第31話 譲れないもの
「本当ですか!?」
デカい事件というワードに畠山の膝が伸びる。
さっきまで長時間正座の刑でプルプルしていたのに。
しかしすぐさま、
「反省してる?」
「ぴゃっ」
係長に睨まれ震え出す。
しかしいちいちフォローしてられん。
課長が手をパンパン叩くので、そちらに集中する。
「まぁ今回も逃走中の被疑者の捕り物だ。ホシはこの一週間のあいだに
課長は一息入れると、デスクに両手をつく。
「ということで、我々ダンジョン課も捜査本部の設営。及び強行犯係以外も総出で捜査に参加せよとのことだ」
「課長、よろしいですか」
そこに係長が手を挙げる。
「どうした」
「現状、犯人とダンジョンは繋がりません。本部設営に駆り出されるのはいいとして、捜査は管轄が違うと思われますが」
「もっともだ」
課長は小さく頷く。
「本来我々ではなく、刑事生活安全課の領分である。が、本庁としては少しでも多くの駒が必要らしい。よって、職務内容が近いダンジョン課も出動せよとのことだ」
「つーことは、本店も相当気合入れてるヤマってことっスね」
上総が肩に力を入れて深呼吸する。
対して課長は彼一人にではなく、オレたち全体へ向けてのアナウンスをした。
「あぁ、何せ今回のターゲットは、
5月から6月頭にあった、『新宿連続女性暴行爆弾魔事件』の犯人だからな」
「!!」
今……、なんだって?
新宿、爆弾魔……?
じゃあ、今回のホシは……
「二階さん?」
「あっ」
頭にいくつものことが浮かんでいるなか、差し込まれた粟根の声。
意識がどこかへ行ってしまいそうなところを呼び戻される。
「どうかしましたか?」
「あっ、いや」
どうやら他人から見ても丸分かりな気配を発していたらしい。
落ち着かなければ。
「気を付けろよ。みんなも知ってはいると思うが、前回の捕り物では捜査員が一名重傷を負っている。決して油断と無茶をするな」
『
『二階、さん……なの?』
「では各自、準備に取り掛かってくれ」
「はっ」
パン、と課長が手を叩く音で我に返る。
みんなが慌ただしく動くなか、
真っ先に走り回ってそうな粟根が、心配そうにオレを見ている。
捜査本部に長テーブルと椅子並べたり、
市民からの目撃情報を受け取る用に電話並べたり、
本店の皆さまがお食べになる仕出しを発注したりして。
車が入れなくなるから再度暴徒鎮圧装備でマスコミを追い散らして。
午後には捜査一課ご一行が到着した。
「早いっスねぇ」
「さすがはエリート、って感じ?」
上総と粟根は関心しているようだが、
「連中にも、特別急ぎたい事情があるんだよ」
「へぇ」
「どんな?」
「さぁてな」
そりゃ、隠蔽したいことが山盛りだからに決まっている。
「男の名前は
捜査本部のお偉いさんが、顔写真にレーザーポインターを当てている。
さっそく捜査会議が始まったのだ。
といっても、これは捜査一課なら知っている情報だ。
おさらいと所轄への説明を兼ねているのだろう。
「ドラマとかじゃ、『本庁は所轄に情報くれない』って言いますけど。今回は意外と丁寧に説明してくれるんスね」
隣に座った上総が小声で囁く。
「支店イジメしてる余裕がないほど、早期解決したいってことだ」
「へぇ」
「覚悟しとけよ。戦力になるよう扱われるってことは、駒として使い潰されるってことだ」
「所轄はいつもそんなもんスか」
「でなきゃ最後列に座らされるもんか」
オレたちがいるのは上座の指揮官たちから一番遠い後ろ。
前方に詰めていいのはやはり、捜査一課のエリートたちだけ。
優しさや配慮なわけがない。
そういう意味では、こんなふうに無駄話をしていてもあまり問題ない。
どうせ、
「所轄は聞き込みと、
手柄は自分たちで総取り。オレたちは偵察ドローン以上の役割はないのだから。
話など聞いていなくても、犯人の顔写真一枚あれば事足りる。
慣れているんだろう、係長なんかはそんな顔をしている。
が、
「バー、か」
オレは
捜査会議を終えて一度課に戻ると、畠山が待ちきれんばかりに駆けてきた。
「どうでしたか、捜査会議!」
「機密だから話せることはないぞ」
「そこをなんとか!」
「ならない」
「一人に話すと何人に広まるかも分かんねぇのに。テメェらにバラすと日本中に撒き散らすだろうが」
上総が舌打ち混じりに睨み付けると、さすがに畠山も縮み上がる。
だが正直そんなことはどうでもいい。
今のオレに、他者のあれこれを気にする余白など微塵もない。
「さて、それじゃ張り込み先割り振るわよ」
係長がデスクに地図を広げる。
「月島だけでもアホみたいにバーあんのに。オレらと刑事生活安全課だけで足りますかね?」
「言っても始まらないわ。私たちは勝どきと豊海町方面を担当するから」
が、そんなもの不要だ。
「ちょっと二階くん、どこ行くの」
「張り込みですよ」
「何言ってるの。今その割り振りを」
「必要ありません」
「なっ」
声を漏らしたのは係長だけだが、場の全員が何か言いたげな顔をしている。
「ヤツが訪れるのは、店内BGMのセトリにボブ・マーリーを入れてる店だけだ。近辺のそういう店は把握している」
「く、わしい、のね」
みんなポカーンとしている。
オレが情報を持っていることに驚いているのか、あるいは
「二階さん、どうしてそれを」
上総が言いたいように。
『なぜそんな大事なことを共有しないのか』
というのもあるだろう。
チームの和を乱している自覚はある。
が、逆に
今回ばかりは、『輪』ではいけないのだ。
ヤツだけは、オレの手で。
一人で課を飛び出すオレの背中に、
「二階さん!」
粟根の声が響いた。
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