ルーシャス・オークスドン子爵の恋の代筆屋とジーン・ハット子爵令嬢の魔法の鳩郵便屋ならびに特別なドレス仕立て屋の謎解きはいかがですか?

西の歌桜

ルーシャス・オークスドン子爵の恋の代筆屋とジーン・ハット子爵令嬢の魔法の鳩郵便屋ならびに特別なドレス仕立て屋の謎解きはいかがですか?

 ルーシャス・オークスドン子爵の仕事は今日も忙しい。


 代筆屋が繁盛しているのだ。法律的な文章から土地譲渡の手続き、それから恋文、店に飾る商売の指南書から何から何まで引き受けている。


 文字が書けない、読めない人がこっそり尋ねてきて、ルーシャス・オークスドン子爵に仕事をお願いするのだ。


 綺麗な文字が書けるし、文章は得意であるという自負がある。



 子爵の名前はルーシャス・オークスドン子爵。

 領土は広くはないが、そこそこある。


 だが、人の役に立つ仕事がしたくて代筆屋の看板を街に掲げたところ、オークスドン子爵の代筆屋というネーミングが良かったのか、街の人々の信頼を勝ち取り、今やさまざまな相談事が朝から晩まで舞い込む。


 細々とした利益だが、ルーシャスの毎日は充実していた。

 そして、最近は年頃のルーシャスを見かねて、様々な見合いの話があちこちから舞い込むがルーシャスはことごとく断っている状況だった。


 見合いは当分したくないというのが本音だ。

 もちろん、子爵であるかぎり、世継ぎが必要なのは理解している。だが、代筆屋の店を空けることに抵抗があり、朝から晩まで街に開いた小さな代筆屋に閉じこもっていた。



 街の代筆屋の店舗はとても快適だ。

 水回りも快適に最新型にしたし、暖炉の薪も絶やさないように気を付けている。どんな依頼人が助けを求めてきても、心地よく迎え入れられるように心がけていた。


 オークスドン子爵家の心優しい料理番が焼いてくれたベイクドチーズケーキや、パウンドケーキ、パンを持って、時にはブランデーも補充して、朝早くからお弁当持ちで馬車に乗って街の代筆屋までやってやってくる毎日だ。最近は、領地の差配人もこちらまでやってきて必要なことを話し合うことが定着していた。



「しまった!もうこんな時間だ!」


 教会の時計の鐘の音にハッとした。

 ルーシャスは壁時計を確認して、今日出さなければならない手紙のほとんどを出し終えていないことを悟った。


 今日はお昼ご飯のサンドイッチを食べている時に、隣町に住むロールウッド氏が泥だらけで駆け込んできて、彼の土地が盗まれると相談してきたのだ。話を整理するのに1時間、必要な代筆に30分。カークウッド氏が涙ながらに感謝を述べること20分。


 その後が怒涛だった。

 3つ通りを隔てた向こうに店を構えている、仕立て屋のエッジコット夫人が駆け込んできて、仕立てで法外な賠償金を求められたと涙ながらに駆け込んできた。その後は、帽子屋、靴屋、八百屋、パン屋、エトセトラ、エトセトラ。


 繁盛していても、必要な手紙を出さなければ仕事としては完結しない。

 

 鞄をつかんで、かきあげた手紙を重ねてリボンで包み、丁寧にカバンに入れた。すぐに店に鍵をかけて飛び出した。通りを飛ぶように走る。


 馬車を用意するより、走った方が早い距離に目的の場所があるのだ。


 それは、代筆屋の7軒隣にあるジーン・ハット子爵令嬢の鳩郵便屋だ。


 緑豊かな広大な敷地を誇るハット子爵の屋敷の門の前に、一人娘のジーン子爵令嬢が鳩郵便屋を掲げて4年。鳩郵便は早くて確実だという評判で非常に繁盛している。


 ルーシャスの書いた手紙は全てこのジーン・ハット子爵令嬢の鳩郵便屋の看板の下を通り、目的地に確実に配達されていた。鳩によって。



 心臓がドキドキしてきた。

 オークスドン子爵家の洗濯担当のマーサがきっちりノリをしてアイロンをかけてくれたシャツに汗が滲む。


「間に合わないかもしれない!」


 頼む。ジーン令嬢はまだいてくれるだろうかっ!?


