第17話 燃える熱血刑事(物理)
熱湯を注いでから10分ほど経過した。
が、
「青は」
「出ませんね」
なんだか薄汚い緑色が淡く出るだけ。
大麻を煮たことがないので、これが大麻の色か別のダンジョン成分かは不明だが。
少なくとも
「大麻モドキ、ではないということだな」
「つまりは」
「本物だ」
クロ確定だ。
よって張り込みをして、畑の持ち主を待つ必要は出てくる。
が、
うまくすればソイツだけでなく、ブローカーや顧客、繋がりを一気に叩ける。
「そうと決まれば早速……」
茂みや岩陰、潜伏に向いていそうな立地を探して振り返ったそのとき。
「あ」
「あ」
スカジャン、ニット帽、ロングソード。
最後のがなければ探索者と分からないチンピラと目が合った。
「やっべ」
男は短く呟くと、180度向きを変えて走り出す。
「アイツだ! アイツが大麻栽培してるヤツだ!」
反射的に背中を指差して叫ぶと、
「シッ!」
小田嶋がすごい勢いで飛び出していく。警察犬か何かか。
バットやゴルクラブ用みたいに肩へ掛けていた、細長い金属製のケースを前方へ投げ、
それが地面に叩き付けられた衝撃で開くと、すれ違いざまに中身を手に取る。
「げっ! もしかして『サマベジ』!?」
サマベジは知らんが、おそらく元有名配信者だけあってか象徴的な装備なのだろう。
両手の斧とメイスを見て、被疑者が青ざめる束の間、
「ぐえっ!」
メイスでロングソードの防御を弾き
足払いでバランスを崩させ
斧の歯でスカジャンを地面に縫い付け
「観念しなさい!」
「あがががが!!」
あっという間にうつ伏せに制圧、剣を持つ手を締め上げる。
「よしっ! 鳥江くん、時間取ってくれ!」
「はっ、はい! 14時52分、麻薬違法栽培の犯人と思しき……」
決まったと二人から目を離したそのときだった。
「避けてっ!」
「は?」
小田嶋の声が響くや否や、
「ファイヤースプラッシュ!!」
ロングソードの先端から、火の粉の花吹雪みたいなのが飛んでくる。
「おわっ!」
そうだ、彼らはダンジョン探索者。
我々パンピーとは別世界の生き物なのを忘れてはならない。
慌てて左へ横っ跳び、そのまま被弾しないよう地面に伏せていると、
「ああっ!」
「どうした!」
今度は鳥江くんの声が響く。
避けきれず引火したのか!?
慌てて安否を確認すると、
右へ跳んだのだろう。少し離れた位置で無事そうにしている。
ただ彼は同じように伏せながら、後ろを向いて驚愕の表情を浮かべている。
オレも釣られて振り返ると、
大麻畑が盛大にキャンプファイヤーしている。
「なんだとおおお!?」
これはマズい!
証拠隠滅だとか、そんなチャチな問題ではない!
Dランク層はジャングル地帯。
地面が泥や土で湿度もあるとはいえ、それはマシという程度。
『森林』ジャンルで括られるからには、火災の発生はマジでヤバい!
何より、
「小田嶋っ! 伏せろーっ!」
「二階さん叫ばないでっ!」
「ヒィ〜ヒッヒッヒッ!!」
チンピラ探索者が変な笑い声を上げる。
ラリったのか追い詰められてバグったのかは知らないが、
ヤツが火を付けたのは大麻畑。
湧き上がる煙は凶悪な毒の塊だ。
まともに吸ったら1発で中毒。
禁断症状的な中毒じゃなくて、一酸化炭素中毒やオーバードーズだ。
文字どおり天国が見られる。片道で。
小田嶋はせっかく取り押さえた被疑者をチラッと見たが。
オレを叫ばせない方を優先したのだろう、体勢を変えようとする。
すると、
「死ねよやぁっ!!」
一瞬の隙だったのだろう。
男は跳ね上がるようにして、小田嶋へ向かって剣を振りかぶる。
「小田嶋っ!」
こうなってはどうしようもない。
彼女は反射的にメイスを……
「いぎゃあああああ!!」
「うわぁ、見たくないもん見た」
「二階さん! そんなことより早く逃げないと、結局炎に撒かれてしまいますよ!」
「あ、あぁ!」
鈍い音に目を背けていると、近くに来ていた鳥江くんに引っ張られる。
そのまま腕がエラいことになった男を担ぐ小田嶋と一緒に、オレたちは逃げ出した。
「もしもし! ダンジョン管理局ですか!? 常田さん!? 二階です! えぇ、Dランク層で火災が!!」
その後はとにかく大変だった。
水属性装備持ち(被疑者も普通に火とか出してたな)の探索者たちが到着するまで消火活動に取り組んだり、
管理局関係者に平謝りしたり(ダンジョンには再生能力があるから気にするな、とは言われたが)、
帰り道にまた例の二人組が絡んできてケンカになりかけたり、
もちろん課長と係長に叱られたり、
大麻を吸ってしまったのではないかとしばらく検査入院させられたり、
退院したら早速始末書を書かされたり(小田嶋はプラス被疑者の腕を折った件についても。いかに正当防衛とはいえ)、
その日どころか、長期にわたってオレたちを
「大変でしたねぇ。お疲れさまでーす」
その進行も終わったのが、つい先日のこと。
最後の書類も終わった15時すぎ、粟根が
「めずらしくおまえいなかったけど、いなくてよかったよ」
「ホントですよ」
「素子ちゃん要領いいもんね」
小田嶋も心底羨ましそうにため息をつく。
「そういえば粟根。おまえに聞きたいことがあったんだ」
「なんですか? 恋愛相談?」
「違う」
相変わらず粟根が余計なことを言うと呪霊が騒ぎ出す。
が、オレたちが入院しているあいだに。
その『相変わらず』と変わっていたことがあるのだ。
「最近薬物犯係に人が戻って来てるな。あんなに忙しそうだったのに」
「あー」
「それと、最近このまえの二人組を見掛けなくなってな」
「あ、あー」
「いや、飽きられただけならそれでいいんだがな。オレがいないあいだも来てたのだろうかと思って」
「それはですねぇ」
あの明け透けに余計なことを言いまくる粟根が、なぜだか歯切れ悪く目を逸らす。
「どうした」
彼女は軽く頭を掻くと、
「大麻モドキあるじゃないですか」
「全ての元凶だよ」
「あれ、大麻と似てるってことでしたけど。どうやら似すぎて、ダンジョン内で違法栽培されてたのと交配しちゃったみたいで」
「雑種ができたのか」
「はい」
粟根は小さく頷くと、オレに背を向け
「それの毒性強すぎて、いっぱい死人出たらしいですよ」
ボソッと語った。
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