第13話 因縁

「おそらく池澤は、直接手をくだしてはいない」


 昼すぎ。ダンジョン署に戻ってから。

 オレたち強行犯係は給湯室に集まり、カップ麺を食っている。

 オレのは紙コップ型容器の醤油ラーメン。


「どうしてっスか?」


 隣の上総は丼型容器の豚キムチラーメン。匂いが強い。


「ヤツはDランクだ。ブルードラゴンはCランク帯のモンスター。その素材由来の装備を手に入れるのは容易ではない」

「お値段するけど売ってますよ?」


 めずらしくもっともな質問を挟むのは正面の粟根。

 カレー焼きそばを頬張っている。これも匂いが強烈。


「だが、バックラーをすぐ質に入れるほど金に困ってるヤツには無理だな」

「なるほど」

「おそらく酔わせたうえで、Cランクでも安全なエリアでの薬草採りとかに誘ってだな。危険エリアに誘導か、逆に自分が囮でドラゴンを引っ張るかたちか。そうやって鉢合わせさせたんだろう」

「でもそうなると」


 粟根の隣では日置係長が天ぷら蕎麦をたぐる。


「故意であるかの立証が難しいわ」

「ま、その辺の証拠は本店が調べるんじゃないですか?」


 オレの代わりに答えたのは小田嶋だ。

 ちょうど右から視線が直角に交わるポジションで、油そばを口へ運ぶ。


「どのみち殺人となったら乗り込んできますし。そしたら私たちは聴き込みやらの駒として使われるだけです」

「もう考える仕事は終わりってことっスか」

「事件を捜査のスタートラインに立たせることが、私たちのゴールなんですね」


 粟根が『上手いこと言ったぜ』という顔を向けてくる。絶妙に煽り力がある。


「ま、マラソンのクールダウンと言うには、ハードなのが待っているがな」



 こうした経緯を経てダンジョン課は令状を請求。

 本庁も殺人事件の可能性大と見て、一課が捜査に乗り出し、


 ダンジョン前署に捜査本部が敷かれることとなった。






 本庁の捜査員たちが来る日。

 オレたちダンジョン前署の人間は捜査本部の準備も終了。

 あとはいらっしゃるのを待つだけとなっていた。


 そんなわけで、オレと粟根は自販機コーナーにいる。

 課に行けばコーヒーメーカーがあるので、あまり世話になった記憶がない。特段買いたいものもない。

 粟根はホットスナックのタコ焼きを食べている。


 なんならオレも小田嶋や課長みたいに、屋上で一服したかった。


 それを知ったうえで行かせなかった女が、ホフホフしながらこちらを見ている。


「どうした」

「ほー言えば」


 彼女はタコ焼きを飲み込んでから続ける。


「二階さんって、どうしてウチへ島流しになったんですか?」

「なに?」

「あっ、いやっ! 気に障ったならごめんなさい!


