些細な会話を
気づかない間に時間は進み、明るくて気持ちの良い色をしていた空は、今は段々と赤い光に侵食されてきていた。
もうじき、日暮れだ。
そろそろ家に帰るかな…
そう思いつつ、俺は目の前にいる少女を見つめる。
童顔で、子供の様な体躯。
大きくて紅い目と、ピンクが混じった黒い髪。
とある一部分を除くと、どこにでもいる可愛らしいだけの女の子だ。
でもそのとある部分…
頭から生えた二本の角が、普通の人とは逸脱している。
確実に、街へ入ると目立つ。
それに下手したら、魔王だとばれてしまうかもしれない。
ようやく平和を手に入れたと思っている人類からしたらそれはまずい。
それに、魔王と勇者が一緒にいるというのがばれるのも…
ん-…
「なぁ…」
「なんじゃ?勇者…」
俺の呼びかけに、少女が不思議そうな声と顔を向けてくる。
「その角、折ってもいいか?」
「んじゃ…?」
少女はコテッと不思議そうに首を傾げた。
そして何度か、パチパチと瞬きをした後…
「のじゃっ!?
折る…
お主今、妾の角を折るっと言ったのかっ!?」
「えっと、そうだけど…」
「ふざけんなじゃ!!まじでふざけんなじゃ!!!
なんで、妾の大事な角が折られないといけないのじゃ!!意味不明かんないのじゃ!!!」
「いや、邪魔だなーと思って…」
「邪魔?邪魔っ!?
妾の大事なチャームポイントの一つが邪魔っ!?
鬼か!?お主は鬼なのか!!!」
勇者に向かって鬼…
それは、ひどい言いようだな。
でも、さすがに説明もいるか…
「いやさ、街に入ると絶対に目立つんだよ、その角…
それに、下手したら魔王ともばれかねないし。
なら、折るのが…
「待つのじゃ。勇者、待つのじゃ…」
「どうした?」
「理由は分かったのじゃ。分かったのじゃけれども…
なんでそこで、お主は角を折るという方へ行くのじゃ。別に折らなくても、もしかして隠せるかもという可能性だってあるかもしれないじゃろ。」
「なるほど、隠すか…。確かにその選択肢も…」
「そうじゃ、そうなのじゃ。ほんと、まったくなのじゃ…」
俺の理解が得られたからか、少女は安心した表情を見せてくる。
その表情的に、どうやら隠せるみたいだ。
「じゃー魔王、角を隠してくれ。」
「隠せないのじゃ…」
「ん?」
「隠せないのじゃ…」
あれ今、隠せないって…
俺の気のせいか…?
いやでも、二回同じこと言われた気が…
「なぁ、もしかして…」
魔王の目があたふたしている。
でも俺とは、視線が合うことはない。
「角、隠せないのか…?」
「のじゃ。」
小さく頷いてきた。
「そっか、そうなのか…
じゃー…
「待つのじゃ。待って欲しいのじゃ!!」
少女が、正面から俺に服を掴んできた。
「いや、というかなんでだよ!!
なんで、隠せないのに隠せますみたいな雰囲気出すんだよ!!意味分かんねぇよ!!!」
「いや、あれなのじゃ…
それは、あれなのじゃ…」
魔王は俺の服を離したかと思うと、次は自分の左右の人差し指同士を突き合い始めた。
「おー、なんだ、言ってみろ。」
「それは…」
「それは?」
魔王は困ったように、何度も瞬きをし…
そして気まずそうに、続きを口にしてきた。
「あれ、なのじゃ…」
「よし、折るわ。」
「待つのじゃ、ほんと待つのじゃ!!」
「なんだよ?せっかく、人が今から一仕事しようと思ってたのに…」
「一仕事…
お主、ほんとに…」
魔王が、顔を青くした。
「待って欲しいのじゃ。本当に待って欲しいのじゃ。」
「えー、なんでだ?」
魔王は頭の上にある角を触りながら…
「これは妾にとって、ただ可愛いだけのチャームポイントじゃないのじゃ。」
「ほう、なんなんだ?」
「これは、ここは、妾が魔法を使うにあたって重要な部位なのじゃ。だからもしここがなくなってしまうと、妾は満足に魔法やスキルが使えなくなってしまうのじゃ!!」
「魔法やスキルが使えなくなる…」
つまりは、魔物使役のスキルも…
それは…
「一大事じゃないかっ!!」
「そうじゃ、そうなのじゃ!!なのに、お主は…」
魔王は、じっと睨んでくる。
すごく、恨めしそうに…
でもさ…
「いやでも、教えられてないし…」
「確かにそうじゃけれども…」
「だから、俺は悪くないな。」
「ぬぬぅぅぅぅ。
こやつ…
こやつは本当に勇者なのじゃ…?
どこか、その辺にいるチンピラの間違いじゃないのじゃ?」
「チンピラ…」
それはちょっと失礼過ぎないか…?
「魔王、ほんとにそれ、折るぞ?」
「ひぇっ!?」
魔王は、外敵から自分の角を守るように握った。
そしてその姿は、子供が自分の大事なものを取られないようにする姿にしか見えず…
だからさすがに、罪悪感が湧いてきた。
いや、魔王にそんなもの感じる必要があるのかは分からないけど…
まぁいいか、どっちでも…
目の前にいる少女が今も守るように掴んでいる角を、俺は見つめる。
どうしようかな…
あの角。
折ることはできず…
見えないよう、消すこともできない。
だからまぁ、できることと言えば…
俺はアイテムボックスを開く。
そして中から、日本で言う麦わら帽子のようなものを取り出した。
ただそれは、日本のものとは異なっている。
つばは少し広いものの、色は黒っぽく…
形は丸い山形ではなく、円柱のように上面が平だ。
簡単に言うと、麦わら帽子のような網目のある黒いシルクハットだろうか。
それを、俺は少女の頭の上に置いた。
「なんじゃ?これ…」
「帽子だよ。それ被ってたら、角、そんな目立たないだろ?」
「確かに、確かにそうなのじゃ!!」
少女はそう言葉にしながら、つばの部分を掴んで自分で自分の頭にぐりぐりとする。
帽子が珍しいのか…
その姿は、すごく楽しそうだ。
「じゃー、街に帰る…、行くか。」
こうして、俺たちは街に向かった。
そして帰り道…
「なぁ、勇者…」
「なんだ?」
少女は手で帽子を指さしてから、不思議そうに…
「これがあるなら妾の角を折るとかいう話、する必要なかったんじゃないのか?」
「」
「おい、勇者。黙らずに、何か答えるのじゃ!!」
そんな、些細な会話があった。
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