魔王と宿屋へ
夕暮れ…
俺と魔王は、街へと戻ってきていた。
そして俺たちは少し買い物をした後、今俺が世話になっている宿屋へと向かっている。
ただ、街の中は人の往来がなかなかすごく…
きっと日中働いた人たちが、帰宅、もしくはご飯を求めて彷徨っているのだろう。
そんな光景を見て、魔王は…
「お~、人がたくさんなのじゃ。すごいのじゃ!!うじゃうじゃと、すごいのじゃ!!!」
楽しそうな声を上げ、辺りを見るために忙しく顔を振っている。
ただ…
「うじゃうじゃって…」
もう少し…
もう少しなんか良い言葉はなかったのか…
いや、魔王にボキャブラリーを求めるのもどうかという話な気もするけど…
「だってでもじゃ、本当にじゃうじゃなのじゃ!!」
「まぁ、そうかもしれないけど…」
「そうなのじゃ!!前来たときは、こんなうじゃうじゃしてなかったのじゃ!!」
「ふ~ん…」
ん?
前…?
「前にも、この街に来たことがあるのか…?」
「いやまぁ、この街には来たことがないのじゃ。でも、他の街になら行ったことがあったのじゃ…」
さっきまでの楽し気な雰囲気から一転、今の魔王の顔には少し影が差している気がする。
「えっと…
どこに…、いや、そこで何かあったのか…?」
「まぁ、あったのじゃ…
でも、あんまし言う気にはならないのじゃ…」
「そっか…」
まぁ、言いたくないことの一つや二つ、誰にでも…
きっと、魔王にもあるのだろう。
「で、何があったんだ?」
「おい、お主。今妾の話、ちゃんと聴いてたのじゃ…?」
何言ってんだ?こいつ…
「聞いてたに決まってるけど…?」
「ならじゃ、ならなんで今聞いたんじゃ!!おかしいのじゃ、絶対におかしいのじゃ!!!」
少女がツッコんでくる。
でも…
「いやだってさ、別に魔王に対してそんな気遣いする必要なくね?」
「ぬぉっ!?」
びっくりしたように、少女は大きく目を見開かせてくる。
そしてすぐ…
「ひ、ひどいのじゃ。こやつ、魔王への、妾への扱いが本当にひどいのじゃ…」
「はいはい…。あ、着いたぞ。」
そんなこんな話していたら、今俺がお世話になっている宿屋に俺たちはたどり着いた。
「また…。妾のへ扱い、雑すぎるんじゃないだろうか?なのじゃ…」
魔王が悲しそうに、小さな声でなんか言っていた。
でも俺は気にせず、扉を開けて中へと入った。
ただ、魔王はついてこなかった。
「どうした?入らないのか?」
「入る、入るのじゃ!!」
そう怒鳴ってくる。
そしてすぐ、俺の後を付いてきた。
宿の中…
まず入ってすぐ一階には、宿屋が宿と一緒に経営している食堂がある。
そして奥にある階段を昇って二階へ上がると部屋がずらーと並んでいて、それらが宿屋が貸し出してる部屋だ。
あと、この宿屋は少しだけしなびれていて…
日本で言うのなら、よくテレビとかで出てくる少ししなびた旅館くらいだろうか。
まぁとりあえず、俺は食堂のカウンターへと向かった。
そこには、この宿屋を経営している夫婦がいて…
俺はそのうちの、少しふっくらとした女性へと話しかけた。
「サーナさん…」
「あら、どうしたんだい?フェル。」
フェルというのは、ただの偽名だ。
そのまま名乗って、勇者とばれたくないからね。
とは言っても、俺の名前がフェデで、たった一文字違いだけど…
そして俺は、小さな魔王の頭に手を置いてから…
「今日からこの子も俺の部屋でお世話になりたいのですが、いいですか?」
「別にいいけど…」
サーナさんが、俺が訝し気に見てきて…
「頼むから、部屋でいかがわしいことしないでくれよ?」
いかがわしいこと…
「しないですよ。」
「そう、ならいいんだけど…」
一応は信じてくれたみたいだけど、まだサーナさんは怪しんでいるみたいだ。
だから、さすがに潔白だと伝えようと思う。
「そもそもなんですけど、俺…
もっと、実った人が良いんですよ。」
「あら、そうなのかい?」
「そうなんです。でも、この子は…。だから、安心してください。」
「そうだね。確かにその子は…。なら、安心…
「ちょっと、待つのじゃ!!」
頭に置かれた俺の手を払いのけ、魔王がなんか騒ぎだした。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないのじゃ!!
