第29話 報道過熱のその先へ
ツーショット騒動から二日後の昼まえ。
オレと小田嶋はダンジョンへ車を走らせていた。
運転席の小田嶋はカレー屋の格好。
助手席のオレは寿司屋の格好。
相変わらず署の正面玄関にはマスコミが詰め掛けていたので、それぞれ
『弁当のバターチキンカリーの出前に来た帰り』
『弁当の助六の出前に来た帰り』
という設定で抜け出したのだ。
着替えはダンジョンの更衣室を借りよう。
ちなみに後部座席の畠山もイタリアンシェフの格好をしている。
料理人に私服の人間がついて回ると目立つというのもあるし、
一人だけ密着取材を許可されているので、他所の記者に絡まれやすいらしい。
違うジャンルの料理人が集まっている時点で目立つとは思うが。
まぁそれは些細なこととして。
「常田さんによると、まだそれらしき男は受付を出ていないそうです」
「今日も常田さんなんだな」
小田嶋がインカムの位置を調整する。
今回の事件は
『女性二人組の探索者が酔っ払いのおっさんにナンパされた』
『断ったら女性の片割れが頭を殴られ怪我』
『命に別状はないが、おっさんは逃走中』
という、なんとも嫌な事件だ。
もっとも、気分がいい事件もありゃしないが。
「通報では出口方面へ逃走したんだよな?」
「みたいですね。急ぐに越したことはない」
相手はまたもダンジョン探索者。
小田嶋がいるとはいえ、気を引き締めていると
「あれ?」
当の小田嶋が、少し抜けた声を出す。
「どうした」
「いや、変に混んでるなって思いまして」
少し首を伸ばすと、そこはもうダンジョンの駐車場。
しかしそこには、平日の昼とは思えない量の車が止まっていた。
「今日イベントとかやってましたっけ?」
「聞いてないな。こんな風営法ギリギリのところで許可が降りるとも思えんが」
しかもよく見ると、
「なんだ。どいつもこいつも車に乗ったままだぞ」
運転席や助手席で退屈そうにしている。
ダンジョンへ行く気配がない。
誰かの送迎や待ち合わせという可能性もあるが、
駐車場に出てタバコを吸っている男が一人。
畠山が首を伸ばす。
「あのコートと帽子。間違いない、『週刊トップラン』の
「マスコミか」
まさかこんなところにまで詰め掛けてくるとは。
「こっちは仕事なんだぞ」
「迷惑だなぁ」
「常田さんに連絡して、裏手の職員駐車場使わせてもらえ」
結局マスコミを警戒して、その日の捕り物はカレー屋と寿司屋で行うことになった。
「まったく、堪ったもんじゃないぞ」
「犯罪者になった気分っス」
一仕事終えて帰ってきたダンジョン課。
ここ数日はコスプレ集団になっている。
隣で不満げな上総は『空調の修理に来ました』。
向こうで粟根と水崎さんは、セーラー服やタクシー運転手の格好でキャアキャア。
引っ張ってきた暴行犯は絶句していた。
オレだってアキバの48アイドル風の格好した日置係長には絶句したさ。
彼は二度と警察の世話になるようなことはしないと誓った。
敷島課長はスーツだが、署で寝泊まりしはじめた。
ご家族からは文句が出ているらしく、愛されているようで何より。
「二階さん、帰りはなんの服着ます?」
「捜査一課でも、シャツ鼻血まみれになったヤツだってそんなワード出なかったぞ」
「私はこれ!」
粟根は自衛隊の迷彩服をうれしそうに持っている。
せめて楽しんでいる人間がいるのは何よりだが、
「その格好で警察署から出るのは逆に目立つぞ」
その翌日。
めずらしく定時で上がれたので、飲みに行こうという話になった。
さすがに畠山も遠慮を覚えて付いてこない。
小田嶋が参加するのを恐れただけかもしれないが。
そんなわけで久しぶりに気兼ねなく、食傷のもんじゃでも楽しみに、
クリーニング業者オレ
しょっ引かれた客引きメイドカフェ店員粟根(設定が細かいんだよ)
宅配業者上総
乳酸菌飲料レディ小田嶋
で署を抜け出したのだが。
「ん」
商店街へ向かう途中、小田嶋が振り返る。
「どうした」
「いや」
歯切れ悪く答えてまた数歩進むが、
また振り返る。
「何か気になるのか」
「気になるっていうか、
「え、怖〜い」
小田嶋が前方へ向き直ると同時に粟根が振り返る。
彼女が前を向いてから一拍置いて、素早く振り返ると
慌てて路地に引っ込むヤツがいる。
「二階さん、ついに殺し屋に目ぇ付けられたんスか」
「バカ言え。殺し屋があんな素人丸出しな尾行するか。またマスコミだろう」
「げえぇ〜!」
粟根がガックリ肩を落とす。
「本っ当にしつこいなぁ。追跡レベルがちょっとした怪異ですよ」
「オレら掘ったって、なんも出てこねぇのに」
「大谷翔平なんて犬飼っただけでニュースになるんだ。何も出なくても、ホコリくらい舞えば記事になるんだろう」
「激務のわりに報われねぇ仕事とは思ってましたけど。有名になっても得しねぇなぁ」
「名が売れりゃ金になる職業じゃないからな」
「もう!」
粟根がメイド服の袖を捲る。
追跡されてるってことは変装もバレてるってことで。
格好のこともおもしろおかしく書かれるんだろうな。
「こうなったらパーッと飲んでガーッと食ってストレス発散しましょう! もちろん二階さんの奢」
「帰ります」
粟根が聞き捨てならんことを言いかけたそのとき。
「えっ」
「私、帰りますね。お疲れさまでした」
冷たい声が割り込んだ。
黙っていた小田嶋だ。
「そ、そうっスか」
「まぁ、あー、そうだな! この状況で入ったら、お店に迷惑掛かるかもしれんしな!」
「でっすねー! あはは!」
あまりに唐突なものだから、オレたちは動揺して少しリアクションが変になる。
しかし、
小田嶋は特に返事もせず、早歩きで駅へと向かっていってしまった。
そのままオレたちも解散。
粟根は小田嶋と同じ女子寮なので追い掛けていき、
上総は若手の独身寮、
オレはアパート。
住まいもバラバラ、寮は門限もあるので宅飲み会もなし。
自宅で一人、缶ビールと貝ひもで飲んでいると、
「お」
スマホが光る。
通知は強行犯係のグループチャット。
なんの気なしに見ると、内容は粟根から
『寮の前にまでマスコミがいます』
そんなことが数日続いた。
ある日。
病院に寄ったので少し遅れて出勤すると、
「どうしたどうした」
課員総立ちで腕組み渋い顔。
その中心で
また畠山が正座させられている。
コスプレ集団に包囲されて異様な光景だ。
「おお二階、来たか」
正直困惑しているところに課長の視線が突き刺さる。
オレに落ち度があったとは思わないのだが、厳しい目付きがそのままスライド。
「いいか、よく聞け」
しかし、続く言葉は
「今日から小田嶋が休職に入った」
「は?」
そんなことどうでもよくなる内容だった。
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