悲しい過去があれば許される

ちびまるフォイ

悲しい過去による悲しい現実

「なんで二人ここに呼ばれたかわかるか?」


「先生のお気に入りだからですか?」


「ちがう。お前ら二人が赤点だったからだ」


「あはは……」

「ぐすっ、ぐすっ」


「しかし……。佐藤。お前だけは許してやる。

 お前は家に寝たきりの家族がいて、

 毎日看病で忙しいんだものな」


「いいえ先生! でも私……」


「いいんだ。お前は許してやる」


「ちょっと! 同じ赤点なのに

 なんであっちだけ優遇するんですか!

 これってえこひいきですよ!」


「お前には何も事情がないだろうが」


「事情があっても評価は同じにすべきでしょう!?」


「うるせぇ! お前自分も帰りたいだけだろ!」


「そりゃそうですとも!」


この後は時代錯誤の昭和パンチを食らった。

居残りで勉強させられたあげく学校を出たのは暗くなってから。


「はあ……なんて人生不平等なんだ。

 どんな事情があろうが同じはずなのに」


ふと、視界の端に見慣れない棚があることに気づいた。

『悲しい過去の無人販売所』と書かれている。


「なんじゃこら」


空っぽのビンがフタをして並んでいる。

説明書きにはこう書かれている。


「ビンを開ければ悲しい過去があなたのものに……。

 どういうことだ?」


近くの料金ボックスにお金を入れてビンを1つ購入。

フタを開けてみると、過去いじめを受けて友達を失った悲しい過去を得た。


「す、すごい……リアルに記憶として悲しい過去がわかる……」


きちんと過去として整合性が取れる悲しい出来事。

それがこんな短時間で手に入ることになった。


寮に帰ると案の定、門限を超えたことを叱られた。

そこでさっそく覚えたての悲しい過去を使うことになる。


「実は……友達がいじめられていて……。

 それをかばった結果、今度は自分が標的となって

 友達も自分をいじめるようになった経緯があるんです」


「な、なんて悲しい過去なの……!!!」


「いいえ、こんなのは言い訳にしかならない……」


「そんなことないわ! 悲しい過去を話してくれてありがとう!

 門限なんかどうでもいいわ! さあ、中に入って!!」


「やったーー!」


悲しい過去とはなんて便利なものなのだろうか。

水戸黄門も印籠の効果がかげったら、悲しい過去を持ち出すかもしれない。


ただ、同じ人に使える悲しい過去は1つまで。


毎回言い訳に「過去にいじめをされていて」などと話せば鮮度が落ちる。

またその話かよ、と思われてしまっては悲しい過去の効果が出ない。


同じ人には別の悲しい過去を提供し続けなければならない。


それからというものあの無人販売所には毎日通った。

新しい悲しい過去が入るたびに買い占めていく。


悲しい過去が大量にあると人生の難易度も一気にイージーモードになった。


「妹の病気が……」

「家を焼かれて……」

「生まれつき体が弱くて……」


「ああ、なんてかわいそうなんだ!! 許す!!」


「ありがとうございます!!!」


すっかり人生をナメに舐めきって味もしなくなったころ。

しだいに自分と同じような人が増え始めた。


それはバイトの遅刻を悲しい過去で乗り切ろうとしたときだった。


「実は両親が危篤状態で……」


「なんだと? バイトの〇〇も同じことを言っていたぞ」


「偶然の一致ですよ、あは、ははは」


「どっちか嘘を言ってない?」

「嘘じゃないですよ!!」


悲しい過去の競合が起きてしまった。


過去でのつじつま合わせも完璧であるはずが、

同じ悲しい事情を話してしまうと片方がうそっぽくなる。


そしてそれは、後続で話したほうが疑われる。


「俺は本当なんですって!!

 あっちこそ嘘でしょう!?」


ゴミ箱に悲しい過去の空き瓶を見つけてしまった。

自分を含めふたりとも嘘をついているのも悟ってしまった。

それでも言い訳せずにはいられない。


悲しい過去を使い始めてからというもの、

自分への必死の弁解や罪逃れが板についている。


「しかし、そうそう危篤フィーバーするかなぁ」


「しますよ! 高齢化社会なめないでください!」


「まあ、嘘でもホントでももういいや。

 とにかく遅刻したぶんは給料から引いとくから」


「悲しい事情があったのに!?」


悲しい過去の競合が起きると効果がなくなってしまう。

これは誤算だった。


今や悲しい過去はワゴンセールされて、

契約さえすればサブスクで定期的に悲しい過去が送られてくる。

雑誌によっては付録で付属するかもあるらしい。


誰もが悲しい過去を持っている今。

誰にもかぶらない悲しい過去じゃないと効果はない。


「うう……みんな悲しい過去を使いやがって……」


家にある悲しい過去ストックはどうすればいいのか。

あれを使ったところですでに効果はない。

見慣れた悲しい過去にしかならないだろう。


使うに余りある悲しい過去たちを眺めながら途方にくれていた。


「はあ……これどうしよう……」


さながら在庫を抱えた転売業者のようなひとりごと。

それでも追い詰められたときに人間の脳は活性化する。


「そうだ。悲しい過去をミックスさせれば

 絶対にカブらない悲しい過去になるんじゃないか」


空き瓶のフタを開けて悲しい過去を混ぜ合わせる。

混ざったビンの中身はちょっと悲しく黒ずんだ。


「これは……! かなり重い悲しい過去になったんじゃないか」


しかし、この過去ミックスも誰かが思いついているかもしれない。

ドリンクサーバーでジュース混ぜる中学生もいるくらいだ。

悲しい過去ミックスだってあり得る。


「ならもっと、誰にも被らないほどに混ぜてやる!!」


家にある悲しい過去をとにかく全部混ぜまくった。

ビンの中は過去が混ざり合い真っ黒になる。


これだけ重い過去になったなら、

たとえどんな罪をとがめられたとしても許されてしまうだろう。


思い切りビンのフタを開けた。


「はは……ははは。なんて悲しい過去だ。

 これなら俺はもう無敵だ!!」


あらゆるルールから解き放たれた気がした。

自分には悲しい過去が守ってくれる。


深夜にかかわらず喜びのあまり外に出ると、

運悪く近所を見回っていた警官と鉢合わせしてしまった。


しかし悲しい過去を持つ自分は無敵だ。


「君、こんな夜遅くに何をしているんだ」


「ちょっと散歩ですよ」


「未成年の深夜の出歩きは禁止されている。

 ちょっと交番まで来なさい」


「いいんですかな? そんなことを言って」


「なに?」


「僕には悲しい過去があるんですよ……!!」


ついに悲しい過去を話す時が来た。

誰とも被らない唯一無二で激重の悲しい過去が!


「僕は生まれつき体が弱いから体の五臓六腑を抜かれ

 あげくに両親から虐待を受けて育った。

 やがてヤクザに両親、友達、恋人を殺されたうえ

 その罪を自分になすりつけられてしまった。

 やっと見つけた場所も新興宗教団体で風当たりは強く

 壮絶ないじめを受けた末に神として祭り上げられ

 今は忍者として望まぬ叩かに身を置いているんですよ!!!」


警官はあっけに取られていた。

無理もない。

あまりにカロリー過多な悲しい過去だろう。


そのうち涙を流して罪を見逃してくれるに違いない。


警官は悲しい過去をひとしきり消化してから言いのけた。



「うん、なんか共感できないから、どうでもいいや」



その後、交番でみっちり詰められてめっちゃ泣いた。

間違いなく一番悲しい過去だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲しい過去があれば許される ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