 あの粟根が慌てて手を振る。

 それくらい自分でも驚くような、低い声が出た。申し訳ない。


「ただ、今回の、いえ。二階さん、いつもすごいから。ガッツと行動力があって、今回は頭も冴えてましたし」

「照れるな」

「強行犯係のみんなも、『二階さんは愉快でいい人だ』って言ってます。人望ありますよ?」

「口の軽いおまえからでなけりゃ、オレは恥ずかしくて死んでいるよ」

「もうっ!」


 ジョークで混ぜっ返すと、粟根は結構本気で頬を膨らませた。

 それだけ真面目に話してくれてはいるのだろう。

 それも束の間、彼女は口から空気を抜くと、窺うような視線を向けてくる。


「だから、分からないんです。二階さんが左遷される理由が。でも、興味本位で聞くことじゃないですよね。すいません」

「いや、いいんだよ」


 社交辞令や気休めではない。本気でそう思っている。

 が、その裏で、






『二階さんっ!』


『所詮所轄なんて』


『神野っ!!』




『二階さん……そこにいるの……?』






「二階さん?」

「あっ、いや」

「あの、本当に」

「いや、本当になんでもないんだ」


 今でもその場にいるかのように浮かぶ光景を、頭を振って追い出す。


「なんで左遷されたか、だったな。答えは単純だ。警視監けいしかんの息子を殴ってしまったんだ」

「えっ、警視監って、めちゃくちゃ上の官僚ですよね!?」

「そうそう」

「それを二階さんが!? なんで殴ったんですか!? 分かるような分からないような」

「分かるな」


 努めて軽いノリで軟着陸しようとしたそのとき、



「おや? 二階さんではないですか」



 明らかに嘲笑、悪意ある響きの声がした。

 そちらを振り返ると、そこには



「神野……」

「ご無沙汰しています、二階さん」



 まさにオレが殴った男、神野たもつが立っていた。


 数人、一課の捜査員を引き連れている。

 ヤツはコツコツ革靴の音を立ててこちらへ近寄り、


「いやぁ、元気そうで安心しました」

「おまえもな」


「大好きな所轄に飛ばされて、調子がいいと見えますね」


 握手をしつつ、ニヤリと笑う。


「そうかもな」


 オレが無感情に返すと、少し気に入らなかったらしい。


「でも覚悟しておいてください? その余裕が消し飛ぶまで、私が使差し上げますから」


 煽りのボルテージを上げる。


「勘違いしてはいけない。所轄なんかに飛ばされるのは、結局その程度の『惜しくない人材』だからです」

「なんですって!?」


 引っ掛かったのは粟根だった。


「あなたたちだって、二階さんが調べなきゃ今回の事件気付かなかったくせに! 所轄がいなきゃ、地域のもんじゃ屋さんの数も分からないくせに! バカにして!」

「粟根!」


 前に出ようとする彼女を抑える。小柄でも暴れると一苦労だ。

 それもそうだが、


「神野」

「なんでしょう」


 オレ一人がバカにされるのなら耐えれば済む。

 だが、同僚が傷付くなら話は別だ。


「警察は『市民を守る』存在だ。その正義の心が1ミリでもあるなら。今みたいな愚かで恥知らずな言動はとれないはずだ」

「……なんですって?」


 神野の右拳が堅く握られ、右肩がいかったその瞬間、



「どーもー、ご無沙汰してまーすー、小田嶋ですー」



「わっ」


 連中の後ろから、ぬっと小田嶋が現れた。


「あなたは……」

「はぁい。中原確保のとき。みなさんが巨大トラに食べられそうになったとき。ご一緒させていただいた小田嶋です」


 男に背丈で負けていないというだけで威圧感ある彼女。

 その細まった目がヌラリと半開きになる。



「殴り合い祭りですか? ご一緒、しましょうか?」



「あ、いや」


 捜査一課もあの件で、小田嶋の戦闘能力を思い知ったのだろう。

 居心地悪そうに視線を外すと、


「みなさん、捜査会議の時間です! 行きましょうか!」


 すごすごと立ち去っていった。

 その背中と入れ替わりに、小田嶋がこちらへ来る。


「なーんか、危ないところだったね?」

「正直助かったよ」


 二人してハハハと笑っていると、


「さっき、『どうして殴ったんですか』って聞きましたけど」


 粟根がポツリと呟く。


「言わなくていいや。なんとなく分かっちゃいました」


 すると、オレを挟んで立つ小田嶋も頷く。


「私も途中から聞いてましたけど。うん。優しいのね」


 そんなふうに言われては、オレもなんだか言葉に困る。


「……そんなんじゃない」


 苦し紛れの言葉を吐くと、


「二階さんベリーグッド〜!」

「頭を撫でるな!」

「二階さん優しいから、もんじゃ奢ってくれたらポイント爆増しちゃうな〜♡」

「絡みつくな!」


 左右から制裁を受ける羽目になった。


 しかし、神野が

『大好きな所轄に飛ばされて調子がいい』

 などと煽ってきたが。



 たしかにここは、仲間に恵まれた職場ではあるよ。



 正直そう思うのだった。

 相変わらず命は危険だが。



「割り勘だからな! 割り勘!」

「ケチ〜! ポイント激減!」

「ノットグッドです」

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