 カランコロン。

 ドアベルの音が響いて、鳩郵便屋のドアが開いた。

 

 ほっとしたルーシャスは胸の鼓動を抑えながら、目の前に置かれたベルを押した。


 チリチリチリン。


 美しい音色を立てるベルにほっとする。

「はーい!ちょっと待ってくださーい」


 ジーン子爵令嬢の落ち着いた声が耳に心地良い。


 ルーシャスはへたり込みそうなほど、安堵した。

 今日、駆け込んできた人たちの手紙は、どれもこれも急ぎの手紙ばかりだった。


「あら、ルーシャスさん、随分急いできたのですね。息が乱れていますよ。まだ閉店には少し時間があるので大丈夫ですわ。一息ついて行かれたらよろしいですわ。今、お茶をお持ちしますね」


「やあ、ジーンさん、ありがとう!今日の分はとても多いんだ。なぜか朝から急ぎの依頼が途切れなくてね」


 輝くようなブルーの瞳を持つ、ジーンがやってきた。彼女の長い豊かな髪の毛は無造作に頭の上で止められていて、子爵令嬢の雰囲気はゼロだ。帽子とマントのような体を包み込むような服を着て、鳩の世話をするからだとルーシャスは知っている。


 鳩の毛や鳩にまつわる色んなものがつかないように工夫しているのだそうだ。彼女のもう一つの仕事が、ドレスの縫製だからだ。

 

 鳩郵便屋から鳩が飛ぶのは1時間に1回。準備に15分かけて、残りの45分は縫製の仕事をしているらしい。鳩郵便が飛ぶのは朝9時が最初で、夕方の5時の便が最終だ。

 

 鳩の世話をしなくても良い時間は、ひたすら縫い物をしているのよ、とジーンは教えてくれていた。鳩郵便の隣に店を出しているジーン・ハットの子爵令嬢の仕立て屋もよく繁盛していた。


「まだ最終まで時間がありますわ。えーっと、こちらが緊急で、こちらの束がいつもの恋文の代筆ですね……」


 ジーンの器用な手がルーシャスの手紙を素早くチェックして行く。


「カークウッド氏の代筆とエッジコット夫人の代筆、帽子屋さん、靴屋さん……」


 ジーンの手が止まった。


「ルーシャスさん、私はこの急ぎの事件の真相が分かるかもしれませんっ!」


 目をキラキラと輝かせて、魔法の鳩郵便屋を開くジーン・ハット子爵令嬢は、意気込んでルーシャスに早口に言った。


「えっ!?事件の真相?」


 ルーシャスは突然身を乗り出してきたジーンにたじろいだ。それに構わずに、ジーンはトランプを並べるようにルーシャスが代筆した差出人が書かれた封筒を綺麗に手際良く並べた。


「いいですか?今日、朝一番に誰がここに駆け込んできたと思いますか?」

「いや……分からないですけど……」


 指をノンノンと振って見せて、もったいぶってジーンが嬉しそうにルーシャスに囁いた。

 

「デイビス公爵、ご本人ですわ」

「……話の流れが分からないんですが……」


 戸惑うルーシャスに満面の笑みを浮かべてジーンはイタズラっぽく笑った。


「デイビス公爵が緊急の舞踏会を開くのですわ。500マイルも先の公爵家や伯爵家に一気に配達しましたわ。きっと、オークスドン子爵家にも今頃招待状が届いておりますわ」


「それは分かりましたけど、どう繋がります!僕には事件が発生しているとは」

「まぁ、ルーシャスさんはせっかちですわね、ここからですわ」


 ジーンは生き生きとした瞳で名探偵のように鼻の下を得意げにこすって、ルーシャスに聞きなさいと言った風に手をひらひらさせた。


「なぜ急に舞踏会の開催が必要になったと思います?」

「さあ?」


 グッと声をひそめて、ジーンは目を輝かせて語った。


「恋ですわ」

「え?」

「デイビス公爵家には末娘のメアリー嬢がいます。オックスフォードのエクスターカレッジから戻ってきた、ローズ公爵家のジェームスに夢中なのですわ。私は今メアリー嬢からの特注でドレスを仕立てているところですの」


