冬の晴れた日に

彩霞

冬の晴れた日に

 師走しわすの寒空の下、俺とゆうは、下宿屋の近所にある公園のベンチに座っていた。寒いといえば寒いが、雪は降っていないし昼過ぎということもあって、太陽の光に当たっている分には暖かい。


「振られたぁ……辛い……」


 祐は情けない声で呟いた。公園に俺たち以外いないというのもあったのだろう。彼は本音を吐露とろしたようだった。


「振られたっていっても、まだ告白もしてないじゃないか」

 俺が白い息をはきながら言うと、

「でも、あれを見たら振られたのも同然だろ」

 と、祐は言う。


 祐は高校が休みである土曜日の今日、好きな人に告白するつもりでいたのだ。


 クリスマスまであと一週間。告白してOKをもらえたなら、その日をその人と一緒に過ごすことができる――と淡い期待を抱き、一所懸命に選んだ訪問用のお菓子を持って、好きな人のアパート前まで行ったそうだ。だがちょうどそのとき、祐の思い人が見知らぬ男と部屋に入ったのを見てしまったという。


 その現実が、祐から「告白する」という勇気さえも奪ってしまったようで、俺は宿題をしている最中に愚痴聞き要員としてここに呼び出され、今まさに話を聞かされていた。


「男の人と一緒に自分の部屋の中に入って行くところを見たからって、その人と付き合っているわけじゃないと思うけど」

 

 落ち込んでいる祐を元気づけようと、恋愛経験ゼロの俺が精一杯の言葉を言う。すると彼は綺麗な顔をしかめっ面にし、俺をじろりと見て「お前は馬鹿か」と言った。


「独身の女性が、自分の部屋に何でもない男を入れるか? 防犯上普通入れないだろう。節操せっそうのない女なら分からないが、桜さんがそんな人なわけない」


「桜さん」とは祐の思い人であり、俺の従姉いとこ。そして俺と祐が使っている下宿屋の管理人でもある。彼女は別のアパートで生活しており、祐はそこに行って告白するつもりだったのだ。


「節操のない女って……」

「いるだろ。とっかえひっかえ男と寝る奴」

「そう、なんだ……? 祐、詳しいな」

「詳しいんじゃなくて、社会の常識だろ」


 社会の常識なのか、それ。

 俺は祐のとげのある言葉に首を傾げつつも、桜ちゃんの姿を思い浮かべる。ふっくらとした顔立ちに、天然な雰囲気をまとった彼女は今年で二十三歳。父親と共に下宿屋の管理人をしながら、銀行の正社員としても働いている。真面目で、六歳年下の俺に対しても子どものころから変わらず優しい。それを考えると、確かにとっかえひっかえ男とは寝ないような気がする、とだけ思った。


「だから、桜さんが部屋に入れたのなら親しい仲なんだろう……。ああ……」


 祐が薄手の手袋をはめた両手で顔をおおい、ため息をつく。


「どうした?」

「自分で言って、さらに自信無くなった。あんなに筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの人が桜さんの好みだったら、俺は絶対に敵わない……」


 祐はそう言って腰を折ると、苦しそうに泣いた。黒い髪の間からは、緑色のタータンチェックのマフラーが見える。


「筋骨隆々ねぇ……」


 俺は桜ちゃんがどういう人を部屋に招き入れたのかが分からないし、従姉とはいえ彼女の好みも知らないので、何と言ったらいいのか分からない。


「……」


 言葉にできないなら、肩を抱いてなぐさめることも考えた。だが祐に対してはできなかった。


 俺は祐のキャメルカラーのダッフルコートを着た背中を見たあと、どうしたもんかな、と薄い青い色をした冬の空を見上げて思う。


 祐は男だ。だが、学校へ行くとき以外はいつも女の姿になる。今も黒いロングヘアーのウィッグを付け、顔には軽く化粧をしていた。コートのすそからは黒い長いスカートが見え、さらに視線を下へ向けると短めのかわのブーツをいている。

 彼が女の姿になるのはある事情があり、彼自身辞めようと思いつつも手放せない「自分」がいるせいで、中々それができないでいるのだ。


 そんな祐を見て、「そのままの祐くんで良いと思うよ」と初めて言ってくれたのが、桜ちゃんだったらしい。それ以来、祐は桜ちゃんに恋をしている。


 俺は、はあっ、と白い息を吐きだすと、努めて明るい声で言った。


「祐、とりあえず帰ろうぜ」

「……」


 祐が反応しないので、彼の左肩をぽんと叩く。男にしては薄い肩だった。


「ほら、帰ろう。それともずっとここにいるつもりか?」


 すると彼はゆっくりと顔を上げる。どこかうれいのある、しかしそれがどうも魅力的に見えてしまう美しい顔が涙にれていた。

 俺は祐の肩を叩いた手を、スカジャンのポケットに突っ込む。そこにはハンカチが入っていたが、俺はただそれを握りしめ祐の答えを待っていた。

 彼は少し考えたあと、涙を指でぬぐって小さく呟く。


「……分かった。帰る」


 祐はズビッ、と鼻をすする。そしてバッグと桜ちゃんにあげるはずだったお菓子の袋を持ってベンチから立ち上がると、俺の顔をじっと見た。


「うん? どうした?」

「いや。紘彰ひろあきがいてくれて良かったなって思って。話、聞いてくれてありがとう」


 俺は祐がお礼を言うと思っていなかったので、俺はちょっと驚いたように目を大きく開けたあと、すぐにいつも通りの笑顔を向けた。


「どういたしまして」


 すると祐がつられて柔らかく笑う。まるで冬の中に差し込む暖かい日の光のようで、俺は「こう笑っていたほうが絶対にいいのにな」と思った。


「さ、帰ろう」


「うん」


 俺はポケットに手を突っ込んだままではあったが、ハンカチから手を離すと、祐との間に人一人分の距離を空けて並び下宿屋へと帰るのだった。


(おしまい)

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