第35話 軽やかな人々
軽口すらありがたいもんだ。
初捜査のときは昔読んだマンガにちなんで『
これはむしろ得がたいスタッフたちだ。
感謝の思いを込めてダンジョン課を見渡していると、
「ん?」
「どうしました?」
誰か足りんような。
小田嶋ではない。
彼女がいないのは承知している。
他の顔馴染みはあいさつもしたし……
「そうか、畠山だ」
「あぁ、あの人ね」
毎朝毎朝オレより先に来て待ち受けていて、
毎晩毎晩残業してても付き合い続ける。
マスコミに対する好き嫌いは別にして、仕事への執念は感心な男だったが。
オレの疑問に粟根は、少し同情するような、でもせいせいするような。
なんとも言いがたい微妙な表情をしている。
「彼はもう出禁ですよ。というかマスコミがダンジョン前署出禁です」
「そうか」
「昨日のことがありますからね。上がブチ切れたので取材パス凍結」
まぁ、さもありなん、だろう。
どうりで今朝はすんなり出勤できたわけだ。水道局員のコスプレも無駄になった。
みんなの機嫌がいいのは、そのおかげもあるのかもしれない。
もう衣装代が経費になるかで経理と喧嘩しなくていいのだ。
現場レベルではいくら怒りの声をあげても対応してくれないくせに、とは思うが。
だがまぁ、これでようやく仕事に集中できる。
「……」
昨日はあんなことを言ったが、うるさいヤツがいなくなると静かなもんだ。
いや、そんなのは当然のことだが、物理的な静かさというよりは、こう……
気にするな。今までもうるさい同僚が諸事情でいなくなることはあった。
それも仕事に没頭すれば、長くとも一週間で忘れるもんだ。
報告書に取り掛かろうとしたそのとき、
「おお、そうだ二階」
ほうじ茶のペットボトルを握り締めた敷島課長が戻ってきた。
「なんでしょう」
視線を合わせると、課長の眉が少し動く。
「残念なお知らせがある」
「はぁ」
「今朝決まったんだがな。
悪いがおまえも『数日謹慎せよ』とのことだ」
「は?」
どうも皆さんこんばんは。
今宵の二階宗徹は自宅アパートからお送りしております。
皆さまは今日1日、いかがお過ごしになられましたか?
私は職場に着いたと思ったらすぐ自宅に帰されましてね。
なんとなくテレビつけて知らない韓流歴史ドラマ(字幕)を8話から見たり、
スマホいじったりタバコ吸ってたら1日終わってましたよ。
フハハ。
……。
うむ。何もない、何もしない1日だった。
もちろん人にはそういう日も必要ではある。
が、『今日は何もしないぞ!』と決めて掛かるから幸せなのであって。
唐突にそんな日を過ごすと、無益に時間を消費した気分になる。
さて、そんな1日ももう締め。
ペナントレース終盤のプロ野球中継を見ながらコンビニ弁当だ。
きっと明日もこうなる。
独身は寂しい。
発泡酒を焼酎で割っていると、
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
「なんだなんだ。大家さんか」
新聞は駅で買うし公共放送の受信料も払っている。
今日届く荷物もない。というか家に帰れないことが多いから宅配頼まない。
人が来る心当たりはないのだが。
玄関へ行き、覗き穴を確認すると
「……ん?」
何も見えない。真っ暗だ。
おかしい。
普通なら、異常がなければ無人の外が見えるはずだ。
「まさか!?」
背筋がゾッとした瞬間、
ガチャガチャガチャガチャッ!!
とドアノブが動く!
「アァーッ!!??」
近所迷惑な悲鳴を上げてあとずさると。
今度は古臭いドアポストから、紙が1枚ひらり。
そこには赤い、ミミズがのたくったような字で、
『さ む い』
ヒウウゥ!!
と、悲鳴とも喘鳴ともつかない音が出る。
すると、カタンと音を立ててもう1枚
『あ け て』
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
これはダメなヤツだ!
今すぐ警察か陰陽師に通報しよう!
リビングへスマホを取りに行こうとしたオレの背中に、
カタン、と
最終通告が
『あ わ ね で す』
「は?」
その後、真っ白になった頭で鍵を開けると、
「やぁっと開いたぁ! もー、寒いんだから早くしてくださいよぉ!」
「二階さんメシまだっスか?」
「お邪魔しまーす」
「きゃっ♡ 男性の部屋に入るなんていつ以来かしら♡」
「皆さん! 人の家なんだから靴揃えましょうよ!」
ドヤドヤと人がなだれ込んでくる。
えっと、順番に粟根、上総、水崎さん、日置係長、銃器・薬物犯係の鳥江くん、
そして、
「お久しぶりね、二階さん」
買い物袋を提げた、
「小田嶋……」
「みんなで具材買ってきたの。一緒に焼肉しない?」
彼女が顔の横に掲げた袋からは、長ネギが生えている。
「……いいな!」
「でしょ?」
「とりあえず上がれ。そこ寒いだろう。早く玄関閉めよう。中は暖かい」
「お邪魔します♪」
閉めると早速リビングから、ドアを開けていたら近所迷惑な粟根の大声がする。
「二階さーん! ホットプレートありますかー!?」
「そんなものはない」
「と思って上総さん
「だったら上総の家でやればいいだろ。どんだけオレの家で焼き肉したいんだ」
「でも来た甲斐あったわよー? 二階くんのおもしろい声が聞けたし」
「トムみたいな悲鳴してましたよね〜」
「水崎さん、それもしかして『トムとジェリー』のことか? オレが?」
そう。
オレのアパートは、にわかに温かくなったのだ。
なったのはいいが、
「次からは普通に来い」
「えー」
「えーじゃない。事前に連絡もしろ」
「大丈夫よ二階くん。私は部屋が散らかってる系男子でも気にしないわ。えっちなビデオとか置いてあっても♡」
「ビデオって日置さんいくつっスか」
「お肉足りないわねぇ上総くん入りなさい」
「すいませんっした!!」
「そもそもオレ、コンビニ弁当あるんだが」
「ここで焼いちゃえ。弁当チャーハン」
「まさか水崎さん、普段からそんなもん食べてるんじゃないだろうな?」
「意外とイケるんスよ?」
「上総はもっとマシなもん食え」
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