第二話 みえるということ ②

 春の朝、窓の外でウグイスがまだ上手に鳴けないようで、ケキョケキョと練習に励んでいる鳴き声が聞こえる。

 布団の中で春の穏やかな空気を楽しみつつ、ぐうたらな朝を過ごしていた静。巴と同じ部屋だが、彼女の布団はたたまれ、隅に置かれていた。

 この春の微睡みを味わないなんて勿体無いことをするなと子どもの静は思った。

「しずかー!」

 巴の声だ。

「おばあちゃん、きとるよー!」

 ふわふわと微睡んでいた空気の中にいたのに、元気な巴の声で吹き飛んでしまった。

 のそのそと布団から顔を出すと、部屋の戸から巴も半分顔を出している。

 以心伝心すぎる。

「おきぃや」

「はい」

 巴のあのじとーと見つめてくる目が苦手だ。

 パジャマのままで居間に行くと母と祖母がコーヒーを飲んでいた。

 今は黒いのは見えていない。

 あの黒いのは何だったんだろうか。

 祖母に何かあるのだろうか。

「おはよう静、お義母さんが入学祝いのリュック買いに行こかって」

「おはよう、しぃちゃん。お寝坊さんやね。春は寝たくなるよねぇ。じぃちゃんは畑に置いてきたで、あの人おるとゆっくり買いもんもできひん」

 祖母はやれやれと顔を横に振り、

「ばぁちゃんといこかー」

 すんごく楽しみにしていたという顔で静を見ている。そういえば、源の時もそうだったなと思い出した。

 制服や体操着などは母と準備をしていたが、リュックはどうするんだろうと思っていたところだった。

「行く!」

 手早く顔を洗い、歯を磨く。

 寝癖はそんなについていないから手ぐしで整える。

 服はどうしようか。スカートという物があまり好きではない。あんなひらひらで風が吹けばめくれ上がる。

 防御力が足りない。

 祖母はゆっくりでいいよーと居間の方からのんびりした声で言ってくれたが、なんだか待たせるのは悪い。

 適当にボーダーのTシャツに淡いグレーのパーカー、それにデニムを合わせる。

 居間では何やら祖母と母の会話が盛り上がっている。 

 この前見たお昼のテレビで嫁姑問題の特集を見たばかりだ。

 この家には存在しないのかもしれない。


 祖母の運転で家から四十分ほどの所にある隣町のショッピングセンターにやってきた。

 ここは大きな平屋のような作りの商業施設で、駐車場の規模も大きい。

 商業施設の中には服屋、雑貨屋、本屋など生活に欠かせない日用品も品揃えも良い。映画館もある。

 田舎特有なのか農作業用品、肥料も多い。

 軍手やゴム手袋が山盛りに積まれていた。

 併設された建物にはフードコートだけ入っていて、その特徴は海が目の前に広がっている。

 店内に入ると所々に桜の枝の造花が飾り付けされており、春なんですよと目に訴えてくる。店側からの煽り文句も、

『新生活応援フェア!』

『新生活応援キャンペーン中!』などのポスターやノボリが目立つ。春らしいパステルカラーで統一されていた。

 祖母とカバン売り場へと行く最中、

「しぃちゃんは何色がええ?特に指定はなかったやんね」

「うん、華美にならないようにってプリントに書いてあったわ」

「華美ってどんなもんのことやろなー、キラキラついとるやつやろか」

 ケラケラ笑う祖母を見ながら、確かにそうだと思った。制服は黒セーラーでリボンは白。靴下も白。靴も華美でなければと書いていた。

 源たちの同級生のリュックを見たことがある。結構みんな色とりどりでカラフルだった。

 何か買い物へ行って決めるのが静は苦手だった。優柔不断すぎるせいである。

 リュックを見ているとデザインはこっちがいいが、色味はこっちと決めれなくなってしまう。

 青と黒のリュックか、黒に紫のラインが入ったリュックか。

 それとも機能を優先して黒だけのか。

 こうして、迷っていると一緒に来ている人の事を考えてしまう。

 待たせてしまっている。

 そう思うと焦ってしまい、汗がだらだら流れる。

「背負ってみたら?背負ったら感覚がわかるし、イメージわくかもしれんよ」

