第24話 信頼は仲間とも被疑者とも

「いけるか? いけるな?」

「二階さんこそ、ちゃんと決めてくださいよ? 射撃はお得意?」

「警視庁の射撃大会に出たことはあるが、おまえに期待する」


 少し頼りない発言かもしれないが、小田嶋は軽く頷いた。


「それじゃ、私のリードで始めてかまいませんね?」

「それくらいの甲斐性は見せるさ」


 とは言いつつ、気を遣ってくれているようだ。

 彼女ほどの実力者ならいつでも飛び出せるだろうに。

 わざわざ分かりやすく、深呼吸を一つ入れてから、



「でぇやっ!」



 相手に姿を晒し、右手の斧を投げる。



「くっ!」


 しかし、さっきの銃弾同様、『ミミッくん』はこれにも素早く反応する。

 すぐさまブーメランのように回転して飛んでいく斧へ、右手の照準を付けるが、


「!」


 それが自身へも『ドレイン・ドラセナ』へも向かわない、

 明後日の方向への投げミスであることも素早く察する。


 何より、



「うおっ!!」



 その隙に突撃してくる小田嶋の姿に気付いた。



 彼女は斧を投げても、まだメイスを持っているのだ。


「囮かっ!」


 一瞬でも気を逸らさせて仕掛ける。

 実に古典的で、いつの時代も実に有効な騙し討ちだ。


 稲光のように迫る小田嶋。

 さすが元Sランク探索者といったところか。

 普通ならこれでもうチェックメイトだろう。


 普通なら。



 だが、普通ではないのだ。

 オレたちが相手にしているのは、これまた高ランク探索者。



 ボクシングや剣道と同じ。

 素人には見えない世界スピードも、その道のプロは捌いてしまう。


 小田嶋が拘束の間合いに入るより早く、向こうが迎撃の構えをとったところで、



「……その反応の良さが、命取りだ!」



 小田嶋の投げた斧。

 それが回転しながら、


 オレの視界で、目印に決めた鍾乳石の先端に被る。



「当たれ!」



 オレの役割は、ここで引き金を引くだけ。

 ただし、確実に当てること。


 打ち出したのは、ダンジョン課用の特殊マグナム弾。

 ある程度高いランクの層へ入るとき、申請して携帯するバカ威力の逸品だ。


 これなら当てれば、高速回転で飛行している物体も、




『キャアアアアアア!!』




 強制的に進路を変えられ、『ドレイン・ドラセナ』の右肩に直撃する。

 刃ではなかったが金属の部分。短時間萎えさせるにはじゅうぶんだ。


「なっ!」


 響き渡る甲高い悲鳴に、『ミミッくん』は思わず相棒の方を振り返る。

 その瞬間、


「だぁかぁらー」

「うっ!」



「その反応の良さが、命取りなんだって」



「しまっ……!」


 瞬間、小田嶋のメイスが、洞窟内の乏しい光を反射した。






「おっ! 二階さーん! 夏菜奈さーん! 素子ちゃーん!」


 疲労困憊でテントまで戻ってくると、上総と日置係長は律儀に待ってくれていた。

 まぁ頼んだのはオレだが。


「3人とも無事ね!」

「はい」

「成果もこのとおり! じゃじゃーん!」

「こら、被疑者に失礼だぞ」


 特に捕物には参加しなかった粟根が胸を張る。

 何もさせなかったのはオレだが、喉元過ぎれば調子のいいヤツだ。


「ってことは」

「えぇ、怪しい動きがあったうえで、抵抗してきたので確保しました」

「そう、お疲れさま。じゃあ3人はもう署に戻っちゃって。ここは私と上総くんで片付けるから」

「ありがとうございます」


 テントを解体しつつ敬礼する上総を見ながら、


「持ちつ持たれつですねぇ」


 オレの左側を歩く粟根が呟く。


「おまえはに抱っこじゃないのか?」

「はぁー!?」

「オレだって、ダンジョン課なんてみんな、小田嶋の前じゃそうだしな」


 先輩として、頼れる同僚として。

 さっきまでそんなことを思っていたばかりに、改めて申し訳なさが口を突くと、


「そんなことありませんよぉ。さっきの二階さんの作戦と射撃、私は助けられたなぁ」


 右側にいる当の本人は笑ってくれた。

 相変わらず薄目が怖いけど。


「確かに! さっきの二階さんはスーパーエージェントって感じでカッコよかったですよ!」


 すると粟根がオレの腕に抱き付いてきた。


「やめろ! そうやってまた奢らせるつもりだろう!」

「バレたか」


 だがまぁ、やはり粟根とも持ちつ持たれつだ。

 疲れ切ったあとにこの明るさはホッとする。

 そんなオレたちの会話を、


「楽しそうだね、アンタら」


『ミミッくん』は困惑気味に評した。






「さて、どうしてあんなことをしたのか、教えてもらおうか」


 署に戻って取調室。

 オレが席に着き、ドア横で小田嶋が待機

 まではいいが、オレの横でせんべい食ってる粟根は絶対にいなくていい。

 人数的にも役割的にもいらない。


 その緩い雰囲気のせい、ではないだろうが、


「……」

「……」

「……」

「……黙秘権、は確かにあるが、現状のおまえが行使しても旨みはないぞ」


 別にオレも威圧しているわけじゃないが、向こうもスンとしている。


 改めて近くで見ると、フードから覗く髪は白く、目は落ち窪んでいる。

 年老いた、というよりは『若くして不健康で劣化した』感じの外見だ。

 要素だけなら『スンとした』ものはないのだが。


「質問を変えよう。おまえがSNSでチェスト発見の投稿を繰り返している、『ミミッくん』か?」


 チラリと一瞬目線がこちらを向いたので、当たりだろう。

 という予想はつくが、


「……」


 相変わらず言質げんちは取らせない。

 困ったヤツだな。


 粟根のバリバリとせんべいを噛み砕く音が、やや暴力的に聞こえる。

 彼女も焦れているのか、そう聞こえるほどオレがイラ立っているのか。

 一旦深呼吸。背もたれにでも沈んで、落ち着かねば。


「あのな。捕まえておいて信用しづらいかもしれんがな? オレたちはおまえの敵ってわけじゃないんだ。『おまえを罰したい』とか、『不利な証言引き出してやろう』とか。そういうことしたくて聞いてるんじゃないんだ」

「……」

「ただ、正しいことがしたくて。だから市民を守るために捕まえたし、おまえが正しく償えるように聞く。それだけなんだ」


 三十路がガラにもなく語ると、


「……さすがは『熱血刑事デカ』だな」

「……どうも」


 うれしいかはさておき、一応相手の心には届いたらしい。


「正しいこと、か」


 いまだに目線は合わせちゃくれないが、どうやら取り付く島はありそうだ。


「それにしても、『どうしてあんなことをしたのか』とはな」

「話してくれるか」


 しかし。

 予想に反して男は、首を左右へ振った。



「そんなの、オレが聞きたいね」



「なに?」

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