二人とも、妾が黙っておれば好き勝手言いおって!!
誰がぺちゃぱいじゃ、誰が寸胴(ずんどう)体型じゃ!!!」
「いやいや、誰もそんなこと言ってないって…」
「そ、そうだよ。」
「ぐぬぐぬぬ…
聞こえたのじゃ…
妾を見つめるお主らの目が、妾にそう言っておるのが聞こえたのじゃ!!」
「お、おう。それはすまん…」
「ごめんなさいね…」
「ぐぬ…
そこは謝るところじゃないのじゃ!!言ってないぞって、否定するとこなのじゃ!!
「「そうなのか(い)…」」
「ぐぐぐぐ…」
魔王は俺たちに、恨めしそうな顔を向けて来ている。
すると隣…
サーナさんから、魔王へ聞こえないようにこそこそと…
「フェル。この子、どうしたんだい…?」
どうした…
なんて答えよう…
拾った…
は、さすがにまずいだろうし…
ん-…
俺もサーナさんへこそこそと…
「親戚から、少しの間面倒を見てくれって言われたんですよ。」
「そうなのかい。あんたも、大変だね…」
「はは…」
サーナさんの言葉に、俺は愛想笑いを返した。
そしてそんな俺とサーナさんのコソコソ話が気に障ったのか、魔王が…
「妾に聞こえないようこしょこしょ、こしょこしょと!!
妾にも、聞こえるように言うのじゃ!!!」
だいぶ気に障ってしまったみたいだった。
そして俺が、どうしよ…
そう思っていると、サーナさんが…
「あら、ごめんなさいな。
でも、お嬢さんがあまりにも可愛らしくて、おばさん、恥ずかしくて直接言えなかったのよ。」
「そ、そうなのじゃ!?」
さっきまでの不機嫌そうなのが一転、魔王の口元からニマニマとした笑顔をこぼれ始めた。
「そうなのよ。ほんと可愛いわね。」
「そ、そうなこともあるのじゃ!!ぬへへへ。」
どうやら、機嫌を取り戻してくれたみたいだ。
「えっと、サーナさん、すぐご飯二人前お願いしたいのですが、いいですか?」
「ご飯!?」
「問題ないよ。」
サーナさんはそう返事をしたあと、俺たちのご飯を準備を始めてくれた。
そして俺たちは、空いてる席へついた。
すると魔王から嬉しそうに…
「二人前、ということはじゃ、妾の分も…。ぐへへへへ。」
魔王の顔が、だらしがない顔になっていく。
「そんなに楽しみなのか…?」
「当り前じゃ。人間が作るご飯はおいしいのじゃ。だから、すごく楽しみなのじゃ!!」
「ふーん。」
俺は魔王の耳に顔を近づけ、こそこそと…
「魔王時代はどんなだったんだ?」
魔王からも、こそこそと…
「それは、ひどいものだったのじゃ…
ただ、肉を焼くだけ…
どれも味がなく、なんか血の匂いがすごかったのじゃ…」
血抜き?をしてなかったのか…
「それはまた…
あんまりおいしくはなさそうだな…」
「そうなのじゃ…
でも食べないわけにはいかなかったから、しかたなく食べてたのじゃ…」
「まぁ、どんまい…」
「どんまい…?何なのじゃ、それ…」
「あー…」
そっか…
そういや、日本独自の言葉だったな…
「俺が生まれたところの言葉、かな。辛かったなとか、気にすんなとかの意味で…」
「へーなのじゃ。まぁ確かに、どんまい?だったのじゃ。」
魔王が日本の言葉を使っていることに、少しだけ笑ってしまいそうになる。
人類のラスポス的な存在が、俗語を使っていることに…
でもあれか…
この頭の弱…
馬鹿な魔王に格式の高い言葉も似合わないから、案外お似合いなのかも…
「どうしたんじゃ?