 ルーシャスは居心地のいい鳩郵便局の店舗の中で、ワイシャツの首の辺りを引っ張った。ジーンさんはとても魅力的な女性だ。だが、今日の彼女の話はまるで話が見えない。


「ジーンさん、まだ話が見えないのですが」

「それが、ジェームスさんには元より恋人がいまして」

「え!?」

「横恋慕ですか?」


 ルーシャスも話にグッと引き込まれた。これは何か頭の片隅で良くないことが起きているかもと警告のようなものが鳴った。


「そうなのですわ。可哀想なメアリー!でも……メアリーはどうしてもジェームスを奪う気なのですわ。彼女の父親のデイビス公爵に、恋人からジェームスさんをうばように頼んだと話していましたのよ。採寸の時にメアリー本人から直接聞きましたの。これは事件が起きて、それに巻き込まれているルーシャスさんだけに話しています」

「……すごいですね……ただ、まだ事件の概要が見えないのですが……」


 ルーシャスは大変な話だと思いながら、時計をチラッと確認した。まだ、鳩郵便局の最終便までは5分ある。


 ジーンは細かい作業が得意なのだそうだ。ジーンのところの鳩はフンをする場所をわきまえていて、とても清潔だという評判だ。ちょっとした魔力が使われているらしいと噂で聞いた。ジーン・ハット子爵令嬢の鳩郵便局に、どうしても自分の依頼された仕事のものはお願いしたいという気持ちが強い。


 辛抱強くジーン子爵令嬢の話を聞こうとルーシャスは思った。



「それがですね、ローズ公爵の一人息子のジェームスのお相手でございますが商家の娘に恋をしておりまして」

「おぉ……?」


 ――なぜ今まで気づかなかったんだろう!

 ――ジェームス・ローズ公爵子息は私のクライアントだ!


  ルーシャスはハッとして飛び上がった。


「はい、あなたは代筆しましたね?」

「はい!つい3日前に私は彼の代筆をいたしました!記憶が蘇りましたよっ!」



 先日お忍びで訪ねてきた貴族の若者は、商家の娘に恋をしており、ルーシャスは手紙を代筆して、その手紙をジーン・ハット子爵令嬢の鳩郵便屋に配達してもらった。それが3日前。


「差出人にジェームス・ローズのお名前が書かれた手紙をあなたがこの店に持ち込んだのが3日前。ジェームス・ローズに恋をして仕方がないからデイビス公爵である父に頼み込んで舞踏会を開催することになったから、ドレスを急に仕立てて欲しいとメアリー・デイビス嬢が言ってきたのが昨日。今日は500マイル先まで舞踏会の案内状の発送をデイビス公爵が依頼してきました。娘のメアリーの婚約発表をしたいからだそうですよ。奇妙な展開でしょう?」


「うわっまずいっ!」

「そうなのです……波乱の予感しかしないでしょう?」

「はい」


「カークウッドの長女はオーロラ嬢です」

「オーロラ・カークウッド嬢!そうです!なぜ今日気づかなかったんだろう。私は確かに3日雨にジェームス・ローズさんの代筆でオーロラ・カークウッドさんに手紙を出しました。だから、泥だらけでカークウッドさんが店に転がるように入ってきて名乗った時に、なんだか聞き覚えがある名前だなと思ったのです」

 

 ルーシャスは考え込んだ。


「カークウッド氏の土地が盗まれたのは、権利詐欺のようなもので、昨日買った土地が、実は別の人の土地だった。だが、彼は店も何もかも抵当に入れてお金を用意してその土地を買った。その土地は、元々デイビス公爵家の土地だったというのです。土地が手に入らないのに、お金が戻ってこない」


 ルーシャスは黙り込んだ。


「エッジスコット夫人は、とある令嬢のために仕立てたドレスのデザイン侵害を主張されて、法外な違約金を要求された。ドレスを作らないとすれば、争わないと言われたそうだ。ただ、今後二度ととある令嬢のために作らないとしなければ、店への注文に影響が出るぞと脅されたと」


「そのドレスは誰のためのドレスだったかと言うと……」

「オーロラ・カークウッド嬢のためのドレス!」


 ルーシャスの言葉に、ジーンが答えた。

 2人とも黙って顔を見合わせた。


「これは……」

「我々は、デイビス公爵がお金の力で、無理やり恋人たちを裂こうとしている騒ぎに巻き込まれていますね」


 それは自分の理念に反すると、ルーシャスは内心思った。ジーンの顔を見つめた。ジーンも同意見だというように力強くうなずいた。


「私の理念に反しますわ。富を持つ者がやって良い振る舞いではございません。罪もない商家のカークウッド氏、エッジスコット夫人、帽子屋、靴屋、みなさん急にとんでもない詐欺や法外なふっかけに遭遇していますわ。こんなことを仕掛けるデイビス公爵には我慢がなりませんわ」


