第20話 張り込み戦線異常アリ

「そういや、それって何が問題なんスか?」


 上総が自分用だろう缶コーヒーを開けつつ、オレの隣に腰を下ろす。


「本来出るはずのないものが出たら問題だろ」

「いや、それはそうっスけど、そうじゃなくて」


 後ろでは粟根と小田嶋がレトルト食品を漁っている。

 出遅れると残り物しか周ってこなくなるが、まぁ上総の相手をしてやろう。

 彼は一呼吸置くようにコーヒーを飲む。


「それは、なんつうかバグとかダンジョン側の問題であって。二階さんたちが捜査に出ることじゃないでしょ」

「そうでもないぞ」


 サバ缶の取り合いが発生している。オレとしてはサンマの蒲焼き缶が残っていればうれしい。


「アレを例の『ミミッくん』が入れていた場合。これは結構な問題だ」

「そっスか? 太っ腹とか、『タイガーマスク運動』的なのとか。そういうので自尊心満たしてても、法にゃ触れてねぇと思うんスけど」

「いっそ違法行為なら分かりやすい」

「はぁ!?」


 まぁ今の言い方は警察官としちゃ問題アリだな。

 だが、実際問題そうなのだ。


「違法なら違法と決めるだけの経験値が人類にはある。動機や目的も察しが付くってことだ」

「目的」

「利益と言い換えてもいい」


 タバコが吸いたくなってきた。

 しかしダンジョン内は禁煙だ。


「注目を集めるだけなら、今までどおりでじゅうぶんだ。身銭を切ってはマイナス収支だろう。しかもランドセルを配る『善行』ほどの、トレードオフな欲求までは満たされない」


 代わりに粟根へ合図して、缶コーヒーを寄越してもらう。


「注目を、ひいては人を集めるのが過剰な領域へ突入している。単に本人がエスカレートしているだけならいいがな。もし何か含みがあっての行為なら」


 プルタブのパキッという音が我ながら無機質で、


「不気味だ。目的が見えない。ヤツは利益を、何を得る」


 上総の喉が動く。コーヒーではなく唾を飲んだようだ。


「それをハッキリさせるためにも、オレたちは『ミミっくん』に会わねばならん。そのための張り込みだ」

「たしかに」

「特にヤツは、あれだけの数の投稿を繰り返している。多くの人がチェストを求めてやってくる。にも関わらず、『それらしき人にあった』程度の情報もない」

「つまり」


 今度はコーヒーを口元へ運び、上総はスチール缶内に相槌を吐く。


「ヤツは相当逃げ足が速い。投稿を見てから署を出たのでは、絶対に間に合わん」

「上総くん、そろそろ帰るわよ」

「あっ、はい」


 係長が手にゴミ袋を持っている。

 オレたちがまとめておいたのを持っていってくれるらしい。ありがたい。

 少しはお見送りしようと腰を上げたそのとき、


「あっ!」


 粟根が声を上げる。


「どうした」


 彼女は興奮気味に、スマホの画面をこちらへ突き出す。



「『ミミッくん』の新規投稿です! 『Cランク層でレアチェスト発見!』」



「来たか!」


 オレは立ち上がりかけた上総の肩を抑え、無理矢理座らせる。


「帰ろうとしていたところすまんが、残ってテントを見ておいてくれ」

「えっ」

「片付ける時間が惜しい! 捨てていくわけにもいかん!」

「そ、そりゃまぁ」


 なんならこの説明をする時間すら惜しい。小田嶋はもう走り出している。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


「じゃあな! 頼んだぞ!」


 オレと粟根は一目散にCランク層へ降りる階段に向かった。






 Cランク層、灼熱の砂漠地帯。

 一応西部劇みたいな荒野も点々としたオアシスもあるが。

 とにかくジャングルの次がこれとは変わりすぎだろう。


 小田嶋からどの程度遅れたかは分からないが。

 オレたちが指定された場所へ追い付くと、彼女は岩陰でしゃがんでいた。


『同伴者規定』的には、揃って足を踏み入れるものなのだろう。

 しかし彼女は圧倒的に足が速い(探索者って同じ人間なのか)。

 待たせて機会を逃しても歯痒いので、気にせず先行してもらった。


 モンスターが気になるところだったが。

 小田嶋が道中巨大なスカンクみたいなのを倒しておいてくれたおかげか。

 特に何とも遭遇しなかった。

 オレたちも強烈な異臭で失神しかけたが。


「どうだ」

「うわくっさ!」

「おまえがやったんだろうが。それより何かつかめたか」

えーとですねぇひぇーとえすえぇ


 鼻を摘んで話すのは聞き取りづらいからやめていただきたい。


宝箱にはははらはおひわまだ誰もまはあえも

「で、例の『ミミッくん』は?」

「確証はありませんが」


 小田嶋はより姿勢を低くする。

 オレたちも釣られて低くすると、彼女は空いている手で遠くを指差す。


 そこには一際目立つ岩山。


「ずっとあそこに潜伏している男が一人」


 ここは重要と思ったのだろう。

 小田嶋は普通に話す。

 が、すぐに眉をしかめる。


「つまり、少なくともチェスト速報の成果を見届けている、ということか」

「素子ちゃんデオドラント持ってたよね。なんとかならない?」

「聞けよ」


 とにかく、ヤツがタイガーマスク運動みたいに

『ただプレゼントをして満たされている』

 わけではないということが分かった。


 成果や感謝の声を確認したいなら、あとでSNSを見ればいい。

 粟根が探っていたように、いくらでも溢れている。


 もちろん直接表情を見たいとか。発見者全員がSNSに投稿するとはかぎらないとか。

 そういうこともあるかもしれんが。


 それにしては位置取りが遠い。

 正体不明の義賊感を楽しみたいにしても、身バレを異常に警戒している。

 承認欲求で行動する人間には持ち得ない自制心ではなかろうか。


「なんのために残ったか。いつ動くか。しっかり見届けねばな」

「持久戦ね」

「えぇーっ!? この炎天下をですかぁ!?」

「おまえって勝手に付いてくるくせに文句多いよな」

「カワイイでしょ」

「カワイすぎて直視できないから帰ってもらっていいか」

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