第21話 『ミミッくん』の肚のうち
それから1時間近く粘っていると、
「あっ、誰か来ましたね」
「SNSの投稿を見た人だな」
修道士風の格好の男が現れ、チェストに手を付ける。
だがオレたちが注意すべきはそっちじゃない。
「小田嶋、『ミミッくん』はどうだ」
「んー」
彼女は双眼鏡を覗いている。
「今のところー、動きは、ないー、ですね」
「そうか」
まだ確定的なことは言えんが、このまま動かなければ
ただ見届けるのが目的で止まってはいない。
もっと言うと、
ただアイテムが人の手に渡るのが目的ではない
ということが分かる。
「さぁて、どう出る」
ここからが正念場と集中力を高めていると、
「どう出るっていうか。まだどうも出てない、犯罪してるとはかぎらない人に何日も時間掛けてる。これっていいんですかね?」
逆に砂漠の炎天下で1時間も待ったせいで、集中力の切れた粟根がボヤく。
「いいんだよ。ダンジョン課なんてピンポイントにダンジョンで何か起きなきゃ仕事がないし。オレは交通整理にも呼ばれないし。時間はいくらでもある」
「私は暇じゃないんだけどな〜」
小田嶋がボソッと呟く。
あとで何か美味いものでも奢らねばなるまい。できればもんじゃ以外で。
「それに、もう犯罪は起きているかもしれん」
「ホントですかぁ?」
「もし宝箱の中身に盗聴機や発信機でも仕込まれててみろ。すぐ売るにしても、そのあいだ拾った相手の情報丸分かりだぞ」
「ひえっ」
「ああやって遠くから現場窺ってるのも、相手の女性物色してるのかもね」
「二階さん、夏菜奈さん。アイツ今すぐ爆殺しましょう」
「警察官が法を忘れるな」
「爆殺の必要はあるの?」
余計なことを話しているうちに。
修道士は出てきたマントをうれしそうに広げたり肩に掛けたり
ひとしきり堪能すると、それを土産に引き上げてしまった。
しかし、
「動いたか」
「いえ」
例の男は動かない。
チェストの中身が入っていたということは、彼は漁っていない。つまり中身に興味がない。
しかし高台からずっと、その行方だけは見張っていた。
十中八九『ミミッくん』と見て間違いないだろう。
であれば、なぜ立ち去らない?
目的であるアイテムの受け渡し。それは今完遂された。残っているのはただの箱のみ。
もう何も用はないはずだ。
そう、
目的が『アイテムの受け渡し』なら。
額を流れる汗が気温のせいか分からなくなってくる。
頭を巡らせているあいだに、
「あー! もう中身取られてるー!」
「遅かったかぁ」
男女二人組が空振りを悲しんでいる。
近場にいた人や足の速い人なら、ぼちぼち到着するころだろう。
「動いたか」
「なんの」
だがヤツは動かない。
今まで人目に付かないよう徹底しているわりには矛盾だ。
人が集まれば集まるほど、見つからないように立ち去るのも難しい。
逆に人混みに紛れる、ということもできるだろうが。
あれだけ離れた位置にいるなら余計な手間だろう。
立ち去るなら今がギリギリのはず。
そうでなければ。
このあと何人来るかも分からない人の波を、長時間やり過ごすことになる。
ほら、言っている間にも、ちらほら遠くで人影が数を増して……
「何人来るかも、分からない……?」
「二階さん?」
脈絡なく呟いたもんだから、粟根が怪訝な顔をしている。
なんなら声を出したオレに少し戸惑っているだろうか。
人が集まりだしているし、張り込み中だから見つかりたくない心理があるのか。
だが今はそんなことどうでもいい。
「そうか、分かったぞ」
「何が」
小田嶋も双眼鏡を覗いてはいるが、意識はこちらへ向いている。
「アイツ、何人集まるかを調べるのが目的なんだ」
「なんと!?」
粟根が口元に手を当て、古風な驚き方をする。
「そんなことしてなんになるんですか。フェスですか」
「『ミミッくん』は行動経済学の研究でもしていると?」
小田嶋もこちらを振り返る。
「粟根。おまえ今、フェスとか言ったな?」
「えぇ、はい」
「海外のフェスが日本でニュースになるときって、どんな場合だ?」
「世界的アーティストの誰それが出たとか、日本のアーティストが進出したとか?」
「他には?」
「ないです」
「断言するな」
「無差別殺人とか、爆弾テロとか」
話が進まないのに耐えかねたのだろう。小田嶋が口を挟む。
それで粟根も気付いたようだ。
「まさか!?」
「そうだ。ではなぜフェスが狙われやすいか。これはもう分かるだろう?」
「人が、集まりやすいから……」
「そうだ。『そんなことしてなんになる』、それはまだ分からん。が」
岩山の方を睨む。
双眼鏡のないオレには、ヤツの動向など見えはしないが、
「『人を集める』という企みは、悪用しやすく、被害が大きくなるということだ」
「これは、いち早く『ミミッくん』の目的を突き止めないと!」
「害がない目的だとしても、な」
その後も張り込みは1時間ほど続いた。
炎天下の中、粟根も小田嶋もよくがんばってくれた。
が、それは向こうも同じ。
ヤツはなかなか引き上げず、長時間粘っていた。
そのあいだにもチェストには、平日のCランク層にも関わらず、多くの人が訪れた。
20人前後はいたか。正直、超人的な連中があれだけ世の中にいるのかと思うと引く。
オレ個人の思いはいいとして。
人の足も途絶えてしばらく経ったあと。
小田嶋の肩がピクッと動いた。
「どうした」
「男が動きました」
オレには緊張が走り、粟根は生唾を飲む。
さっきまでは『暑い』『苦しい』『さっさと終われ』などと思っていたが。
状況が変わると全て吹き飛ぶ。
「どうするんですか? 引き上げてきたところを職質でもするんですか?」
「それで本当のことを話してくれればいいがな」
「でもそれじゃ、どうやって手掛かりを」
「二階さん」
粟根の疑問を遮って、小田嶋が鋭い声を出す。
「どうした」
「『ミミッくん』、出口とは逆の奥の方。Bランク層へ続く階段の方角へ進んでいきます」
重要なのは、ここからかもしれない。
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