 ジーンの言葉はルーシャスの気持ちを代弁した。


「我々がまず取るべき行動は、ローズ公爵に事情を話すことと、オーロラ・カークウッド嬢の気持ちの確認ですね」


 ルーシャスは声を振り絞るように言った。


 ――そうだ、そもそもオーロラ嬢は恋人であるジェームス・ローズ伯爵家子息をどう思っているのだろうか。それを確かめるべきだ。


 それによって、必要な行動が変わる。

 

「私は心当たりが一つあります。今日、うちの鳩が運んだ舞踏会の招待状ですが、一つだけ、不思議な招待状がございました。カークウッド氏は大きな事業を展開しつつある商家ですわ。そのライバルのモンタギュー家宛の招待状があったのでございますわ。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵に混ざって、唯一の商家への招待状でございますわ」


 ルーシャスは、ジーン・ハット子爵令嬢のイキイキとした表情を見つめた。


「つまり、カークウッド氏の失脚を目論むモンタギュー家も一役買っている可能性があると……?」


 ルーシャスの言葉に、ジーンは頷いた。


「今日の手紙の最終便は夜の7時にしますわ」

「えっ!暗くなると、鳩は飛べないですよね?」


 ルーシャスはびっくりして聞き返した。


「うちの鳩は特別でございますわ。夜に魔力で飛べる特別な者たちがおりますので、ご安心ください。では、すぐに出かけましょう!まずは、オーロラ・カークウッド嬢のところへ。それから、ローズ公爵家を訪ねましょう。善は急げですわ!」


 ルーシャスが面食らっているうちに、ジーン・ハット子爵令嬢は素早く店じまいの準備をテキパキと始めた。


 表のドアに「Closed」の札を飾り、ルーシャスの持ち込んだ手紙のうち、事件に関係ないと思われる手紙を素早くよりわけて、足早に店の奥に引っ込んだ。


 窓の外から鳩が数匹飛び立ったのがルーシャスの目に見えた。


 頭に頭巾を被ったまま戻ってきたジーン・ハット子爵令嬢は、呆然としているルーシャスにニコリと微笑んだ。


「さあ、隣町のカークウッド氏のところまで行きましょう!」


 ルーシャスは慌ててうなずいた。


 ――まずは、オーロラ・カークウッド嬢の気持ちがどこにあるのか確認しよう。そうでなければ、自分も今晩は気になって眠れないだろう。


 公爵家の子息であるジェームス・ローズ氏の恋文の代筆をしたが、本来、代筆は想いがまだ届いていない相手にするものだ。とっくに恋人として成立しているならば、本来、代筆屋に駆け込む必要などないはずなのだ。


 つまりは……盛り上がっているのは、ジェームス本人だけで、相手のオーロラ嬢は相手にもしていない可能性だってある。そうなれば、事件は早期に解決できる。デイビス公爵家は嫌がらせする必要などないのだ。


 

 ――クライアントであるジェームスのためには、オーロラ嬢がジェームスの気持ちと同じであって欲しいが、カークウッド氏の気持ちを考えると、どっちが良いのだろう?これは本当に分からない問題だ……。


 鳩郵便屋のお店の鍵を閉めて、戸締りを済ませたジーン・ハット子爵令嬢は、はたと自分の前を歩くルーシャスを呼び止めた。


「ルーシャスさんの馬車で行きますか?うちの馬車も出せますが」

 

 ルーシャスはジーンを振り返り、微笑んだ。


「私の馬車を出しますよ。毎日ここまで自分で乗ってきているから、隣町なんて何のことはないです。あなたの家の御者さんの手を煩わせる必要はないです」


 こうして、綺麗な赤い夕陽に照らされた夕暮れの街並を2人は馬車を引く御者台に座って進んだ。後ろの馬車は空っぽだ。ジーン・ハット嬢も御者台に一緒に座ることを希望したからだ。