急に笑みなんか浮かべて…
もしかして妾の使い方、おかしかったのじゃ?」
俺からは返事がなく、しかも笑みを浮かべていたから、魔王的には、さっきのどんまいの使い方が間違っているのか不安になったみたいだ。
「いや、なんか面白いなと思って…」
「何がじゃ?妾、そんな面白いこと言ったのじゃ?」
「いや、何でもない、ぞ?」
「嘘じゃ、その反応は、なんかある時の反応なのじゃ!!」
「ん-まぁ…、あっ、来たぞ。」
「んにゃ?」
俺はご飯を準備してくれていたサーナさんの方に顔を向ける。
すると魔王もそれに釣られて、俺と同じ方を見て、そしたら嬉しそうな声をあげた。
「お、本当なのじゃ!!」
サーナさんがお盆に料理を乗せて、俺たちが待っている席へ料理を運んできていた。
そしてそのまま、席までやってきて…
「はい、お待ちど…」
「ありがとうございます。」
「お~、ご飯、やったーなのじゃ!!ありがとうなのじゃ。」
「はいよ、ごゆっくり。」
「はいなのじゃ!!」
サーナさんは去っていた。
そして目の前には、二人分の料理…
「じゃ―、食べるか。」
「うん、なのじゃ!」
今日の献立はトマトのスープに黒いパン、それとレタスを添えた肉の切り身を焼いたもののようだ。
まず俺は、トマトのスープを口へと運んだ。
するとトマト独自の味が口の中にやってくる。
まずトマト甘みがやってきて、その後酸味が…
そして何を味付けに使ったのかは分からないが、ほのかな塩味も感じれた。
おいしい…
ついでに、暖かく熱されたスープがポカポカと身体の奥の方を温めてくれる。
別に今は寒い季節ではない。
でもその温かさは、少しほっこりさせるものがあった。
そしてスープの具材にはジャガイモが入っていて、中までスープがよくしみ込んでいて口の中で崩れていく。
やっぱりそれはおいしかった。
俺がのんびりと味わっていると、正面から何か聞こえてきた。
だから顔を上げてみると…
魔王がちびちびと、黒いパンをかじっていた。
「これ、なんかもさもさして、食べにくいのじゃ…」
この国のパンは少し固くて、日本のものほどふわふわとはしていない。
だから食べる時には、基本スープで柔らかくして食べる。
ただ魔王は、それを知らなかったらしい。
でも今までの魔王の言動的に、考えてみたら当たり前だったのかもしれない。
「パンはな、このスープにつけながら食べるんだよ。」
「ぱん?」
「そー、パン。」
「パン、なのじゃ!!」
そう言葉にしてから、魔王はパンをスープにつけてから口に運んだ。
すると…
「おぉ~、さっきよりも断然おいしいのじゃ!!」
嬉しそうな声が上がる。
でもなんか…
まるで、子供に食べ方を教えている気分になってくる。
目の前にいるのは、あの凶悪だった魔王なのに…
それが少し悲しくもあり、逆にギャップで面白くもあった。
そして魔王は次に、肉に添えられていたレタスに手をつける。
そしたら…
「これ苦い、のじゃ…」
まじで子供だった。
子供以外の何者でもなかった。
もう俺は…
こいつに対して魔王としての威厳を感じることはないと、この時確信した…
いや、してしまった。
そしてレタスの苦さから、魔王は口の中に入れたレタスを吐き出そうとしてくる。
「ほら、行儀が悪いから、口の中に入れたものはちゃんと食べなさい。」
俺がそう言うと、魔王が目を大きく見開かせた。
そしてキッと、鋭い目をしてから…
「&#($’&’&%」
何か言ってくる。
でも…
「お行儀悪いぞ。ちゃんと飲み込んでから食べなさい。」
「むむむ…」
魔王が…
いや、少女が睨みつけてくる。
ただやってることが、まじで子供だ。
もぐもぐと、魔王が苦い顔をしながら口に入れたレタスを食べる。
そして食べきったのだろう。
「お主、妾を子供扱いするんじゃないのじゃ!!」
声を上げてきた。
でも…
「いや、子供だろ。野菜も食べれないとか…」
「はっ!?子供…?妾は子供なんかじゃないのじゃ!!
それに野菜?は、ちゃんと食べたのじゃ。子供なんかじゃないのじゃ!!れっきとしたレディなのじゃ!!!」
確かに、レタスは食べた。
でも一枚だけ…
お皿の上には、まだ2枚のレタスが残っていた。
「まだ二枚残ってるぞ?」
俺がそう言うと、魔王は顔をしかめた。
「妾はもう、一枚食べたのじゃ。だからこれは、お主にあげるのじゃ。」
「いや、いらない。」
「ぐぬっ!?これ、す、すごくおいしいのじゃ。だから…」
「なら、自分で食べればいいだろ…」
「ぐぬぬ…。嫌じゃ…。もう食べたくないのじゃ。これ、もう食べたくないのじゃ!!」
これがレディ…?