 物は試せと祖母がリュックを渡してくれる。売り場の近くの鏡に映る自分を見た。

 三つとも背負ってみたが、背中にフィットしないし、なんだか自分にはしっくりこなかった。

 他には何かないかなーと陳列されているフックで掛けられているリュックたちを見る。

「おばあちゃん、これって青?紺色?」

 目を引いたのは、一見すると黒の機能性が良いリュックでファスナーの引き手は合皮だろうか、茶色い雫の形をしたものがついていた。

 自分の前に見ていた人がいるのだろう。

 ファスナーが空いており、中地が見えていた。中地の色は青より濃い色だ。

「うーん、藍色って気がするわ」

 藍色っていうんだ。きれい。

「おばあちゃん、これにする!かまん?」

 祖母はにっこり笑って、

「うんうん、これにしよ!」


 祖母は映画、テレビが大好きだ。

 子育てと農業を忙しいなか両立し、還暦を迎え、やっと見つけた趣味だと言う。

 その中でもファンタジーやミステリーが好みである。ホラー系はあまり好まず、理由を聞いたことがあった。

「生きとる人間の方が怖いんよ。そのうち、みんなあの世行くからええ」

 でも、ゾンビ映画は観るらしい。

 この買い物のもう一つの目的。

 祖母も静も好きなファンタジー映画の続編が上映中なのだ。車の中で祖母が上演スケジュールを調べてきたと言っていた。

 上演時間は十三時四十分からだ。

「まだ十一時だけど、お昼ご飯たべよか。混んでくるまでに。しぃちゃん、お腹すいとる?」

「いける、何にする?」

「ハンバーガーにせぇへん?」

 いたずらっ子のような顔をして、ハンバーガー店のチラシから切り取られたクーポンをカバンから取り出した。

 祖母の楽しみの一つであるジャンクフード。 

 家では和食メインで作るため、外では違うものが食べたいものだ。

 店に行き、お互いに好きな物を頼む。

 静はテリヤキバーガー、祖母はチーズたっぷりのハンバーガーだ。それに揚げたてほやほやのポテトは塩がきいていて、手が止まらない。

 ポテト、ハンバーガーといえば、炭酸ジュースが欠かせない。

 塩味の口の中に、炭酸のシュワシュワが弾け飛んでいく。さっぱりとした気分になる。

「やっぱりハンバーガーはええねー」

 祖母もぶどう味の炭酸ジュースをストローで味わいながらしみじみと言う。

 窓の外には太平洋に面した海が広がっており、陽の光を浴びてキラキラと輝く。

 海岸沿いには公園がある。

 小さな公園だが、ハイキングコースがあるようで春の陽気に誘われてか、歩く人もいるようだ。

「綺麗やねぇ」

 ゆっくり呟いた祖母の声。穏やかで心地よい。


 映画は最高だった。

 魔法使いが活躍する映画で前作よりも続編のほうが好きかもしれない。

 魔法使いには学校がある。魔力の使い方、応用、魔法の知識を教えてくれる。どうすれば魔法使いとして立派に生きていくのかを教えられる。

 現実の世界と一緒で魔法界の一般常識、タブーもある。タブーを犯せば駄目なことをしっかりと教えられていた。

 この世には善人悪人がいるように、良い魔法使いもいれば、悪い魔法使いもいる。

 ただ、正義の反対が違う正義のように志や思想の違う魔法使い達というだけだ。その悪い魔法使いから狙われた特別な魔力を持った生徒を命懸けで守る学友、教師陣。

 教師陣がこりゃ、またかっこよかった。

 その生徒は守られながらも、力を死守。その力を使いこなし、強くなってみせると宣言、エンディングとなった。

 不思議な力を公にできる世界観も、使えて当然という常識も、フィクションだからできることである。

 私なら、普通の目になれるなら、すぐにでもあげるのに。そう観ながら思った。

 幽霊が視えると言うだけで嘘つきといわれ、気味が悪いと遠ざけるか、ネタにされる。

 本当に視える人は、たぶん、人前では言わないんだろうな。

 映画館の隣にはゲームセンターがある。映画の半券で一回に無料になる特典付きだ。祖母と静の二人分。適当にUFOキャッチャーをそれに費やしたが全然だめで二人で大笑いしながら車に乗り込んだ。