「うわぁ、綺麗!」


 夕日が空から降ってきそうな夕暮れの風景にジーンは感嘆の声を上げた。


「でしょう?馬車の中に座っていたら味わえない感動がここだと味わえるのです。毎日、雨の日も晴れの日も雪の日も、私は御者台に座って、自然の恵みを感じるのですよ」


 オークスドン・ルーシャスの言葉に心からうなずいたジーン・ハット子爵令嬢は心の底から微笑みが湧き上がるのを感じて、嬉しかった。


 彼女もまた、お見合いをことごとく断っている変わり者だ。


 だが、すぐ近くに、自分と同じ考えの子爵の出身の者がいて、近い感覚を持っていることに驚いてもいた。


 馬車は隣町まで大急ぎで進み、有名なウエストウッド氏の家まで到着した。彼の商売は繁盛しており、門構えも立派な家だった。


 門番に名前を告げると、すぐさま中に馬車ごと入れてくれた。転がるように母屋の方からウエストウッド氏が走ってきた。


「オークスドン子爵さまっ!いかがなされましたかっ!?」


 馬車を停めて、御者台から降りたルーシャスは、帽子を礼儀正しく挨拶をすると、ジーン・ハット子爵令嬢をすぐにウエストウッド氏に紹介した。


「おぉ、鳩郵便屋の!お噂はかねがねお聞きしております!」 


「突然の訪問をお許しください。実は、オーロラ嬢に少し話をお伺いしたいことがございましてまいりました」


「あっ!実は、あなたの代筆された娘宛の手紙で、私はあなたに相談したいと思った次第でした。娘は今、ピアノを弾いております。客間にご案内いたします」


 赤い夕暮れの中、立派な庭園を通り抜けて、母屋の建物に案内されたルーシャスとジーンは、執事とウエストウッド氏に客間に案内された。


「この家も土地も抵当に?」

 

 ルーシャスはこっそりウエストウッド氏に耳打ちした。

 苦虫を噛み潰したような顔になったウエストウッド氏は力無くうなずいた。


「私としたことが……」

「いえいえ、まだ挽回のチャンスはあると思いますので」 


「そうなんですかっ!?」

「まずはお嬢様のお話をお聞きしたいのです」


 そこに、目を赤く泣き腫らしたオーロラ嬢がおずおずと部屋をノックして入ってきた。


 褐色の髪に薄くそばかすが散った頬、薔薇色の頬だが、目の周りも薄く赤く染まっている。瞳の色はブラウンだ。個性的な魅力がある。


「私にご用だとお伺いしました」

「初めまして。突然申し訳ございません。私はオークスドン・ルーシャスと申します。そしてこちらがジーン・ハット子爵令嬢です」


「まぁっ!あなたがジェームスの手紙を代筆されましたよね」

「はい。今日は実はあなたの気持ちを確かめにまいったのです」


 ルーシャスの隣でジーンが力強く励ますようにうなずいた。


 みるみる涙を溢れさせたオーロラ嬢は、嗚咽を漏らしながら、小さな掠れ声で話し始めた。


「私もジェームス様と気持ちは同じなのでございます!ただ……エッジコット夫人の仕立て屋に依頼したドレスのことで、訴えられたとか。また、父は事業に失敗しそうです……ジェームス様にご迷惑がかかるのではないかと思い、私は身を引くしかないと……」


 涙ながらにボソボソと話すオーロラ嬢は、ハンカチを握りしめて、肩が細かく震えていた。


「わかりました。これから、ローズ公爵家に参りましょう」

「えっ!?」

 

 泣いているオーロラ嬢は驚いた表情になり、ジーンとルーシャスの顔を交互に見た。


「大丈夫ですわ。ルーシャスはジェームスさんの心の代筆をされたのですわ。書かれてあったことは、ジェームスさんのご本心です」

「失礼ですが、このことをお父様にはお話しされましたか?」


 ルーシャスの質問に、オーロラ嬢は首を振った。


「父には……代筆のお手紙をいただいて、とても素敵なお手紙だったとは話しましたが、相手の方について、詳しくは話しておりません。まさかジェームス・ローズさんがあのローズ公爵家のご子息と同一人物だとは父も思っていないと思います」


 力無くボソボソと話すオーロラ嬢に、メイドが持ってきたお茶とクッキーを、ジーンはテキパキとすすめて、自分も元気よくいただいた。


「さあ、ルーシャスさん、面白くなってきましたよ!」

「えぇ。そうですね。ローズ公爵家にお邪魔する前に、私もお茶とクッキーをいただきます。お父上にも召し上がっていただき、皆で出陣ですね」


 ルーシャスの言葉にジーンもニコッと微笑んだ。

 もはや、この2人は同士のような気持ちになっていた。




 事情をルーシャスとジーンから説明されたウエストウッド氏は驚愕して、娘のオーロラ嬢とルーシャス、ジーンの顔を交互に穴が開くほど見つめた。


「なんと!ローズ公爵家のジェームズ様からの恋文だったのですか?私はてっきり……手紙をもらって娘が非常に喜んでいたのが分かったのですが、すぐに私の問題が発覚しまして、それどころではなくなっておりました……」


