第19話 ミミックの尻尾

「あー、今日も投稿してるー」

「えー、何ランク」

「えーと、Cでーす」

「ほなそんなに混まんかー」

「ほなええか〜」

「二階さんはもうランクなんぼでも関係あらへんやろ」

やめてぇやぁ」


「なんで急に関西弁なんスか?」


 あれから数日後、昼下がりのダンジョン課。

 昨日大事件があり精魂尽き果てていたオレたちは、上総をドン引きさせていた。

 ちなみにデスクに突っ伏すオレ、粟根、水崎さんの中に近畿地方出身はいない。

 実は東京生まれもおらず、警視庁ながらバラエティ豊かである。


 それはさておき、『オレにランクは関係ない』というのは。

 それこそが昨日の大事件である。






 またも『ミミッくん』によるEランク層でのチェスト速報が投稿された。

 それでオレたちは素早く現場の整理に駆け付けたのだが。



「あの、もしかして、『熱血刑事デカ』さん?」



 ホイッスル吹いてたオレに、セーラー服の女子が声を掛けてきた。

 それが一巻の終わり。



「マジで!?」

「スゲーっ!」

「ファンです!」

「握手して!」

「写真撮って!」

「サインちょうだい! メ◯カリで転売するから!」

「もう配信とか出ないの!?」

「テレビとかから出演オファー来てたりするの!?」

「ここで1発、名言どうぞ!」



「オアーッ!!」



 みんなで必死に整えていた、人の波が崩れた。


 基本的にSNSの情報で釣られてきた人たちだ。ミーハーなのだろう。

 そこまでオレ個人が好きかはさておき、ちまたで有名らしい人物にはとにかく群がる。


「二階さーん!」

「へールプ!!」

「二階さん私のモノマネしないで」

「粟根おまえ、さては親しくなると薄情なタイプだな!?」


 その後救出しようとしてくれた上総が即人混みでMIA。

 小田嶋となぜか機動隊の武装をした水崎さんが道を開いてくれた。

 いかに小田嶋といえど、暴力はなかったと言っておく。

 あと高校ボクシング国体強行犯係上総より、農家の娘盗犯係水崎さんの方が強いようだ。



 まぁそれはいい(上総からすればよくないだろうが)。

 その後署に戻ったオレを待っていたのは、


「よかったな二階。『もう応援に来るな』とのお達しだ。本庁からも『刑事課の人間が世間に顔を知られているとは何事だ』とのお言葉が来ている」


 課長づてのお叱りだった。


 バズの功罪。

 こうしてオレは、交通整理から戦力外を受けたのである。






「ただいま帰りました〜」

「オレじゃねぇ! コイツが!」

「アンタの方でしょ! 私じゃないわ!」

「はいはい! 話は取調室で聞くから!」


 回想と関西弁ワールドを打ち壊すように、小田嶋と日置係長が帰ってきた。

 二人は

『どちらがモンスターにトドメを刺したか=どちらの素材の取り分を優先するか』

 でモメてケンカになった探索者を確保しに出向いていたのだ。


「ん〜!」


 一仕事終えた小田嶋はデスクで伸びをする。

 ハードワークで実質ワンオペである。聴取や書類は基本代わってもらえることになっている。


「そういえば、小田嶋は意外と顔バレしないよな」

「はい〜?」


 思えば不思議なことである。

 聞けばトップクラスでもなかったヤツの配信にチラッと映ったオレ。

 それがこれだけ騒がれたのだ。


 それこそナンバーワンだったらしい小田嶋なんて。

 街を歩けばヨンさま来日の空港みたいになりそうなものだが。


「あぁ、私は配信するとき、ヘルメットにパイロットゴーグルしてたので。スカーフやマフラーもよくしてたし」

「リテラシーしっかりしてるんだな」

「してない人でも、高ランク行ったら嫌でもしますよ。吹雪とか砂嵐とかあるし」

「そんなもんか」


 にしても、兜じゃなくてヘルメットなのがな。

 なんて思っていると、


「あ、もう発見の投稿流れてる」


 デスクで溶けている粟根は、ずっとSNSを追っていたらしい。


「早いな。近くに居合わせたんだろうか」

「ですかにぇ〜」


 スマホの画面では、なんかすごい耳飾りが映っている。


「いいなぁ。ほしいな〜。特殊効果とかいらないけど」

「さすがにデカくないか? 首凝らないか?」

「じゃあ夏菜奈さんなら似合うかなぁ」

「え? どんな感じ〜?」


 小田嶋も寄ってくる。


「ほら、これカワイくないですか? 『翼の生えた女神の耳飾り』」


 画面を突き出す粟根だが、


「んー?」


 小田嶋の眉根が寄る。


「どうした?」

「これって……」






 それからまた数日。昼まえのこと。


「うーす、メシの補充に来ましたよ」

「助かる」

「どう、二階くん?」


 上総と係長がダンボールを抱えて現れる。

 中身はまぁ、レトルト食品と水だろう。


「新たな投稿はまだですね」

「そっか。持久戦ね」

「いやしかし、マージでやるとはなぁ」


 上総は呆れを隠さないため息で周囲を見回す。

 そこは、


 木、木、木。



 オレは今、ダンジョン内のジャングルにテントを立て、張り込みをしている。



「仕方ないだろう。こうでもしないと、いち早く現場へたどり着けない」

「それはそっスけど」

「でもこんな、1時間だって生きた心地しないのに。寝泊まりするとか異常よ。殉職されたら困るわ」


 常識人(当課比)二人からはあまり理解を得られていないが、


「私がいるから大丈夫〜♪」


 オレが使っているのとは別のテントの入り口から、四つん這いの小田嶋が顔を覗かせる。


「私もいますよ!」

「粟根さんは非力だから逆に不安要素よ」

「いる必要あんのか?」

「だって私が見張ってないと、二人だけにしたらズッコンバッコン」

「なんですって……?」

「おまえまた適当なこと言って。係長をどうしたいんだ」


 粟根も加えてオレたち3人。神に誓って変なことはしていない、というのは置いといて。


 なんなら1時間どころか1歩も立ち入りたくない場所で野営しているのは、理由がある。

 それは、






『どうした?』

『これって……』

『何かおかしいのか』



『Cランク層のチェストからじゃ絶対に出ないよ?』

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