何でも、か

 少女…

 いや、魔王の”何でも”するという言葉…

 その言葉は、俺にとってすごく魅惑的に聞こえた。


 何でも…

 

 「何でも、か…」

 「そ、そう…、なんでも、なのじゃ…。でも…」


 少女が、俺の呟きを肯定してくる。

 ただその言葉は、俺の耳には届いているが頭の中にまでは響いてこない。


 何でも…

 つまりは、エッチなこと…

 

 なんかじゃなく…

 

 思い出してしまうのは、魔王の”魔物使役”というスキル…

 少女曰く、今はランクの低い…

 ゴブリンとかの、弱い魔物しか操れないらしい。

 でももしそのスキルを上手く使えれば、今持て余している暇をすごく楽しいものにできるのでは…?

 

 いや、良くない…

 この妄想は、ほんと良くない。


 だって…

 「俺は勇者で…」

 そして俺は、目の前にいる少女を見つめて…

 「魔王なんだ。だから良くない、良くないんだ…」


 俺はそう呟く。

 すると、魔王から…


 「な、なぁ勇者…」

 「なんだ…?」

 「お主、顔がやばいのじゃ…」

 「顔が、やばい…?どういう意味だ?」

 

 「いやその…」

 魔王は、視線を左右に彷徨わせながら…

 「勇者、今お主が浮かべている笑みなんじゃが…」


 「俺が笑み…?いや、浮かべてないけど…」


 そう思う。

 けど…

 じっと怯えたように見てくる少女の反応的に、少女の言葉は嘘ではないようだ。

 いやでも、俺が笑みを浮かべていて、なんで少女が怯えることがあるのだろうか。


 「それがどうしたんだ?」

 「それがなのじゃ…」


 はっきりしないな…


 「どうした?」

 「その、頼むから怒らないで聞いて欲しいのじゃが…」

 「あぁ…」


 「それがその…

 すごく気味が悪いのじゃ…」

 

 「気味が…

 はっ…?…はっ!?」


 「いや、言わないでおくべきだとは思ったのじゃ…。

 じゃが、その…

 お、お主の顔が怖すぎて、い、今から、どんな卑猥なことを命令されるかと思うとじゃ、怖くてじゃ…」


 「ん?卑猥…?なんで…?」

 

 「いや、だってお主…

 妾が何でもと言った瞬間、おぞましい…

 まるで魔王が浮かべるような笑みを浮かべて…」


 「魔王…?はっ!?」


 「そんな笑みを浮かべられたら、すごく卑猥な…

 エッチなことを…

 その…

 させられると思うじゃろ…?」


 頬を赤らめながら、魔王がそう言ってくる。

 でも…


 「いやいや、待て待て待て。エッチなことって何だ!?そんなこと…

 というか何だよ、魔王みたいな笑みって!!!

 お前だろ、魔王は!!!」


 「はっ!!!」


 魔王は目を見開かせて、忘れてた…

 いや、今まさに気づいたような表情をした。

 

 「は、じゃねぇよ!!なんでそこ忘れるんだよ!!!」

 「いや、お主の笑みがまさに魔王みないで、ついついなんじゃ…」

 

 「ついついって…

 そこ、めっちゃ大事なとこだろ…

 しかも俺…

 なんで魔王に魔王みないな笑みって言われないといけないんだ…?

 俺、一応は…

 いや、れっきとした勇者なのに…」


 「そうじゃ、そうだったのじゃ。お主は勇者だったのじゃ。でも、さっきの笑みは本当に…」


 「本当に…、おい何だ、言ってみろ。

 今の自分の立場をよ~く思い出しながら、言ってみろ!!」

 

 俺がそう言うと…

 少女は目をパチパチと瞬いてから、大きく目を見開いた。

 

 「そうじゃ。忘れてたのじゃ。今妾は、こやつに命乞いをしているところだったのじゃ。

 危ない、危ない…

 もう少しでまた勇者であるお主に、お主の笑みが魔王みたいにおぞましい笑みだったと言ってしまうところだったのじゃ!!

 ふー、ほんとに危な…


 「おい…」

 「なん…、あっ!?」


 目の前の馬鹿は、大きく口を開けて、馬鹿面で停止した。

 ただすぐに…


 「こ、これは間違えたのじゃ。く、口が滑っただけなのじゃ…」

 「そーか。滑っただけか。なら、しょうがないな…」

 「そうじゃ、しょうがないのじゃ。だ、だから…」


 目の前の馬鹿は瞬きが増え、視線が右往左往しだす。


 「だから、なんだ?」

 

 「だ、だから…

 だからなのじゃ、そんな冷たい目を妾に向けてくるのは、や、止めて欲しいのじゃ…」


 あー俺、今冷たい目をしてたのか…

 どうりで、今目の前の馬鹿とその首しか視界に映っていないわけだ。

 ははは…


 「止めて欲しいか?」

 「う、うん。できれば止めて欲しいのじゃ…」

 