鼻で笑ってしまいそうになる。
「ハンッ…」
「おいお主、今、妾のことを鼻で笑ったな?馬鹿にするように笑ったな?
許さないのじゃ、絶対に許さないの…」
「はいはい、分かったから、残りのレタス、ちゃんと食べろよ…」
「ぐへっ!?」
「食べないと、明日からご飯抜きな。」
「ぐぬぉっ!?」
魔王の口から、変な音が漏れ出た。
そして悲しそうな顔をしながら…
「うぅぅ…
明日ご飯抜き…
嫌じゃ、それは嫌なのじゃ…
うぅぅぅ…」
悲しそうな声をあげながら、魔王はレタスを食べ始めた。
そして5分くらいの時間が経って、ようやく…
「食べきったのじゃ。妾は、あの憎き野菜を食べきったのじゃ…」
感慨深そうに、そう言葉にしてきた。
でもさ…
「いや、レタス2枚に5分って…」
「うるさいのじゃ、一々うるさいのじゃ!!文句を言うくらいなら、頑張った妾をもっと褒めるのざじゃ!!」
「はいはい、よくできまちたねー。」
「ぬーーーっ、腹立つのじゃ。お主、めっちゃ腹立つのじゃ!!!」
腹立つね…
「そういやお肉、食べないのか…?」
「お肉…?お肉ーーーっ!!!」
楽しそうに、魔王はお肉を食べ始めた。
というか、なんだこの生物…
めっちゃ、扱うの楽なんだけど…
これ、本当に魔王か…?
魔王というよりかはほんと、ただの子供にしか…
「これ、すごくおいしいのじゃ!!」
「おぉ…」
「なんでこんなにおいしいのじゃ!?」
「あぁ、ニンニク入っているからな…」
「ニンニク…?」
魔王が口をもしゃもしゃと動かしながら、不思議そうに聞いてきた。
でも、なんて答えればいいのだろう…
「それ使うとな、ガツンとおいしくなるんだよ。」
「へー、そうなのじゃ。ニンニク、すごいのじゃ!!」
魔王はそう言うと、さっきのレタスでの勢いは何だったのか…
すさまじい勢いで、肉を貪りつくした。
「おいしかった。すごくおいしかったのじゃ…」
「だな。」
「明日も、ニンニクがいいのじゃ…」
それはまた…
「だったらいいな…」
「なのじゃ…」
「じゃー上に上がるか…」
「うん、なのじゃ…」
俺たちはサーナさんにごちそうさまと一声かけ、部屋へと上がった。
そして二階の、俺が借りている部屋…
「ここがお主の部屋か…
お主ほんとに勇者だったのじゃ?
狭いのじゃ…」
魔王から失礼な言葉がいきなり飛んできた。
「はっ?明日、ほんとに晩飯抜くぞ?」
「ごめんなのじゃ、ごめんなさいなのじゃ!!」
「はぁ…」
でもまぁ、確かに広くはない。
1ルーム。
そしてその部屋自体も大きくない。
今まで一人だっただから、気にならなかっただけだ。
俺はアイテムボックスを開く。
そしてそこから、薄い敷布団と毛布を取り出した。
「じゃー、はい。これ…」
「妾が使っていいのじゃ?」
「まぁ、そのために買ったやつだしな。」
「お~、勇者。お主実は、結構良い奴なのでは…?」
「かもな。」
魔王は、渡した敷布団を広げ始めた。
俺はその姿を見ながら…
「明日から色々としてもらおうと思ってるから、よろしくな…」
「お、おう。なのじゃ…
でも、何をするのじゃ?」
「ん-、魔物使役のスキルを使ってもらおうと思ってな…
だからまずは、どんなのか見せてもらうとこからかな。
「なるほどなのじゃ。任せるのじゃ。」
魔王が自信のこもった声でそう言ってくる。
ただ続けて…
「でも、チュ、チューはしなくても…」
「チュチュ…?あーチューね…
別にいらないし、いっかな…」
「いらない…
すごく腹立つのじゃ…
後になってやっぱお願いと言っても、絶対にしてやらないのじゃ!!」
後ね…
「はいはい。
じゃ―ねるか。」
「ぐぐぐ…
テキトーに流しおって…
まぁいいのじゃ。分かったのじゃ。」
こうして、俺たちは眠りへとついて…
そして、長かった一日がようやく終わりを迎えた。
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