「はい、おそらく、ローズ公爵家のジェームス様がオーロラ嬢を恋人だと公言したことが、あなたの土地問題の発端だと思われます。ただし、まだ推測の域を出ません」


 ルーシャスが静かにウエストウッド氏に告げた。


 その瞬間のウエストウッド氏はポカンとした。話のつながりが見えないのだろう。


「私たちの推測が合っているのかどうかを、これから一緒に確認しに行きませんか。行き先は、ジェームスさんのところです」

「ローズ公爵家にですか?」


 ウエストウッド氏は青ざめて身震いしたが、しばらくオーロラ嬢の泣き腫らした顔を見つめて、覚悟を決めたように静かにうなずいた。



「行きましょう。善は急げですから」

「はい、善は急げです!」


 さっきまで夕暮れの赤く染まる美しい空が広がっていたのが、一番星と二番星が輝く空に変わっていた。


 こうして、ルーシャスの御者を務める馬車にジーン・ハット子爵令嬢、オーロラ嬢、ウエストウッド氏が乗り込んだ。一行は口数が少なく、押し黙っていた。オーロラ嬢は手が白くなるほどに両手をきつく握りしめていたし、ウエストウッド氏は緊張のあまりに気持ち悪くなったような青ざめた表情をしていた。


 ジーンは深呼吸をして、来るべき勝負に備えようとしているかのようだった。一人、ルーシャスはリラックスして御者を務めていた。彼は数々の手紙の代筆を行うことで、困難なトラブルに巻き込まれた人に何度も遭遇していたのだ。


 自分が力んでも仕方がないとルーシャスはよく分かっていた。


 ローズ公爵家はウエストウッド氏の邸宅から近かった。屋敷が近所だから、ジェームス・ローズ公爵子息がオーロラ嬢を見初めるチャンスがあったのだろう。


 門番には、ジェームス様に先日依頼いただいた代筆の件で訪問したと伝えると、すぐに門が開いて敷地内に通された。


 待ちきれずに、ジェームスが走ってルーシャスの馬車を迎えにやってくるのが星明かりの元で見えた。


「ルーシャス殿、どうされましたかっ!?」

 

 頬を期待に赤く染めた、ジェームスが駆け寄ってくると、ルーシャスは馬車を停めた。すぐに御者台から降りて、さっと馬車の扉を開けて、オーロラ嬢が降りるのに手を貸したのだ。


「オーロラ!」

「ジェームス様!」


 若い2人は、涙を浮かべて手を取り合った。言葉は不要なようだ。


 その様子を馬車の中から、じっと見つめていたウエストウッド氏は腹を括った様子で頷いた。ジーンがウエストウッド氏をうながして、彼は馬車からようやく降りた。そして、娘と手を取り合うジェームスに声をかけたのだ。


「初めまして。オーロラの父です」

「おぉ、お義父様っ!先にお嬢様に私の恋心を打ちあけてしまい、大変失礼いたしました。あの……お嬢様に結婚を申し込みたいのです!」


 ジェームス・ローズは率直な若者のようだ。だが、問題はまだこれからだ。


「ジェームスさん、私はあなたの気持ちを代筆しました。そこにはあなたのお父様にこの件をお話ししたかどうかが触れられていなかったのですが、あなたの父様はどうなのでしょうか」


 ルーシャスが肝心なところに踏み込み、ジーンは満足そうにうなずいた。そうだ。


 そこが肝心なポイントだ。


「父を説得できました!みなさん、こちらへいらしてください」


 


 この後は割愛しよう。

 父を根気強く説得し続けること4年もかかったそうだ。そもそも、それほどオーロラ嬢と結婚したいならと大学行きも父に通告されてジェームスは進学し、卒業しても気持ちが変わらないとして、父を説得したらしい。見上げた根性だ。


 ここから先は、ウエストウッド氏、ローズ公爵、ジーン・ハット子爵令嬢、オークスドン・子爵令嬢の間で内密に話が進められた。


 モンタギュー家はローズ公爵家と取引があり、卑怯な真似をするなら取引停止すると通告された。即座にエッジコット夫人への賠償請求は取り下げられたし、エッジコット夫人が仕立てていたオーロラ嬢のドレスは大急ぎで仕上がった。