「やっぱり普段せんゲームはあかんわ」

「上手になる前にお小遣いなくなってまうよ」

 二人でケラケラ笑いながら、シートベルトをつける。

 車の時計は十六時三十分。

 家につく頃は十七時は少し過ぎている頃合いになるだろう。きっと黒いのとご対面が待っている。

 車の中では映画の話で持ちきりだ。どの先生に習いたいなどから始まり、俳優さんの泣きのシーンには心の打たれたなど。

 感想大会が開催されている。

 キーンコーンカーンコーン

 あと少しで家という所で防災無線から五時のチャイムが、車の外で鳴っている。

 祖母の方を見れない。

 流れていく外の風景を見ながら、

「おじいちゃんのご飯は、ちこおばちゃんがつくるん?」

 ちこおばちゃんとは父の兄、修の奥さんで、本名は真千子である。料理が得意で、泊まりに行ったときはいつもご馳走になっている。

 ちなみに修はさむおっちゃんと静たち兄妹はそう呼んでいる。

「そうなんよ、ちこちゃんにはいつも感謝やわ。あんなできた人が私の息子の奥さんなんて勿体無いわ」

 もちろん、しぃちゃんのお母ちゃんもええ人よと笑う。祖母はよく笑う人だ。

 祖母曰く、一日泣いても笑っても過ぎていくんやから楽しく笑っていたいと。

 祖父から祖母の小さい頃の話を少し聞いたことがあった。

 とても苦労したそうだ。そんな経験をしているからか祖母は笑い、周りの人を助け、優しく接してくれているんだ。

 そう思うと胸がきゅっと掴まれたような、何と言ったらいいかわからない感情になった。

「おうち、着いたで。しぃちゃん、また買いもんいこな」

 ピーピーという音をさせながら、バック駐車で静の家の玄関前に乗り付ける。

 シートベルトを祖母が外した。

 ドアを開けて、外に出ようとする祖母の背中を横目で見た。

「っ!」

 祖母の背中から黒いどろどろした大きな手が静の顔を掴むように迫っていた。

 早い、避けられない。

 掴まれた瞬間、頭が割れるような痛みが走った。

 脳内ではしゃんしゃんと金属がぶつかり合う音が鳴り響く。波のように寄せては返す振動が脳内を揺らす。

 今までも赤いモノを触った時も頭痛があった。

 しかし、その比ではない。

 鎌や鋸に頭が削ぎとられるような痛みだ。

 胃からせり上がってくるのを精一杯口で抑える。頭が痛すぎると吐き気を催すのを初めて知った。

「しぃちゃん!?どうしたん?」

 なかなか車から降りてこない静を覗き見るように運転席から祖母が見ていた。

 すぐに助手席側に周り、ドアを開けて、

「車に酔った?ごめんなぁ、運転荒かったなぁ」

 背中を擦ってくれたが、祖母の背中から伸びている黒いどろどろした手も、揶揄うように顔を揺らす。

 祖母のせいじゃない。コイツのせいだ。

 気持ち悪いのも頭痛いのも全部コイツのせいだ。

「大丈夫、ちょっと外、見過ぎたみたいやわ」

 声を出すのがこんなにも辛い。

 祖母に支えられて、家に入った。

「ふみちゃーん!ごめんね、しぃちゃん、車に酔ったみたいやの」

 脳内では金属がぶつかり合う音がする。

 祖母のせいじゃないと声に出して言いたかった。

「おかえりぃ、車に酔ったの?大丈夫やよー、お義母さん。静は車に酔いやすいの。お義父さんも待ってるやろし、静には私がいてるから大丈夫よー」

 母がフォローして、祖母には大丈夫大丈夫と言って、家路に返したそうだ。

 心配も隠せない祖母が玄関から出るとどろどろした手も伸びた。祖母の車が動いたようだ。

 すると糸を引いたみたいに細くなり千切れた。顔を覆っていた手が離れた途端、体から力が抜けた。

 その後は母に支えられ、居間でソファに座り、しばらく深呼吸をした繰り返した記憶がある。


 四月、入学式を迎えた。

 クラスの子とも最初は緊張して馴染めなかったが、ここは田舎だ。

 小学校が違っても幼稚園保育園で一緒だった子が中学校、高校で再会する確率が多い。

 そのおかげか、それを中心に仲良くなって友達が増えていく。小規模校だったのでクラブの選択肢が少ないが、それなりに楽しかった。

 その年の11月に祖母が倒れた。

 脳梗塞だった。

 幸い一命を取り留めたものの、左半身に麻痺が残り、杖が必須アイテムとなった。

 退院後に会いに行ったが、黒いものは五時を過ぎても出てこなかった。

 どこかに行ってしまったのか。

 それか見えなくなったのかとちょっと嬉しくなった。

 友達の中に眼鏡をかけている子がいて、暗い中で読書してたら目が悪くなったと聞いた。

 これだと思った。

 父の趣味で歴史の本もあるし、小説もある。

 視力を落とせば見えないかもしれない。

 徐々に落ちていく視力だったが、赤いものは見えた。眼鏡を外すと周りの景色や人はぼやけるのに、赤いものはくっきりと目に飛び込んでくる。

 何も意味が無かった。空回りだ。

 

