第15話 物事は見掛けによらなすぎる
粉というよりはやや繊維質で、モコッと絡まっているようにも見える。
色は茶緑。
こんなシチュエーションで、紅茶を受け渡すわけはない。
「おい! そこのおまえら!」
「あ?」
「なんだよ」
「それは大麻だろう!」
麻薬は薬物犯係の領分だが、現行犯なら関係ない。
「二階さんっ!」
慌てて付いてきた粟根だが。
こちらを睨み付けるヤンキーの視線に怯えたか。ややオレの後ろに隠れる。
向こうがナイフでも持っていたら危ないので賢明だ。
「あっ、二階さん。たぶんアレ……」
早速何か見つけたか、粟根が何か言いかけたそのとき、
「おっ。もしかして『熱血
「マジじゃん」
連中の険しい目付きが解かれ、なんならフレンドリーになる。
「おっさん警察の人?」
「そうだ。だからその怪しい……」
「じゃあやっぱ間違いねーじゃん!」
「ウェーイ!」
ヤツらはオレの両脇に立つと、肩を組んでくる。
「有名人に会っちゃった!」
「オレらおっさんの大ファンなの! あの『ゆ〜じ』の配信のアレ、超よかったよぉ〜! 警察見直したわ」
「写真いいっすか? いいよね?」
「話を聞け!」
ケンカしたいわけではないが、身内みたいに扱われるのも遺憾だ。
しかし左右をガッチリ挟まれてはどうしようもない。
粟根もいるのだから、手荒な真似はしたくない。
連中の片割れがスマホを掲げてパシャパシャ鳴らす。
何枚撮るんだよ。
「満足したか」
「いやもうマジ感謝。SNS載せていい?」
「そのまえに、こっちの要件に付き合え。ファンサしに声掛けたんじゃない」
「なんすか」
「だからさっきの。あれ、大麻だろ」
「あー」
男の片割れがポケットをゴソゴソやり出す。
取り出したのは、撮影で一度しまった例の小袋。
「これね」
「それだそれ」
やはり昔押収した大麻にそっくりだ。
「署まで同行してもらう。いいな」
しかし相手はヤンキー、以前に薬物犯。素直に従うとは思えない。
逃げられることも想定して、背後の粟根にこっそりジェスチャーを送る。
今どきの子に『指でダイヤル回すと“電話を掛けろ”』が通じるかは分からないが(オレだって大学のゼミの教授が爺さんだったから知っているにすぎない)。
懸念ある伝達を、頭に懸念がある相手に賭けていると、
「あー、いいぜ。行く行く」
「は?」
ヤンキーたちはあっさり笑った。
「は、て何よ。おっさんが来いっつったのに」
「う、うむ」
「『熱血刑事』だもんな! 職務熱心なのは協力しねぇと」
「そうかね」
「じゃ、ちゃっちゃと行こうぜ」
やはり補導経験済み程度の素行ではあるんだろう。
連中は先導されずとも、署の方へ向かって歩いていく。
なんだか調子を外され、後ろを付いていくオレに粟根が耳打ちする。
「二階さん、あれ、たぶん」
「なんだ」
「あぁ、でも、『たぶん』なら逆に『たぶん』ってこともあるか」
「一人で納得するにしても、日本語として伝わる文にしてくれ」
「これ、大麻じゃないですね」
「なっ」
署に戻ってすぐ告げられたのは、衝撃の事実だった。
「まさか本当に、アールグレイかなんかだって言うのか!?」
「そうじゃないですけど」
「というか、こんな短時間で分かるもんなのか?」
銃器・薬物犯係の好青年、
「分かるよ。煮出すと独特の反応があるの」
奥からマグカップを持った小田嶋が現れる。
その中身は、
「青い……」
サファイアみたいに真っ青な液体。
「バタフライピーだったのか!?」
「二階さんお茶詳しいね。カノジョの影響?」
またなんか後方でガタッと音がした。無視しておこう。
「しかし、そうでなかったらこうはならんだろ。明らかに普通じゃない」
「そう。普通じゃないの」
小田嶋はデスクにマグカップを置きつつ頷く。
「これは『大麻モドキ』と言って、ダンジョン原産の似て非なるもの」
「なんだと」
駆け出しの所轄時代も強行犯、本庁でも捜査一課。
薬物にあまり関わらない立場だったとはいえ、初めて聞く名前だ。
だが強行犯係の小田嶋が検査に関わっている理由は分かった。
彼女は、飲んではいけないのサインだろう、マグカップに手で蓋をする。
改めて見ると手がデカい。
いかに長身とはいえ。初めて握手したときは、185センチ男性柔道5段の上司を思い出したほど。
特殊の域ですらある体格が、あれだけの戦闘力の源なのだろうか。
「あー、二階さん女性の手ぇまじまじ見てる」
「茶化すな粟根」
マジで茶化すな。係長の震度が上がる。日に2回も呪物を見たくない。
「ま、二階さんは知らないと思います。最近見つかった品種なんで」
「そうか。しかし、モドキということは」
「えぇ。乾燥させた葉や樹脂に着火して吸引すると、ほぼ同じ効果が得られるわ」
「じゃあ薬物なのに変わりはない! おまえら! 尿検査だ! 毛髪も採取する!」
「えー?」
ヤンキー二人組の方を振り返ると、連中は何やらニヤニヤしている。
「えーじゃない!」
「ムダっすよ?」
「反応出なくても、そもそも所持の時点でアウトだ!」
「アウトじゃないの」
「は?」
振り返ると小田嶋が腰に手を当て、鼻からため息をついている。
「最近発見されたばかりで、まだ法整備が追い付いてない」
「マジか」
「最近日本でも『大麻を合法化しろ』って言ってる人がいるでしょ? そういう団体からの妨害もあってね。規制が進まない」
「おそろしいことだな……」
よく分からん政治のゴタ付きに思いを馳せていると、
「そういうわけなんで、オレら帰ってもいいっすか?」
二人組はニヤニヤしながら体を揺らしている。
癪には障るが、
「いいですよ。わざわざ時間取ってごめんね。ご協力ありがとうございました」
小田嶋が帰してしまう。
実際、違法でないならこれ以上できることもないのだ。
オレは背中を見送るしかなかった。
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