 ウエストウッド氏が銀行に屋敷や土地を抵当に入れて借りたお金も含めて、すぐさま返金された。デイビス公爵の土地などなくても本来十分にやっていけるウエストウッド氏は、騙された土地譲渡の話を白紙に戻すことができ、費用も戻ってきた。


 オーロラ嬢の注文の品を作っていた帽子屋も靴屋も然り。嫌がらせは綺麗に止まった。


 モンタギュー家はオーロラ嬢とウエストウッド氏に招待状を譲った。それは密かにジーン・ハット子爵令嬢が暗躍した。モンタギュー家はローズ家だけでなく、ハット子爵家と取引があり、父であるハット子爵にジーンはモンタギュー家の悪事をささやいたらしい。


 そして、少しばかり代筆屋のルーシャスが招待状のレタリングをいじったのは、ここでは控えよう。


 


 さて、デイビス公爵家の舞踏会の当日、オークスドン子爵とジーン・ハット子爵令嬢は連れ立って参加した。美しく着飾ったジーン・ハット子爵令嬢に、不覚にもドギマギしたルーシャスは、緊張のあまりにワインを少々飲みすぎた。


 次から次に来賓の貴族たちが舞踏会場に姿を現す中、ついにローズ公爵とその子息のジェームスが姿を現した。そして、ジェームスがうやうやしくエスコートしていたのは、エッジコット夫人の完璧に仕立てあげた美しいドレスを身に纏ったオーロラ嬢だったのだ。


 彼女の内面から光り輝くような幸せのオーラで、周囲の者たちはため息をついた。


「我が息子ジェームスが婚約をしたオーロラ・ウエストウッド嬢をご紹介したい」


 ローズ公爵は次から次に様々な貴族たちに紹介して回った。ローズ公爵が連れ歩く2人は招待されていないと言えないデイビス公爵は、真っ青な顔で壁の隅に突っ立っていた。その横には、母親に慰められる泣き崩れるメアリー嬢がいた。もちろん、ジーン・ハット嬢のドレスは完璧だった。



 魔法の鳩郵便屋の2羽の鳩が舞踏会城に舞い降りたのはその時だ。

 

 デイビス公爵の元に1通、メアリー嬢の元に2通だ。


 デイビス公爵の元にはローズ公爵からの「あくどい真似をする者とは今後一切付き合えない」という趣旨の最終通告のような手紙。



 メアリー嬢の元へは、ルーシャスが代筆したオーロラ嬢からの手紙と、ルーシャスが代筆したメアリーの可愛らしさ・美しさを讃えるジーン・ハット子爵令嬢からの手紙だ。


 1通には、素直に愛するジェームスを4年も待ち続けたオーロラ嬢の思いが記され、もう1通には、素晴らしい恋はきっとあなたの元にも訪れるからと、慰める手紙だ。


 本人が書くと伝わらない思いを、ルーシャス・オークスドン子爵が言葉を紡ぐと、的確に相手の心に届くと言われる代筆屋の本領発揮がされた、かどうかは分からない。


 ただ一つ言えることは。

 翌年、スノードロップが雪の下から姿を見せる頃までには、メアリー嬢も含めて皆が幸せになったということだ。メアリー嬢が幸せなら、デイビス公爵もあくどい真似を反省する心の余裕も出て、きちんとウエストウッド氏とローズ公爵に謝罪したそうだ。



 あのデイビス公爵家の煌びやかな舞踏会の夜、ワインを飲みすぎて少し酔ったルーシャスが、ジーンに「あなたと一緒なら常に楽しい」と告白した。

 ジーンは真っ赤になって、小さくうなずいた。




 今日も、代筆屋の店を閉めて、鳩郵便屋まで飛ぶように走るルーシャスの姿が確認できる。


 カランコロンと鐘が鳴り、「はーい!」というジーン・ハット子爵令嬢の落ち着いた声が聞こえてくる。


 ルーシャス・オークスドン子爵の代筆屋とジーン・ハット子爵令嬢の魔法の鳩郵便屋。その隣のジーン・ハット子爵令嬢の仕立て屋は、今日も大繁盛のようだ。


 2人が巻き込まれる事件は、時々起きているが、それも含めて楽しい毎日を送っているようだ。


 



   

         完





お読みいただきまして、本当にありがとうございました!



     

       




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