第12話 これぞ刑事の仕事

 あれから数日調べてまわると、なかなか情報が出てきた。


 粟根の『酔って変な判断をした』と小田嶋の『そう見えるよう仕向けた』

 行方不明のバックラー。


 この2つの取っ掛かりは、思った以上に鍵を握っていたのだ。






「防犯カメラの映像ですか?」

「はい。亡くなった角谷さんの姿を確認したくて。よろしいですか?」


 まず最初に訪れたのはダンジョンの受付。

 中原のときにもお世話になった常田女史のところ。


「大丈夫です! こちらへどうぞ!」


 彼女はオレと上総を受付へ招き入れると、先にバックヤードへ小走りで向かう。


 常田さんは今日みたいに早朝から押し掛けても笑顔で対応してくれる。

 夜分遅くにお邪魔しても笑顔で対応してくれる。

 毎日笑顔で対応してくれる。


 ……毎日いつ行ってもいる。

 目ぇバッキバキのガンギマリな笑顔で対応してくれる。


「なぁ上総。オレが来るまえからここは彼女が……」

「オレが知るかぎりは、24時間常田さんっス」

「えぇ……」


 オレたちに負けない弩級のブラック労働なのではないだろうか。

 いちいち言葉尻に『!』が付くしゃべり方。

 あれも警察相手に緊張しているのではなく、ラリっているのかもしれない。


 ちなみにダンジョン課内では


 上総の『受付に住んでる』説

 小田嶋の『実は双子でシフトに入ってる』説

 粟根の『“常”田だから常にいても平気』説


 があるらしい。

 少なくとも、最後の説の支持者が増えることはないだろう。


「えーと、角谷さんが訪れた時間だと、この辺ですね!」

「覚えてらっしゃるんですか」

「夜遅くだったんで印象に残ってまして」


 ライセンスカードを確認するとはいえ、すごいことだ。

 自分で報告した遺体の装備も覚えていなかった粟根には無理だろう。

 彼女はパソコンをササッと操作し、すぐに映像を再生する。


「お、角谷だ」


 右下に出た時刻は22時42分。

 常田さんはこんな時間まで働かされているのか、というのはさておき。

 死亡推定時刻は0時半から1時半のあいだらしい。

 ちょうどの頃合いだ。


「上総、よく見ろ」

「あ!」

「あぁ、



 バックラーを持っている」



「てこたぁ!」

「そうだ。やはり持ち去った人間がいる。物拾いが趣味の原生生物でもいないかぎりはな」


 予想どおりであり、第一関門はクリアだ。


「常田さん、この映像お借りしても?」

「と思って、USBにコピー中です!」

「ありがとうございます」


 やはり粟根よりは有能なのではなかろうか。






 が、世の中『ナントカと鋏は使いよう』と言うもので。

 翌日、


「二階さん二階さん! 出ましたよ、第三者!」


 相変わらず内勤のくせに外を飛び回っている粟根が駆け込んできた。


「本当か!」

「角谷はダンジョンに入る2時間ほどまえ、『五郎左ごろざ』で友人と飲んでたそうです!」


 熱烈もんじゃガールだけのことはある。

 もんじゃ屋ひしめく界隈では、ちょっと顔の広い存在らしい。

 よって限定的な範囲において、優秀な速度と正確性の聞き込みができるようだ。


「名字は池澤いけざわ! 年齢は角谷と同じくらい、茶髪のソフトモヒカンで金のフープピアス! 会話内容からしてダンジョン探索者!」

「でかした!」

「あと角谷行き付けの『ひょっとこ』店主によるとですね。『彼はそう多くの恨みを買うようなタイプではない』とのことです」

「それに関しては個人の感想の域を出ないけども。でも二階くん、そうなるとやっぱり」


「えぇ、池澤という男が何かを知っている可能性は大いにあります」


 これは大きな手掛かりかもしれない。

 またウマいことに、ダンジョン探索者はライセンス制。

 池澤も情報が登録されているはずであり、見つけ出すのは容易だろう。


「上総! 受付に行くぞ!」