 倒れたことがきっかけに祖母は、より一層活発になった。

「いつ、死んでも悔いがないようにしたい」

 祖父を連れて、近所の神社や行ってみたいと思っていた所をピックアップを始めた。

 それと同時に祖父はカメラにハマってしまった。

 祖母と孫、祖母と息子達、祖母と嫁たちとお正月とお盆は立ち位置を変え、慣れない手つきで撮っていた。

 高校三年生の冬。祖父母の家に行くと、

「静、この池、すごぅ綺麗やろ。神社にある池なんやけどな、お日さんの加減でこんなキラキラ光ってるんやと」

 最初に倒れてから六年。

 祖母は麻痺があるにも関わらず元気に過ごしている。

 この六年間で祖父母は温泉旅行にいったり、カニを食べに行ったり、京都で人力車に乗ったりと楽しく旅行を続けていた。

 農業も二人で協力し、文句を言いつつも楽しそうにやっていた。

 直近で行った旅行の写真を祖父は嬉しそうに見せてくれる。何枚か束で渡してくれた写真はめきめきと腕を上げている様子が伺える。

 でも、一番綺麗に撮れているのは、一番多く撮っているのは祖母だ。

「おじいちゃん、おばあちゃんのこと、ほんまに大好きやねんな」

 写真を見ながら、そう言うと

「当たり前や。ちょうど出会った頃は儂の親父が開墾しやってな。儂も手伝ってた。苦労がするの分かってるのに一緒に苦労したるって嫁に来てくれたのがおばあちゃんやで」

 まぁ喧嘩もするけどな、照れ臭そうにそっぽを向く祖父。そう思い合える仲はなんて素晴らしいんだろうか。

 突然だった。早朝に家の電話が鳴った。

 何時かは覚えてない。

 ちこおばちゃんからの電話だった。 

 また祖母が脳梗塞になり、救急車で病院に搬送され、今夜が山だと。

 源以外の家族総出で病院に向かった。

 寿命?あまりにも早すぎる。

 まだ、だめ。まだ一緒にいたい。

 病院に向かう車の中で泣くのを必死に堪えた。泣いたら駄目だ。まだ祖母は頑張ってる。

 巴も同じみたいで適当に着替えた服の裾をぎゅっと握りしめ、車内は暗いが涙目になっていた。

 運転席は父、助手席は母の何やら話ししているが静と巴にはそれを聞く余裕がない。

 病院に着くと、夜間受付から入り病室を目指す。夜の病院は初めてだ。薄暗い廊下が目に入る。

 霊感はないが、暗い何かにずっと見られているような気がした。

 廊下に設置された長椅子に何人か黒い人形が座っていて、虚空を見上げてぼんやりしている。まるで待合室のよう。

 なんだかそこだけ時間が止まっているように切り取られた空間、そう写真のようだと思った。

「静、巴。おばあちゃんだぞ、入りなさい」

 いつになく厳かな父の声がした。

 おずおずと静と巴が入り、母はもう入っていたのか、ちこおばちゃんの隣にいた。

 たくさんの管に繋がれた祖母がいた。

 ねぇ、首についてる管は何?

 腕に何本も点滴しててもいいの?

