第11話 ダンジョンの素人 しかし捜査のプロ

 3人でとデスクに詰め寄っていると、


「二階さーん」


 小田嶋が書類片手に寄ってきた。


「どうした」

「本店から司法解剖の結果が返ってきました」

「ほう。どうだって?」

「まぁ事故だろうって」

「事故……」


 彼女は書類をパラパラとめくる。


「傷がブルードラゴンに襲われたものとほぼ一致したこと。脇腹もゾンビハイエナのものと断定できること。あと何より」

「何より?」

「遺体から大量のアルコールが検出されました。酔ってダンジョンとつって、ってところだろう、と」

「そうか」


 事故、か……。



 本当にそうだろうか?



「なんだ、事故か」


 課長が興味をなくす横で、


「で、二階くんがさっき何か言いかけてたのはなんなの?」


 係長が改めて聞いてくる。


 そう、オレにはあるのだ。

 わずかな引っ掛かりが。


 それを明らかにするには、


「小田嶋」

「はぁい」


「今夜ちょっと、付き合ってくれないか」


 瞬間、

 ダンジョン課内が水を打ったように静まり返る。

 獅子おどしから蛙飛び込む水の音まで鮮明に聞こえそうな。


 直後、大事件かのようにみんな騒ぎ始める。


「うおおおおお! 二階さんが行ったあああああ!!」

「やるな二階。男を見せろよ」

「いや、そういうのじゃなくて」

「ダメダメダメダメダメですよ二階さん! 私、認めませんからね! お母さん許しませんからね!」

「粟根は小田嶋より年下だろうが」

「どうしてもって言うなら、私も一緒に連れてって! ごはん!」

「やっぱりそれが目的か!」

「チッ、なんで小田嶋さんを誘うのよ。やっぱり男はみんな若い娘かよ、クソがよ」

「係長は20歳だったのでは?」


 なぜこうなる!

 昨日ももんじゃ屋へ飲みに行き、何もなかった関係だぞ!?

 それが晩飯誘ったくらいで、中学生かコイツら!


「やめろー! オレをからかうのはいいが、小田嶋の迷惑を考えろ!」

「いやん♡」

「おまえは状況を煽るんじゃない!」


 怪力女が長身をクネクネさせると、より危機を感じる。

 その隣、おそらく今日本で一番危険なポジションに立つ粟根は目が座っている。


「じゃあ二階さん。一体全体、どういう目的で夏菜奈さんを食事に誘うので?」

「おまえ過去いち怖いぞ」

「答えて」

「えー、小田嶋としかできん話をするんだ」



「正体現したね!!」

「上総巡査長! 二階くんを拘束しなさいっ!」

「ええっ!?」

「聴取室なら今空いてるぞ」

「担ぎ込めーっ!」

「私が聴取します! オトナのオンナのよさを分からせてやる! 『オンナは30から』ってイチローも言ってたのよ!!」

「やめろぉ! 真剣な話なんだ!」

「真剣!? これはまさか懐にダイヤモンド輝くリングが!? そんな金がありながら、私には昼飯サイ◯リヤを!?」

「サイ◯で3,100円食ったら上等だろ!」

「100円まで覚えてる! こまかっ!」

「そんなっ! 二階さん……! 私たち、酔っ払いまんじゅう泥棒の聴取を代わってもらった仲なのに……!」

「ほら定時だぞ水崎さん! 帰ったらどうだ!?」

「お疲れさまでーす。みなさん今日もグッドでした〜」

「小田嶋は帰るなあああ!!」






「で、話ってなんですか?」


 あれから小一時間、たっぷり三十路オンナ礼賛らいさんをさせられたあと。

 ようやくオレは小田嶋ともんじゃ屋にいた。


『通称「新宿連続婦女暴行爆弾魔事件」ですが、かつら剛達たけたつ容疑者は依然逃走を続けており……』

「飲みに来た先のテレビで仕事の話流れてるの嫌だなぁ」

「何言ってるの。私たち遊びに来たんじゃないのよ」

「……」

「どうしたんスか、二階さん」

「あぁいや、なんでもない」


 係長と粟根同伴で。

 一応男側の弁護人として上総もいる。なんの弁護だ。


「あぁ、それなんだがな」


 オレが懐に手を入れると、係長が鬼の眼光を向けてくる。

 鉄板でじゅうじゅう言っているもんじゃや焼きそばより煮えていそうだ。


「Sランク探索者のおまえに、所見を聞きたい」

「はい?」


 取り出すのは今朝の現場、遺体の写真。


「うげっ。食事中になんちゅうもん出すんですか」

「勝手に来といて何言ってるんだ。あと今日はもう奢らないからな」

「なんですと!?」

「それより小田嶋、どう思う?」


 対面の彼女はホルモン焼きそばを取り皿に取りつつ、むむむと写真を見る。

 できれば受け取ってほしかった。突き出すオレの腕が湯気で燻製になってしまう。


「傷は司法解剖の見立てで問題ないと思いますけど?」

「傷じゃない。装備だ」

「装備。あー」


 話に付いていけず気になったのだろう。

 現場に来ていなかった上総も写真を覗く。


「たしかに」

「オレはダンジョン素人だが。それでもここ最近、身をもって体験した肌感覚はある」

「何がですかぁ?」


 さっきまで拒否反応を示していた粟根も首を伸ばす。


「粟根、おまえが報告したんだ。覚えているだろう」

「……」

「粟根?」

「えーと、ダガーと鎖帷子ですよね?」


 明らかに写真を見ながら読み上げているが、まぁよしとしよう。


「おかしいと思わないか?」

「んー?」

「あー!」

「たしかに!」


 上総はポンと手を打ち、係長は口元に手をやる。

 粟根はどう見てもピンと来ていない。

 しかし答えたのは



「軽装すぎる」



 小田嶋だった。


「そっかそっかそっか!」


 その言葉で、彼女もようやく要領を得たらしい。


「リーチのねぇ短剣に身軽な分防御の低い鎧。何より盾がねぇ」

「少なくとも、こんな爪痕を残すドラゴンが出る領域に立ち入る格好じゃないわね」


 上総や係長と目を合わせてくるので、オレも軽く頷く。


「この探索者が身軽なスタイルを好むかは知りませんが。より下の階層でも、毒ガエルからバケイノシシまで出るダンジョンです。せめてバックラーくらいは欲しいのではないでしょうか」

「安全区域で薬草しか採らない人でも、基本は盾持ってくね」

「そうだ。盾を抜きにしても、『大型モンスターと戦闘にならない前提』の装備に見えるんだ」


 Sランクさまから探索者目線のお墨付きももらったところで、


「酔って気が大きくなってたんですかね」


 粟根がビールを飲みつつ、身も蓋もないことを言い出す。

 まぁコイツは真面目な話の戦力にはならんので、酔っていてもかまわんが。


「その可能性は大いにある。極論『酔って変な判断をした』で全てが片付きはする。が」



「『そういう方向に仕向けた人』『あるはずの盾をどこかにやった人』がいる可能性もありますねぇ」



 小田嶋が少し低い声でオレを見る。

 賛同はうれしいが、


「係長。オレはこの件に付いて、もう少し調べてみようと思います」

「いいわよ、がんばって。でも」

「なんでしょう」


「そんなに緊張するヤマじゃないと思うわよ? 顔真っ青」


 あんまり見つめないでくれ小田嶋。やっぱり怖い。

 いつもより少し薄目が開いてたし。

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