第25話 意外な動機

「どういう意味だ」


 確かに見た目はボロボロだが、今さら心神耗弱しんしんこうじゃくでも狙おうというのか。

 そんな態度には見えないが。


「小田嶋」

「はい」

「『ドレイン・ドラセナ』だったか。アレには洗脳とか人を操る何かがあるのか?」

「あるとすれば、ここ数ヶ月以内に現れた新種ですね」


 彼女は真面目に可能性を述べた、というよりは反語的な態度を取っている。

 壁にもたれて腕組み、人差し指が二の腕を不機嫌そうに叩いている。


 となると、


「誰かに指示されてやったのか」


 まさかの黒幕がいる可能性。

 しかし男は首を左右へ振った。


「いや、オレの意思だ」

「じゃあ」

「オレが言っているのは、『なぜ自分がこんなことをしたか』じゃない」

「なに?」


「ドラセナのことだ」


 さぞかしオレは要領を得ない顔をしていたんだろう。

 彼はため息一つ挟むと話を続ける。


「ドラセナがどういう植物か知っているか」

「アフリカの観葉植物、ということは」

「そうだ。だから『ドレイン・ドラセナ』も、Bランク層に自生はしない。生きられない」

「それも知っているよ」


 数時間まえに小田嶋から聞いたことだ。

 自信を持って答えると、男は首をコキッと鳴らした。


「なら分かるだろう。誰かが植えないと、あんなところには存在しないんだ」


 実に不愉快そうに。


 だが、問題はそこではない。


「待て」

「なんだ」



「アレはおまえが植えたんじゃないのか?」



 そうなると前提が。

 いや、これだけでは『たまたま見かけたものを犯行に利用した』だけかもしれない。


 しかし、


「そうだ」


 目の前の男の、


「そのせいでは死にかけていた。真逆の気候。石の洞窟でまともな土壌もなければ光合成もできない。Bランク層の洞窟の奥なんて、来る人も多くない」


 怒りの籠った声を聞いたら。



「危険な原生生物として倒すのとは違う。明らかに悪意をもって、いたぶり苦しめ、なぶり殺すために。吐き気のするような仕組まれた虐待だった」



 憎しみに満ちた眼差しに捉えられたら。


「いくらオレがエナジーを吸わせたところで、それはただの延命治療だ。飢えて乾く彼女を根本から救うには足りなかった」

「な……」


 じゃあコイツがこんなにボロボロの見た目をしているのも。


「もっと多くのエナジーが、人間が必要だったんだ」

「おまえ」

「そうさ、認めるよ。オレが『ミミッくん』だ。SNSの投稿も、人を集めるのが。そして彼女の生け贄にするのが目的だった」


 さっきは落ち窪んだ目と評したが。

 しかし死んだ目ではない。爛々と燃えている。


「こんなことをした人間どもに、あがなわせるために」


 気付けば粟根のせんべいを齧る音もしない。

 小田嶋も身じろぎ1つしない。

 オレだって言葉もない。


 ただ、男の言葉だけが続く。


「言われなくても分かってるよ。無関係な人間を巻き込んでいる、っていうのは。自分が正しいことをしているとも思っちゃいない。事情があろうとアンタら警察からすれば、復讐は認められないってのも」


