第16話 モドキモドキでドッキドキ

「今日みたいな『しょっぴいても大麻モドキ』みたいなことが多発してて。

銃器・薬物犯係ウチでも困ってるんですよねぇ」


 連中が帰ってから、オレたちは流れで鳥江くんと昼食を摂っている。


「怪しいの見掛けても『どうせ』ってモチベーション下がっちゃいますし。何より『違法じゃないのにどうしてくれるんじゃオラァ!』みたいなのもいて」

「なんならそれがしたくて、愉快犯的に逆おとり捜査仕掛けてくる人もいます」

「そうなのか」


 フライドチキンを食いながら補足する粟根。

 ヤツらを連行するときに止めようとしたのは、このことがあるからか。


 我ながら脳内で失礼な評価を下すことが多い相手だが。

 これでもダンジョン課の先輩で、オレの知らないことを知っているのだ。


「もっと問題なのは、街中で大麻使ってる人がいても見分け付かないんだよね」


 小田嶋の口はコーヒーを飲んだりため息をついたり忙しい。


「たしかになぁ」

「しかも結局、副流煙には同じ効果があるし。二階さんも今後見掛けたとき、見て見ぬフリしろ、とまでは言えないけどさ」

「気を付けないとな」


 ラリラリになっている相手だけでも危ないのに、感染しては人生に影響する。


 同じ行為なのに、法整備の問題で善悪が分けられてしまう。


 なんとも気分だ。



 あと小田嶋が使っているマグカップは、さっきのヤツとは別のだと思いたい。






 それから数日経ったある日。


「おーい、熱血刑事デカぁ〜!」


 昼休憩で小田嶋とタバコ買いに行った帰り。

 横断歩道の向こうから声を掛けられた。


 見ればそこには、このまえの二人組。

 遠くからだが、手元から煙が上がっているのが見える。


「ちっ、早速煽りに来やがったか」

「有名人だもんね〜。目ぇ付けられるよね」

「その扱いはやめてくれ」

「分かるぅ〜!」


 自分で配信していたとはいえ。こういうことの先輩だろう彼女は困ったように笑う。

 そこに、



「おーい! 職質しなくていいのかよーっ!!」

「今日は違うコ連れてんじゃーん! 人気者はモテるねー!!」



「やかましいな」


 連中の声が飛んでくる。


「それが大麻か水蒸気か知らんがな! 路上喫煙は別問題だぞ!」


「へーい」


 少し構ってやると満足したのか、それ以上は何も言ってこなかったが


「タバコやめようかな」


 同じ『違法じゃないだけのハッパ』を吸っている自分が、なんだか急に肩身狭い。

 小田嶋はすでにそのステージを通り過ぎたのか、


「ま、今回に関係なく、やめれるならやめるべきですよ」


 ドライな反応をしている。






 屋上へ行く気をなくし、複雑な気分で課へ戻ると(そんななら初めから吸うな)。


「あっ、小田嶋さん! ちょっと手伝ってください!」


 鳥江くんが手を振る。


「どうしたの?」

「実はDランク層の奥でですね」


 小田嶋も強行犯係、本来薬物犯係は管轄外である。

 また、Dランクであればダンジョン課の刑事は全員ライセンス同等の権限がある。

 ※『同等』であってライセンスではないので、『同伴者規定』が適応されない


 つまり、今聞こえた範囲では小田嶋に声を掛けることはないのだが。


 しかしダンジョン課といえど、元高ランク探索者は彼女しかいない。


 よって出動していないときは、割と管轄外の仕事にも呼ばれている。

 Dランクでも凶悪なモンスターが出るとはいえ、ブラックなことだ。


 かわいそうではあるが他人事としてスルーしていると、



「あ、そうだ。二階さんも来てくれる?」

「はっ!?」



 その小田嶋から聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「な、な、な」

「はい、夏菜奈です」

「そうじゃない! なんでだ!」


 下の名前呼び!? と背後で感じる呪力は無視して。

 至極真っ当であろう疑問をぶつけると、小田嶋は首を傾げる。


「今、薬物犯係人手足りないんですよ」

「そ、そうなのか」

「やっぱり大麻モドキに偽装した大麻犯罪が増えてるんで、忙しくて」

「大変だな、お互い」

「うん、お互いさまだから二階さんも手伝いましょうね」

「それはおかしい!」


 繰り返しになるが、オレは絶対間違った主張はしていない。

 正当な権利だ。

 しかし、


「まぁ、いいからいいから」


 含みはないのだろうが。小田嶋の暗い瞳の薄目で言われると、



『おまえもブラック労働しろ。逃さない』



 と迫られているように感じてしまう。

 怖い。断れない。






「あれか。例の『畑』ってのは」

「はい」


 時刻は昼ごろ。

 といっても地下のダンジョンには関係ない

 ように思えてなぜか、地上と同じ昼夜の運行をする空。


 何も考えたくなくなる光景の下にオレはいる。

 隣にいるのは鳥江くんと小田嶋。


 光景と言えば、目に映っているのは、


「やっぱり写真で見たのと違いはないよな」



 緑が整然と並ぶ、大麻モドキと思われる畑。



 鳥江に頼まれたのは、


『ダンジョン内で大麻モドキの人工栽培が確認された。が、最近は偽装した本物の大麻であることも多いので、確認に行かなければならない。付いてきてほしい』


 というものだった。



「そもそもダンジョン自体、国の管理する土地ですし。勝手に畑作ってる時点でアウトなんですけどね」


 その畑の主人あるじは見当たらないが、それはいいだろう。

 あれが大麻と判明しないかぎりは、オレたちの管轄ではない。

 判明したらそのとき、来るまで張り込めばいいだけだ。


「いや、よくないな」

「えっ、見ただけで分かるの?」

「そうじゃなくて」


 小田嶋はなんか勘違いしているが、オレが言いたいのは


ダンジョンこんな危険地帯で長時間張り込みなんてしたくない』


 ということであって。

 しかし説明するまえに二人は畑へ近付き、手袋をして葉を一枚千切る。


 これが私有地の畑だったら大問題だが、前述のとおり勝手な畑。

 文句言われる筋合いはないだろう。


 鳥江くんは葉をさらに細かく千切ってフラスコへ。

 マグカップでないのは透かし見るためだろうか。

 おそらく乾燥させていないと、あの色味が分かりづらいのだろう。


 さて、緊張の瞬間、というほどでもないが。

 小田嶋が魔法瓶の中の熱湯を注ぐと……

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