第23話 使命とは
粟根が口元を抑える。
「だから『何人集まるか』を観察していたわけだ」
「注目度上がるよう中身を釣り上げていたのも、ですね」
「でっ、でもっ!」
かと思えば、今度はオレのコートを引っ張った。
「そんなことして何になるんですか!? モンスターの生贄なんか用意して、別に人間が得しませんよ!?」
「そうだな。だが人類の歴史上、即物的な利益だけが犯罪の動機と限らないない。殺すのが目的のヤツとかな」
「ひっ!」
「なんにせよ、非常に計画的で、強い意思があることは確かね」
小田嶋が低い声で唸る。
「SNSでの投稿もそうだけど。アレはあくまで『ドラセナ』だから」
「オレは観葉植物に明るくない。詳しく頼む」
「ドラセナはアフリカ原産の亜熱帯植物です。そもそもこのBランク層、ましてや日の当たらない洞窟なんかにいるわけがない」
「百戦錬磨の探索者が来ようと、いや。詳しいヤツにこそ警戒されない、ということか」
ヤツ自身Bランクに出入りする実力者ながら、知能犯でもあるらしい。
これはなかなか困ったことになったかもしれない。
こちらには小田嶋がいるとはいえ、油断はできない。
「でも現状はまだ、罪になることは何もしてませんよ? 任意同行で引っ張りますか?」
粟根は恐れているからこそ、解決を急いでいるようだ。
しかし、
「そうするにしても、ここでは無理だ。アイツはエナジーだかを吸い取るんだろう? 今は近寄れん」
「洞窟を出てからにしましょう。向こうが抵抗してきたら、状況が悪すぎる。洞窟での戦闘は常に崩落とのせめぎ合いだから」
小田嶋の賛同も得られた。
差し当たっての方針が決まった、
というタイミングで、
つーっ、と天井からクモが糸でバンジー。
粟根の鼻先に触れた。
「あぎゃああああ!!??」
「バっ、バカっ!」
だがこれは正直仕方ない。
何より、
「誰だっ!!」
『ミミッくん』がこちらを振り返る。
今さら
「伏せて!」
小田嶋が叫ぶと同時、
甲高い音が響き渡る。
おそらく伏せるのは間に合っていない。
目の前にいくつかパチンコ玉が転がっているのを見て、これが飛んできたのだと察する。
向こうはスリングショットを持っていない。
おそらく指で弾いたのだ。
それで拳銃みたいなスピードを出したというのか。
かつ、小田嶋はそれをメイスで叩き落としたらしい。
超人的な世界だ。
「どうする」
「むしろ都合がいいでしょう」
小田嶋は一旦角に身を隠しつつ、大声で吠え掛ける。
「こちらは警視庁ダンジョン前署の刑事です! 投降しなさい!」
「くそっ、警察か!」
「危険なダンジョン内ですから、反射的に攻撃したことについては不問とします! しかしこれ以上抵抗する場合は、公務執行妨害の現行犯となります!」
小田嶋はまだ『何罪がある』『逮捕する』とは言っていない。
しかし向こうは、
「こんなところで捕まるわけにはいかないんだ!」
こちらへ出てくる様子はない。
どころか、『捕まるような覚えがある』と白状している。
「クロだな!」
「確保しましょう」
少しおとり捜査っぽくなってしまったが仕方ない。
「行けるか」
「そうですねぇ」
小田嶋はコンパクトを取り出し、フロアの様子を窺う。
「彼、『ドレイン・ドラセナ』の近くに陣取ってます。相手が最低Bランク、より高ランクの探索者である可能性も考えると……」
「ドレインされるまえに制圧、という確証は持てないか」
「えぇ。なので少しのあいだ、ドラセナを黙らせてくれると助かります」
「拳銃でいけるか」
「じゅうぶん」
「よし」
粟根も拳銃を取り出すが、危ないので退がらせる。
顔を出した瞬間にこちらが撃たれる可能性もあるのだ。
「3、2、1、行くぞ!」
「はい!」
勇気を振り絞り、角から身を出し一気に3発。
小田嶋の安全が掛かっている。ちゃっちゃと済ませて引っ込むより、狙いを定める方に集中したのだが、
「ちぃっ!」
相手の左手からもパチンコ玉3発。
ものの見事に弾き飛ばされる。
『ドレイン・ドラセナ』の防御を優先したようだ。
小田嶋はその隙に踏み込もうかと思ったようだが、
向こうの右手は自身に向いている。
牽制で一塁に戻る野球選手のような動きで、角の向こうへ退避した。
「くっ! 探索者ってのは厄介なヤツしかいないな!」
「どうしましょうね」
「そもそもアイツはどうしてドラセナの近くにいて平気なんだ。そういうシャツでもあるのか」
「ありますよ」
「小田嶋も持ってるのか」
「持ってるので、官舎から取ってくるまで持ち堪えてもらえます?」
「冗談!」
にっちもさっちもいかない会話に、退がらせていた粟根が首を伸ばしてくる。
「じゃ、じゃあ私も参加します! 3人で行けば、相手も腕は2本だからさすがに!」
「却下だ。危険すぎる。殉職されては困る」
「それは二階さんだってそうなんだから、私だって!」
ムキになる粟根。
三十路のおっさんが、若い娘にこんなことしていいか迷ったが、
「今のおまえじゃ、同じ条件では語れないぞ」
ピストルを握る手を、そっとオレの手で包んだ。
明らかに震えている。
小刻みに、しかし強くて、ギュッと握るとようやく止まるほどだ。
おそらく震えは手だけではないだろう。
「その足で機敏に動けるか? あまり心配をさせるな」
「でもっ! 私も警察官です! 警察官の使命が!」
だが彼女は食い下がる。
体と頭はこれだけ恐怖しているのに、心だけはガッツを忘れない。
真に強い人間なのだろう。
だからダンジョン課にいて、必要とされている。
だが、
「いいか粟根。使命という字は『命を使う』と書くがな。これは『命を使っても果たさなければならない』じゃない」
「え」
「『命はなければ使えない』から『使命』なんだ。市民のために命を投げ出すのが警察官だとしても、生きていなければそればできない」
粟根の澄んだ目がオレを見ている。
自分をおっさんおっさんというのなら。
オレは年上として、先輩として。
澄んだ目へ映るに、ふさわしい人間であらねばならない。
「だからな。やたらに命を張るというのも、使命を蔑ろにしているんだ。できることをしろ。できないことで犠牲になるな。無理なときは無理せず、ここは堪えろ」
彼女の震えが治まるのを手のひらで感じていると、
「『無理』せず『堪えろ』って」
小田嶋が空気を読まずに軽く吹き出す。
あるいは、空気を読んで湿っぽいのを吹き飛ばしたのかもしれない。
「熱血
そう。
カッコつけたことを言っても事件は解決しないし、
立派な先輩を目指すなら、ここを乗り越えなければならない。
「そうだな、そのカレンダーのことは知らんが」
粟根だけではない。
小田嶋にとっても、頼れる年上、同僚でなければならない。
「オレに少し考えがある」
「ほう」
「元最強探索者のおまえを見込んでな。おまえならできる」
「いいでしょう」
そのためには、頼れる同僚に頼る姿を見せるのも大事だろう。
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