 シュコーシュコーと首に繋がった管の先に音をたてる機械。白と青の清潔感のあるスタイリッシュな機械だが、場違いな化け物のように存在していた。

「おばあちゃん、おばあちゃん」

 巴が泣きはじめてしまった。

 ゆっくり近づいて手を握る巴、静は祖母の姿にショックを受け体が固まってしまった。

 固まった体でも、耳は使えるようで親世代が話しているのが聞こえる。

「意識レベルが低いみたいや。あとどんくらい持つか」

「延命は?なんかいやったの?」

「延命はお義母さんは嫌だって、元気な頃に言ってたわ」

「やけど、まだ若いぞ」

 大人たちが騒いでる中、ゆっくり祖母に歩み寄る。少しずつ体の強ばりも解けてきた。

 祖母の隣に祖父が椅子に座っていた。

 小さい声で頑張れ頑張れとベッドに置かれた祖母の手を擦る。

「おばあちゃん」

 祖父側に静も寄り添う。

 祖母の顔を見ると危ない状況なのに穏やかな顔をしていた。きらりと祖母の頬に線が引かれる。

 苦しいんだ、祖母は。

 頑張ってるんだ。

 あまりの痛さに祖母が泣いてるんだ。

 祖母の涙かと思ったが、なんだか様子が違う。

 みている内に銀色の線が祖母の頭から足先まで伸び、本数が増え、祖母を透明なベールが被さっていく。

 まるで繭だ。銀色の向こうがすけている繭玉になった。

ピーーーーーーー

 無機質な低い音が病室をまた一段と暗くする。

 ガラガラ音を立てて医者や看護師が病室内に入ってきた。処置を行うので外へと促された。

 巴は泣きじゃくり、父に肩を抱かれ部屋の外にでた。祖父は静と手を繋ぎ、後ろ髪を引く思いで部屋を後にした。

 あんなに大きかった祖父の背中が小さく見えた。

「最善をつくしましたが、死亡確認がとれました。ご愁傷さまです」

 軽く頭を下げて医者と看護師が部屋から出で行く。

 再び、部屋に入ると管が抜かれた、眠っているような祖母が安らかな顔でベッドにいた。

「コト、頑張ったなー。頑張ったなぁ」

 すぐに祖母に駆け寄った祖父が祖母の肩を撫でて言葉をかける。祖父の肩が小さく震えているのが見えた。

 さむおっちゃんも男泣きのように腕を目に当て全身が震えている。父も手を握りしめて泣いている。

 母とちこおばちゃんは寄り添い、お互いの背中を撫でながらすすり泣いている。巴は大号泣だ。

 ああ、これが死なんだ。

 昨日まで笑っていたのに。

 歩いていたのに。話していたのに。

 そこからは葬儀の手配やら、親戚筋に連絡、源たち県外成人組への連絡が行われた。源は大学生、従姉妹たちも就職進学して県外だった。

 納棺までにはその県外成人組も揃っていた。

 皆一様に泣いていた。

 なんでかな。

 悲しいのに涙が出てこない。

 なんでかなぁ。なんでかなぁ。

 白装束を着た祖母を見た時、繭みたいだと思った。

 祖母のお気に入りの服に本、祖父と行った旅行の写真、それとたくさんの色とりどりの花を皆で棺に入れた。

 斎場へ乗り合わせていく。短い間だが和尚さんがお経を上げて、棺を火葬場へと運ばれる。 

 点火ボタンに喪主である祖父の手が添えられた。

 あの柔らかい手にもう頭は撫でてもらえないんだ。

 あの優しい声も笑い声も聞けないんだ。

 あの楽しそうに、目尻を下げて笑う目も顔も、もうこちらに向けてはくれないんだ。

「コト、あっちで待っててくれや。何でもいい。面白いことがあったら笑っててくれ」

 祖父が泣きながら点火ボタンを押した。皆堰を切ったように泣く。

「ああああ、おばあちゃん、おばあちゃん」

 大好きだった。

 壁の向こうでごぅごぅと音がする。

 その音が余計に現実味が増し、悲しみを増やしていく。

 馬鹿の一つ覚えのように祖母を呼ぶことしかできなかった。

 大切にしてもらったのに最後の最後でしか泣くことができなかった。

 信じたくなかった。

 祖母はずっと元気で、笑っていると思っていたから。


 白は繭玉になった。

 病院の廊下にいた黒い人形はなんだったのか。

 病魔?次の標的を探しているのだろうか。

 ミステリーなどの謎解きは苦手なんだ。

 だから考えた所で意味があるのか。

 おそらくこの目は一生このままだ。

 自分は狂わずに生きていけるのかな、泣きまくった腫れぼったい目を空へ向ける。

 火葬場の煙突が見えた。今、祖母は煙となり、風に乗って、自由に飛び回っている気がした。

「泣いても笑っても一日」

 同じ過ごすなら笑うほうがいい。

 見えて、悲しくて、痛くなっても、笑っていよう。

 そうゆう生き方にしよう。

 狂わずに笑っていよう。

 

 




 

 

 





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