目的不明理解不能!? SNSチェスト速報アカウント

第18話 義賊は賊なんだぞ

「並んでくださーい! はぁい! 並んでー! そこ、押し合わないで!」


 日曜の朝っぱらから、オレはダンジョンの受付に駆り出されていた。

 オレだけではない。



「コイツ足踏んだ!」

「踏んでない!」

「まーまー! 落ち着いてくださいよ。順を追って話して」



「まだ進まないの!?」

「こんなの絶対間に合わねぇよ」

「さっさとしろ!」

「はぁい、他の方の迷惑になりますので、お静かにお願いしま〜す」



「二階さん、へールプ!!」



 上総も小田嶋も粟根も。

 みんな駆り出されている。

 どころか



「そこ、広がらないでくださーい。詰めてー」



「第二駐車場いっぱいです! 空いてるところありますか!?」



 向こうで棒を振るのは水崎さん。

 あっちで無線通話しているのは鳥江くん。


 強行犯係だけでなく、ダンジョン課総出で駆り出されている。


 その原因は、明言せずともお察しかもしれないが、

 そう、



 ダンジョンへ詰め掛ける、大量の人、人、人。



「なんてこった」

「二階さん、へールプ!!」






 ことの発端は、3週間ほどまえ。


「あー、また『ミミッくん』が更新してるー」


 午前のダンジョン課にて、粟根がスマホを弄っている。


「勤務時間中だぞ」

「これも勤務ですよ」

「はぁ?」


 いつも適当言いよってからに。さすが騙されんぞ。

 そう思っているところに差し出された画面は、



「なになに? 『Bランク層樹氷地帯で激レアチェスト発見! 早い者勝ち!』?」



 という文章と、昔ゲームで見たようなドデカい宝箱の写真。

 SNSのようだ。


「このアカウント、最近こういう投稿を繰り返してるんですよ。こういうダンジョンにまつわる情報や人の動きをリサーチするのも、私たちの仕事です」

「サボっているわけではない、と」

「ドヤァ……!」


 うっざ、と言いたいのは飲み込んで。


「また、ってことは、なんだ。頻繁なのか。それとも覚えるくらいには何か特殊なアカウントなのか」

「さっすが二階さん!」


 粟根は人差し指を立てて振ると、


「この投稿、2時間まえですね。だったらそろそろ、ちょっと見ててくださいね?」


 そのまま画面へ。

 検索ウィンドウに『ミミッくん』と入力する。

 すると、


「ほーら、上がってきましたよ」

「どれ、『レアチェスト本当にありました! 中身はオリハルコンの腕輪! ありがとうミミッくん!』」


 で? という視線を向けると、粟根はまた人差し指を立てる。


「この人、チェスト発見情報が毎回本当なんです」

「いい人じゃないか」

「なのに、中身を持っていかないんですよね」


 立てられた指へ粟根の頬が着地する。


「先に自分で開けて、中身がいらないときだけ投稿してるんじゃないのか?」

「そこで『親切心の塊なんだなぁ』って言わない二階さんが最高に好きですよ」

「なんだとキサマ」

「でもそんな合理的なことをしているはずはありません」

「どうして」


 粟根は一度スマホをデスクへ置いてこちらを見る。


「レアチェストともなると、専用ドロップが多いんです」

「専用」

「早い話、『チェストからしか手に入らない』アイテムです」

「ほう」

「薬草や資材はそこらじゅうで採取できます。レアなモンスターの素材だって、倒し続ければいつか手に入ります」


 手刀のジェスチャー。

 薬草を刈り取ったりモンスターと戦うイメージだろうか。


「ゲームみたいだな」

「だからダンジョン由来のものの多くは、コツコツやってれば手に入ります。でもチェスト専用ドロップは違う」

「独立してるのか」

「はい。他で手に入る素材から作ることのできないものが多いです。さっきの『オリハルコンの腕輪』だってそう。チェストから出てくる以外に入手方法はありません」

「ますますゲームだな」


 粟根はまたスマホの画面をスクロール。

 過去の『ミミッくん』関連の投稿が次々出てくる。

 その内容は


『マジであった! ミミッくんチェスト!』

『「女神のヴェール」ゲット! これ欲しかったやつ! ミミッくんありがとー!』

『信じられん量の「賢者の石」入ってた! こんなにあったらネックレス作れるわ! ミミッくん is GOD』

『このまえのミミッくんチェストの中身、売ったらすごい金になったは』

『臨時収入めっちゃ入ったんで焼き肉なう。これは実質ミミッくんにゴチんなってる』

『ミミッくんのおかげで車のローン返った』

『ミミッくんマジ感謝!』

『ミミッくんサイコー!』


「石川五右衛門みたいになってるな」

「っていうくらいにはお金になるんですよ。チェストのレアドロップって」

「つまり普通なら、いらないヤツでも自分で売って儲ける、ってことか」

「しかもレアチェストの数は一定期間でのスポーン数が決まってます。全部のチェスト把握してるでもなければ、投稿数的に……」

「ミミッくんとやらの取り分ほぼナシ、か」

「はい。『自分はじゅうぶん稼いだから』ってことはないと思います」


 たしかに少し変かもしれない。

 善意の塊とか、金より承認欲求と言えばそれまでかもしれんが。

 それなら知らんヤツの焼き肉になるより、どこぞに寄付して名前載る方が満たされる。


「別に悪いことをしてるわけじゃないのはそうなんですけども」

「分かるぞ粟根。目的の分からん行動は、下手なイタズラより不気味なもんだ。特にオレたち刑事はな」


 そんな話をしていたのが3週間まえ。


 その時点で界隈じゃこれだけ盛り上がっていたのだ。






 今朝の時点にもなると。


 出勤のために駅で電車を待っているあいだスマホを見ていると、

 粟根からのメッセージ通知がポップアップする。

 内容は、


『今朝ミミッくんの投稿がありました』



『「Eランク層で」レアチェスト見つけたらしいです』



『覚悟しておいてください』


「はぁ……」






「おはようございまーす」


 ダンジョン課に最後の一人で小田嶋が出勤してくると、


「よし、全員揃ったな」

「課長が立った!」

「マズいぞ! 逃げろ!」

「全員注目!」


 粟根の予報どおりの、絶望が告げられる。


「ダンジョン管理組合より、普段の数倍の量の人が殺到していると連絡があった。すでに地域課や交通課が整理にあたっているが、人手が足りず現場は崩壊しているらしい」

「来るぞ……」

「来ないで……」

「人はもう来てるんだよなぁ」



「ということで、我々ダンジョン課も応援に行くこととなった!」



「NOOOOO!!」

「いやだああああ!!」

「BOOBOO!!」

「課長! 果たして交通整理はダンジョン課の管轄なのでしょうか!?」

「本庁より『ダンジョンで起きてるんだからダンジョン課じゃね? さっさと行け』との回答がなされている!」

「うわあああああ!!」






 そして今現在に至る。


「二階さーん」


 現実逃避して残酷な現実を思い出していると、小田嶋が寄ってきた。


「やんなっちゃいますね」

「やんなるが、持ち場はどうした」

「静かにしてもらってきました♪」

「うわぁ」


 あからさまにドン引きしても小田嶋は怒らない。

 心が広いのか狭いのか分からない。

 穏やかなのではなく、気にならない範囲が広いだけかもしれない。


「日曜日で、しかも入れる人が多いEランク層。こうもなりますよね」

「まったくだ」


 オレも小田嶋も、止められない人の摂理にため息をつくしかない。


「オレたちはミミッくんを恨んでいる側とかいう、ある意味最大のレアドロップだな」



「二階さんへールプ!!」

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