのでー!」
「何時まででも居残っちゃいまーす!」
「泊まっちゃうぞー!」
「床で寝ちゃうぞー!」
粟根と水崎さんが乾杯する。もう酔ってんのか。それにしても仲いいよな、この二人。
じゃない!
「無理に決まってるだろう! 狭いし! 異性いるし!」
「思春期みたいなこと言わないの」
「ダメです! 鳥江くん以外アウト!」
「オレダメなんスか!?」
「おまえは係長の手先だろう!」
などとギャーギャー言い合っていると、
「ま、最悪泊まるのは冗談にしてもね」
静かにしていた小田嶋が口を開く。
「最悪、なのか」
「うふふ。まぁそういうわけで。長い話積もる話もできるの」
小田嶋はいつもうっすらな目を、さらに細める。
「聞かせてくれますか? 二階さんの『事情』」
「……なんの」
「ダンジョン課にすら順応しようとする二階さんが。組織のルールや警察官の倫理を無視するほどの、桂剛達への執着」
「……」
一応とぼけて見せたが、逃してはもらえない。
どころか、その分強めの言葉が叩き付けられてしまう。
事実だし自覚もあるが、はっきり言ってくれる。
「二階さんも、私の事情聞いたんでしょう?」
ストーカー被害のことだろう。
それを言われると、自分も話してトントンにしなければならない
なんて気がしてくるのが人間だ。
ふと見れば狭いちゃぶ台に密集した全員が、肉も食わずにオレを見ている。
女子座りの膝に両手をついた粟根なんか、滑稽なほど肩に力が入っている。
「焦げるぞ」
これ見よがしにハラミを3枚さらうが、誰も続かない。
それだけ、小田嶋以外も気になっているのだろう。
いや、下手したら性格的に彼女が一番興味ないまである。
それでも小田嶋が聞いてきたのは、さっきの
何より他のメンツの
『実際に振り回された自分たちが要求するのは、尋問みたいで嫌だ』
という、どこまでもオレに気を遣った立ち回りなのだろう。
ここまで配慮されては、話さないわけにはいかないだろう。
素晴らしい仲間たちだ。その権利がある。
「そうだな」
一息入れてから話そうと、ビールを手に取ると、
ふつふつしている小さい泡。
「ちゃんと食いながら聞いてくれよ。ご清聴はごめんだ」
あの日々の記憶と感情が、同じように沸き、プチプチと破裂していく。
「オレがダンジョン課にまわされる、ほんの1、2ヶ月まえの話だ」
「新宿中央公園で発生した公衆トイレ爆破事件! 及び女性の遺体が発見された事件! 現在発生している連続婦女暴行爆弾魔事件と断定されました!」
まだ5月、しかし夏の気配が感じられるころ。
捜査一課のデスクで書類をまとめていると、新人とともに速報が舞い込んできた。
「これで3人目かよ、チキショー」
隣で立っていた田本が、咥えていた昼飯のプロテイン入りゼリーを握り潰す。
まだ結構入っていたと思うが。
「派手な事件の割に、本人が見つからんもんだな」
「下手したら新宿に住んでねぇかもな。東北新幹線で青森から通いかもよ?」
「そりゃ探してもいないわけだ」
『新宿連続婦女暴行爆弾魔事件』
今警視庁を最も騒がせている事件だ。
犯行内容は非常に残忍。
被害者はいずれも若い女性。残業帰りなどで遅い時間に出歩いているところを、人目につかない場所まで拉致。
拘束して暴行を加えたあとに、動けない状態をわざわざ爆発物で殺害するというもの。
犯行現場も被害者が消息を絶つのも新宿区内なので、こう戒名が付けられている
らしい。
らしいというのは、オレはつい最近まで別件の捜査をしていたからだ。
今まとめている書類も、報告書の提出が終わってのお片付け。
ちなみに田本はまだ別件が終わっていない。
「はい、はい、分かりました」
捜査一課長がデスクで通話しながらペコペコしている。
態度からして、相手は
わざわざ椅子から立ってまぁ。
課長は受話器を置くと、
「神野くん、二階、
声を掛けてきた。
「ご指名だぜ」
「みたいだな」
デスク前に集まると、課長から管理官の指示が伝えられる。
「一連の爆殺事件だが。今までは全て高田馬場署の管内で発生していた。しかし聞いてのとおり、今回の現場は歌舞伎町署の管内だ」
課長は椅子に腰を下ろす。
「これにより捜査本部は、本件には新宿全域で発生する可能性があると判断した」
なんならマークが厳しくなって他所へ流れたとしたら。
可能性はあるどころか高まるだろう。
「よって捜査本部がある高田馬場署以外の所轄署にも、捜査員を派遣することになった。君たち3人には、明日から
「「「はっ!」」」
「以上!」
こうして解散、と思った直後。
神野が離れると
「二階、三田村」
すぐに課長に呼び戻される。
「なんでしょう」
「分かっていると思うが、相手は極めつけの凶悪犯だ」
三田村が嫌そうな顔をするが、課長はオレたちの心配をしているんじゃない。
「神野くんはあの神野警視監の息子だ。もしものことがないように頼むよ」
「はい」
まぁそういうことだ。
犯人が新宿の左側でうろうろしてくれることを祈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます