第30話 『サマベジ』の真実

「ど」


 自分でも


「どういうことですか?」


 驚くくらい、喉が張り付いてうまく声が出なかった。

 敷島課長も『分かるぞ』とでも言いたげに頷く。


「連日マスコミから、ストーカーまがいの取材があっただろう」

「はい」

「それでメンタルの調子を崩したようだ」

「なるほど」


 それで原因となった畠山がまた正座させられているらしい。


 目が合ったが、彼は非常に怯えた表情になってすぐに逸らす。

 自覚はないが、なかなかの形相をしていたのかもしれない。


 だがこちらとて大切な仲間を一人潰されているんだ。

 それくらい我慢してもらおうじゃないか。

 フォローは今にも殴り掛かりそうな上総が実行したときくらいだ。


「さ、小田嶋がいなかろうが事件は待ってはくれないぞ。各自仕事に取り掛かりなさい」


 畠山のためではないが、単純に空気が澱むのは職務に悪影響だろう。

 課長がパンパン手を叩いて、吊し上げ大会の解散を促す。

 すると各員、渋々といった感じで輪を解いてデスクに着く。


 逆に畠山だけは床に正座したまま。

 前回の署にマスコミ殺到でも責任を感じていたのだ。

 今回のことがショックすぎて自罰的なのだろう。


 なので異様な光景だが、オレも特には触れないでおく。

 フォローしないとも決めているし。


 あえて彼から逸らすべく、視線を彷徨わせていると、


 悲しいがオレの真向かい、ついつい小田嶋のデスクに着地する。


 いつだったか粟根が『部屋が片付いていない』と評していたが。

 ボールペンにファイルやら、食玩もあればお菓子の包み紙も。

 それを信じるに足る状況証拠が虚しく広がっている。


「あの小田嶋も、普通なところあるんだな」


 思わずボソッと呟くと、


「何がですか?」


 気を紛らわせたいのだろう。

 すかさず粟根が隣のデスクから乗ってくる。

 ただの内勤である彼女の席はそこではないのだが。


「いや、あれだけの実力者で図太そうな性格してるのにな」

「幻滅ですか?」

「まさか。最初から小田嶋に幻想はいだいてないし、むしろ安心したくらいだ」

「あー、まぁ、ねぇ」


 意外にも彼女は少し歯切れの悪いを返事をした。

 それから下唇に人差し指を当て、少し思案げな顔をすると、


「夏菜奈さんは、特別ストーカーがダメなんです。トラウマで」

「そうなのか」


 粟根は『勝手に話していいのだろうか』と目を逸らす。

 オレも一瞬躊躇したが、その肩に手を置く。


「話してくれ。仲間のことだ。大事なことだ」

「……はい」


 向こうもオレを見つめ返すと、ポツポツ言葉を紡ぐ。


「夏菜奈さんが『サマベジ』、ダンジョン配信者だったことはご存知ですね?」

「あぁ」

「夏菜奈さん、当時ヘルメットやゴーグルはしてましたけど。それでも分かるくらいには顔整ってます」

「そうだな」

「だから、そういう女性配信者の常としてですね? 来るんですよ、セクハラコメントが」

「……なるほどな」

「特に配信には投げ銭付きのコメント機能がありまして。配信者の収入源にもなるんですが……。『お金払ってるから多少の過激な発言は許される』的な、ね?」

「『お客さまは神さま』的な考えだな」


『託児所のお迎えで、指定した時間に遅刻する親には軽めの罰金制度を導入した』

『そしたら罰金を払って平気で遅刻する頻度が増えた』

『なんなら他の親も遅刻するようになった』


 なんて話を聞いたことがある。

 金や甘いペナルティは、容易に心理のハードルを下げる。


「まぁそれ自体は夏菜奈さんも、『嫌だな』って思いつつスルーはしてたんです。有名税とでも思って」

「だが、そういう手合いは下手すると」

「はい。『金払ってるのに無視しやがって』ってなっちゃって。ダンジョンの入り口で待ち伏せてストーカーをするように」


 元々金払うだけで気が大きくなってエスカレートするヤツだ。

 無視されればさらにヒートアップするだろう。


「当時警察にも相談したんですが、取り合ってくれなかったそうで。どころか『強いんだったら自分で倒しちゃえば?』って笑われたそうです。本当にそうしたら、その人たちが夏菜奈さんを暴行罪とかで逮捕するのにね」


 ひどい話だ。

 オレがバズってしまった説教に、そんな話も入っていたが。

 まさか知り合いの身に起こっていたとは。


「それで夏菜奈さん、配信者引退して、引っ越して。今ダンジョン課にいるんです」

「そこから警察官になるのもまた、奇特なことではあるがな」

「たとえ殺人じゃなくても、ストーカーでも。犯罪に遭うと人生が一変させられたりするんです。夏菜奈さん、『私みたいなことになる人を減らせたら』って」


 小田嶋も普段の態度からは想像もつかないほど、健気でいろいろ考えているようだ。

 だからこそ今回のようなことになるのは口惜しい。


 オレの気持ちがリンクしたように。

 おそらくこの話を知っていただろう上総が、勢いよく立ち上がる。


「そうだ! 夏菜奈さんがまたこんなことで苦しむのはおかしい! それをコイツが!!」

「ひっ!」


 課内に響き渡る大声で、畠山が縮み上がる。


「オメェが!!」


 上総はギロリと彼を睨み、大股で近付いていく。

 仲間思いなのだろう。

 素敵なことだが、


「やめろ上総。気持ちは分かるしコイツが遠因だが、何かしたら八つ当たりだ」

「二階さん!」

「オレも腹には据えかねている」


 腕を引っ張って止める。

 心の中でだが、ここまで行ったらフォローすると決めていたし、

 そうでなくとも殴ったら問題、不祥事だ。

 止める以外ない。


「ほら、おまえももう立て」


 ずっとこの空気は絶対によくない。

 とりあえず正座で動かない畠山にも自罰を解かせたそのとき、



 ルルルルル、と課長のデスクの電話がなる。



「はい、警視庁ダンジョン前署ダンジョン課。……はい。はい、はい」


 課長は電話に出るなり、眉が険しくなった。声も普段より少し低い。

 課員に緊張が走る。


「はい、はい、はい。承知しました。はい。では、失礼します」


 課長は通話を切ると、


「はい、注目」


 椅子から立ち上がって手を叩く。



「本店がウチに来る。捜査本部を構えるそうだ」



「え? 本、店?」

「本庁のことだ」


 用語に慣れない畠山は間抜けな顔をしている。

 ここは丁寧に教えてやらねばな。



「お待ちかねの、デカい事件が起きたってことだ」

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