 いつしか、机に乗り出してるのは男の方になっていた。


「でもさ。アンタ、正しいことがしたいっつったじゃん。正しく償えるようにっつったじゃん」


 こちらの痛いところを突いてやった

 とか

 敵意や挑発の意図がある

 でもない、



「『ドラセナ』は人間じゃないから何しても罪にならない。法律で罪じゃないなら、悪人でもお咎めなしで守られる。それって正しいのか?」



 純粋な疑問。


 彼だけじゃない。

 粟根もオレを見ている。

 なんなら彼女が一番、答えを求める目をしている。


 オレは彼らになんと言えばいいのだろう。

 正義に、警察という存在に、世の中の矛盾と腐った部分に。

 たかだか三十路のガキが、何を言えるのだろう。


「……そうだな。おまえの言うとおりかもしれん」


 机に両肘をついたのは、身を乗り出したのか力尽きたのか。

 粟根はショックな顔をしているし、『ミミッくん』も複雑そうだ。

 小田嶋は読めない。


「だがな」


 そんな3人の眉が、少しだけ動いた。


「一つだけ、間違ってほしくないのは、おまえと前提が違うのはな。オレたちはいつだって、『守る』ために、今日も明日も駆けずり回ってるんだ」

「守る」

「おまえに償わせるってのも、逮捕して聴取するのもそうだ。罰を与えるんじゃない。むしろ、やってないことまで罰されないために。そのあとで正しく精算して、自分の罪からも守られるように。そのためだ」


 オレが精いっぱい真っ直ぐ相手を見れば、

 彼も真っ直ぐオレを見た。


「オレたちは、100人の悪人を叩いて回るより。一人の平和と安全を守るのが使命なんだ」


 きっと粟根も小田嶋もオレを見ている。

 何よりオレ自身が、オレの警察としての誇りがオレを見ている気がする。



「おまえの、報いを与えるための『攻撃的な正義』とは、根本的に違う」



「……そうか」

「冴えたことは、言えない。これくらいしか言えない。だから」


 両肘をつく体勢から、両手をつく姿勢へ。


「オレたちはドラセナを守れなかった。すまない」






 聴取が終わって屋上へ出ると、夕焼けが尽きようかという空だった。

 オレンジと紫が織りなす、マジックアワーというヤツだ。


 秋も近く日が短くなってきたとはいえ、まだ夏。

 それでこの空なら、結構時間が掛かったものだ。


 タバコに火を付けると煙が上がる。

 紫煙なんていうが、本物の紫の前では寒々しいほど白い。


「二階さん」


 隣には鉄柵の上で腕を組み、あごを乗せる粟根がいる。


「危ないぞ」

「大丈夫ですか?」


 忠告したのはオレなのに、心配の言葉で返された。


「何がだ」

「ヤな、事件でしたもんね」

「あぁ、そのことか。そうだな」


 粟根は変わったヤツだが純な人間だ。

 やる瀬ない気分にもなるだろう。


「だけどな。おまえに気遣われるほどオレもヤワじゃないぞ。三十路のガキだが、三十路のおっさんになるまで警察でメシ食ってるんだ」

「何それ」

「でも、まぁ、うん。難しいよな」


 マジックアワーは短い。話しているあいだに夜との国境を跨いでいる。


「もうすぐ秋だ」

「え」

「三十路になるまで警察に勤めて。夏にダンジョン前署に来たと思ったら、もう季節も変わろうとしている。時間だけは重ねてきたのに、いまだに『正しいってなんだ』と思わされる」


 あぁ、夜になる。

 オレは携帯灰皿にタバコを突っ込むと、まだ照らされているうちに笑うしかなかった。


「難しいよな」


 すると、まだギリギリオレンジの光があるうちに、


「ですね!」


 粟根も笑った。


「その顔は、私に奢りたくなってきた顔ですね?」

「コイツ。仕方ない、『ほてい』で飲むか」

「やったぁ!」


 飛び跳ねた姿は急に暗くなったせいでよく見えなかったが。

 そのまま彼女は急かすように屋上の出口へ向かう。

 オレもタバコ吸い終わったし、戻るとしよう。


「二階さんもついに行きつけができましたね?」

「いや、小田嶋も誘うんだよ。あそこはアイツの行きつけだろ」

「いいですね! 今日はパーッと行きましょ!」

「あぁ、じゃんじゃんホッピー飲むといい」

「あ、微妙にケチンボ太郎だ!」

「誰がケチンボ太郎だ」


 いいだろうが。

 正義オレたちが、ビールみたいなホッピー飲むのも。

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