怪しい葉っぱにご用心!? 合法違法のグレーゾーン

第14話 花をあげましょう

 午前7時。

 人によっては起きていても、街や仕事が動くには早い時間。



 だが職場によっては夜番などがいて、24時間体制で動いていたりする。

 パッと思い付くのはオレたち警察とコンビニバイト、

 あと






「入ります」


「あ、もしかして二階さん?」

「起きていたのか」


 引き戸を開けると、そこには髪の長い、楚々とした、

 また一方で、やや幸薄そうな女性がいる。


 彼女はベッドの上で上半身を起こしており、


 病衣に身を包んでいる。


 その姿がまた、イメージを加速させる。



 ここは邦央ほうおう大学付属病院の、病棟の一室。



「刑事のころの習慣が抜けないのね」

「まだ刑事だろ」

「まだ、ね」

「……」


 返事に困ったオレは、黙って花瓶の中身を持ってきたものと取り替える。

 我ながら情けないことだ。


「あら、お花?」

「そうだ。分かるのか」

「最近ね、匂いに敏感になってきたんです。そのうち種類まで当てられるようになるわ」


 だが彼女の方は穏やかに微笑んでいる。落ち込んではいなさそうだ。

 表面上は。


「元気そうだな。いいことだ」

「治る分はだいたい治ったんです。あとは包帯が取れるの待ちかしら」

「そうか」


 それに救われる自分が、本当に情けない。


「二階さん、来てくれたのはうれしいけど。こんな朝早くから、無理してません?」

「してないよ」

「そう、ならいいけど」


 オレは取り替えた花を捨てる気になれず、

 なんとなく、持ってきた花の包装ビニールに突っ込んだ。


「でもまぁ仕事があるからな。もう行くよ。また来る」

「ちゃんと休んで、暇なときにね。二階さんには、私の分まで働いてもらわないとですから」

「あぁ」


 去り際、一度振り返ると


 目元を包帯で覆われた彼女は、やはり幸薄そうに笑っていた。






「二階さん、おはようございます!」


 コイツは世界が滅亡する日も幸せそうだな

 なんて笑顔をするのは粟根だ。


 そういえばダンジョン課は殉職や退職が多いのだったか。

 そう考えると、辛気臭い職場に必要な人材なのかもしれない。


「遅刻じゃないけど、今日はいつもより遅かったですね」

「ちょっと寄るところがあってな。これいるか」

「んまっ! お花!? 私に!? 二階さんたら、どこでそんなイケメンムーブを!?」


 瞬間、係長のデスクの方でガタッと音がする。

 聞こえなかったことにしよう。

 粟根も平気な顔で花瓶代わりになるものを探しているし。


「おや? 二階さん、寄ったのって病院ですか?」

「どうして分かる」

「お花から病院の匂いが」

「そんなの分かるのか」

「嫌いなんで、病院」

「あぁ、そう」

「それより、てことは女だ!」

「なっ」


 背後でガタガタガタッと音がする。

 ちゃちいホラー映画の封印が解かれるシーンで見たような気がする。


「男同士のお見舞いでお花が発生することは、そうありませんからね!」


 ガタガタガタガタガタガタッ!

 なんの動きをしてるんだよ。気になるけど振り向く勇気ないよ。

 そして向き合っている粟根には見えているはずなのに、どうして平然としてられるんだ。

 ほら、上総なんて


「そりゃ男は普通に食えるもんとかマンガの方がうれしいっスからね」

「女の子も『じゃが◯こ』の方がうれしいよ?」


 小田嶋に話し掛けて現実逃避しているぞ。


「さぁ言えっ! 恋人か! 恋人なのかっ!?」

「母親母親母親母親」

「やめろ粟根。背後から呪いの言葉が聞こえる」

「ねぇ……病院から持ってきたんだったら捨てない……? 菌とか付いてたら危ないわよ……?」

「大丈夫です! だったら二階さんは職場まで持ってこないと思います! だから行き先は外科!」

「分かった、分かったよ粟根。おまえ捜査一課に向いてるよ。だから今すぐそっちへ出向してくれ、な?」

「なので私が思うに、相手はそこそこの距離感の女性ですね! 食事が制限されない外科で母親だったら、二階さんの性格的に花より栄養あるもの差し入れるはず!」

「クエーッ!!」


 ついに背後で奇声が上がる。

 比喩でもなく封印が解かれる揺れだったらしい。何かが爆誕したようだ。

 その何かが、こちらへ近付いてくる気配がする。


「あーあ、プッツンしちゃった」

「小田嶋。見ているなら助けてくれ」

「お花って急にもらっても困るよねぇ」


 ダメみたいだ。

 今日の殉職者はオレかもしれない。



 ちなみに消化器官の手術なら外科だって食事は管理される。






 結論から言うと命は助かった。

 花を『あなたへ差し上げます』と供物にしたら祟りは収まった。


 その後は1件の救助活動(足を挫いて動けなくなっただけ)を終え、気付けば昼休憩。


「あれ、二階さんお出掛けですか?」

「ちょっとコンビニにメシ買いに行ってくる」

「へぇー、めずらしいっスね」


 刑事は捜査でもなけりゃ、みだりに課を離れるもんじゃない。

 だから出前が多いし、オレだって普段はそうしているが、


「ちょっと買うものがあってな」


 実は昨晩タバコを切らしてしまった。

 行きがけに買ってくればいいと思っていたが、今朝は時間がなかった。

 なので昼飯もどうせなら、散々食った弁当屋以外のものを、と思ったのだ。


「あ、じゃあ私もコンビニ行きたーい!」


 粟根が勢いよく手を挙げる。


「おまえ用事あるのか」

「ないです」

「じゃあ署にいなさい」

「ブー!」


 置いていかれまいと腕に絡みついてくるのに困っていると、


「連れて行ってやれ。あとあとうるさくても困る」

「そんなゴネ得みたいな」


 課長の鶴の一声が下った。






「なぁんだ、タバコですかぁ」


 最寄りのコンビニで買うもの買って。

 粟根はフライドチキンを買って。


「おまえはよく食べるよな」

「健康美ですね!」


 早く署に戻って食おうと自動ドアを出たそのとき、


「ん」


 偏見はよくない。それは分かる。

 が、


 いかにもヤンキーな風体の二人が、駐車場で向き合っている。


 人をまじまじ見るのは失礼だし、見た目が見た目だけにガン飛ばして得はない。

 今は粟根だっている。

 分かってはいるが職務上のクセ。ついつい横目で見ていると、


「!」


 なんと連中、白昼堂々



 粉の入った、小さい遮光袋を取り出した。

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