「はいっ!」






「池澤、ですか」

「はい、下の名前は分からないんですが」

「確か、角谷さんが亡くなられた日に来てたと思います!」

「本当ですか!?」

「少々お待ちくださーい!」


 ダンジョン受付のバックヤード。

 やはりいた常田さんは我々を迎え入れ、パソコンで検索をかける。


「出ました! 池澤けん、28歳。Dランク探索者!」

「おぉ」


 画面に映っている写真は、証明写真ゆえか茶髪ソフトモヒカンではない。

 が、


「角谷と同年代で探索者! 『五郎左』の大将の証言と一致します!」

「うむ。常田さん、もう一度防犯カメラの映像を見せてもらえませんか?」

「はいはい。角谷さんが来たところでよろしいですか?」

「はい」


 画面が動き、生前の角谷が現れる。

 まさか彼も、人生最後の記録がこれになるとは思わなかっただろう。


「池澤が来たのはこの前後だったりしませんか?」

「そうですよ? 大体、20分後くらい?」

「そこまで進めてもらえますか」

「分かりました!」


 早送りで時間は飛ばされ、表示された映像に映っているのは、


「二階さん、コイツ」

「あぁ、画質は悪いが」



「茶髪の、ソフトモヒカン」



「進めてください」

「はい!」


 そのままどんどん進めていくと、


「二階さん!」

「止めてください!」

「はい!」


 ダンジョンから帰ってきた人の姿が。

 時刻は3時4分。

 その人物は、



「池澤だ!」



「コイツ、角谷より後に入って、一人で出てきましたよ!」

「そりゃ角谷は出てこないからな。それより」

「バックラー、は持ってなさそうっスね」

「いや、よく見ろ。コイツの背負っているリュックサック。角谷が持ってたやつくらいなら入る可能性はあるぞ」

「じゃあ!」

「いや。まだ場合によっては、ダンジョン内で角谷が落としただけの可能性もある」


 現状、リーチではあるが上がってはいない。

 あとは裏付ける決めの一手を……



 ちなみに映っている受付係はずっと常田さんだった。

 いつ寝てるんだ。

 この界隈怖い人多すぎる。






 そのまた翌日の昼まえ。

 外に出てバックラーの行方を捜査していたところに携帯が鳴る。


 表示されたコールは『小田嶋巡査部長』


「もしもし」

『もしもし二階さ〜ん』

「おう。どうした」

『例のバックラー。ここ数日ダンジョン内を探しても見つかりませんでした。が!』

「うむ」

明石町あかしちょうにある探索者御用達の質屋で発見しました』

「! そうか!」

『店主によると、つい先日入れられたそうで』

「それで!?」



『客の名前は、池澤剣』



「決まりだ! 小田嶋! その盾借りて調べろ! 角谷の指紋でも出ればほぼ決まりだ!」

『はーい』


 通話を終了すると、今度は上総の方へ振り返る。


「今すぐ署に戻って課長に報告するぞ! 十中八九殺人事件だ!」

「ひえっ!?」


 常田さんが体の前で両腕をクロスさせる謎リアクション。

 つい勢いで言ってしまったが、一般市民の前で気を付けるべきだったか。


「常田さん、ご協力ありがとうございました。ほら、上総。行くぞ」

「あっ、はい」


 ここまで捜査に協力して薄々気付いてはいただろうが。

 明言されるとやはりするらしい。

 謎ポーズのまま呆然と固まる彼女を残し、我々はと退散するのだった。


 受付を出て一度振り返り、常田さんがバックヤードから出てこないのを確認すると


「二階さん、オレ、見ちゃいました……」


 上総は真っ青な顔で、ポツリと呟く。


「何をだ。手掛かりか。幽霊か」


「あのバックヤード、仮眠ベッドと大量のカップ麺の空き容器がありました……。やっぱり住んでます……」


「どうでもいいわ」

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