 「そっか…。たぶんだけど…」

 「ん?」

 「目の前にいる馬鹿の首と胴体をぶった切れば、自然と収まると思うわ。どう思う?」


 「首と、胴体を、ぶった切…」


 そう言いながら、少女は自分の首を手でさすった。

 そして、すぐにその少女から…

 「ひぇっ!?」

 可愛らしい悲鳴が、口から飛び出た。

 

 「嫌なのじゃ。謝るのじゃ。ごめんなさいなのじゃ。もう言わない。言わないのじゃ。だから許してほしいのじゃ。」

 「考えとくわ。」

 

 「ぬぬぬ…

 考えとく…

 すごく嫌な響きなのじゃ…」


 少女が苦悩で顔を歪ませて、ぶつぶつと何か言い出した。

 だから俺は、また考えに耽る。


 

 でも、難しいよな…

 

 少女の魔物使役というスキルがあれば、色々できそうで…

 そして、実際にやってみたいこともある。

 

 ただ俺は勇者で、目の前の少女は魔王…

 

 魔王は人類を滅ぼすのが目的で…

 そして俺の役目は、そんな魔王から人類を護る、こと…


 護る、こと…

 つまりは…

 討つや封印だけじゃなく、悪いことをしないよう監視するのも一つの手なんじゃないだろうか…



 俺は少女を見る。


 童顔で、背丈は140センチくらい…

 そして大きく紅い瞳に、ピンクを含んだ黒い髪。

 頭からは日本の角が生えている。

 ただそれさえなければ、少し可愛らしいだけの小さな女の子だ。

 

 そして少女が嘘をついていないのならば…

 恐ろしいながらも、持っているスキルはたった一つだけ。


 そしてそのスキルも、俺の前では…

 

 というかだ…

 今まで見せた少女の反応的に、今の少女ではどうあがいても俺に勝つことはできないのだろう。


 つまりは…

 俺が健在であれば、彼女が暴れ出しても十分に対処が可能ということだ。


 悩ましい。


 殺すのが、一番簡単だ。

 でも人間の形をしたものを殺すのは、やっぱり抵抗があるし…

 それに勇者としても、小さな女の子を殺すのは…

 いや、これはもうただの詭弁か。

 

 もうここまで考えてる時点で、俺の中では意見の方向は決まっていて…

 そしてもうそれを自分で許すため、ただ免罪符を探しているだけなのだろう。


 なら、それは馬鹿馬鹿しいし…

 いざという時、俺がちゃんと責任をとればいいだけの話だ。


 ふー…


 俺は少女の目を見つめる。


 「なぁ…」

 「な、何じゃ?」


 魔王は、少し怯えていた。


 「生きたい、よな…?」


 コクンコクンコクンと、少女はあげ敷く頭を縦に振ってくる。


 「生きたい。生きたいのじゃ!!」

 「そうか…。なら、殺さないで置こうと思う…」


 俺がそう言った瞬間、魔王は手を挙げて大喜びで…


 「本当か?本当なのじゃ!?生きれる。やったー、やったーなのじ

 「でもその代わり…」

 「んじゃ?」


 少女が、疑問の声を上げてくる。

 

 「俺がお前を監視する、という条件でだけどな。」

 「監視…?監視なのじゃ?ん-…」

 

 少女は目を伏せる。

 でもすぐに顔を上げてきた。

 

 「でもいいのじゃ、とりあえずは、生きれるならそれでいいのじゃ!!!」

 

 「そうか…」

 「そうなのじゃ!!やったーなのじゃ!!!」


 少しの間、少女は大喜びしていた。


 


 そして少し経って、少女が落ち着きを取り戻してから…


 「でも、なんで生かしてくれるのじゃ?普通じゃったら…」


 俺はそう言われた瞬間…

 一瞬だけ、少女から視線を外した。


 自分のしょうもない欲で、自分の果たすべき責任をそっちのけにしてしまった罪悪感から…

 

 言えないな、これは…


 「人として…

 勇者として、小さい女の子を殺すのが嫌だった、からかな…」


 俺がそう言うと、少女はニマァとして笑顔を向けてきた。


 「甘いのじゃ。勇者というものは、やっぱり甘いのじゃ!!」


 そして言い終わった後も、少女は楽しそうに…

 馬鹿にするように、笑顔を向けてきた。


 「そうかもな…。あっ、でも…」

 「のじゃっ!?」


 「逃げた時はマジで殺すからな。」

 「じゃっ!?マジな…」


 段々と声が小さくなっていく、小さな魔王。

 俺はそんな魔王に、心からの優しい笑顔を向けた。

 するとすぐ…


 「のじゃ!?めっちゃ怖いのじゃ!!やっぱり勇者の笑顔は、すっごく怖いのじゃ!!!」


 魔王から失礼なことを言われた。

 まぁこうして、俺は魔王の保護者みたいなものになった。

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