君の声が聞こえなくても
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君の声が聞こえなくても
とある二年後。僕は二十歳になった。十八歳の時、探偵社に入り、色々なことがあったが今は落ち着いている。勿論、屡々物騒なことが起こるが、昔の僕ではない。
あっという間に解決して探偵社に帰る。
今日も久しぶりの浮気調査の依頼を終えて帰路に着く。本当は直帰したいのだが、一応、秋山さんに報告を入れるために探偵社に寄って帰る。
少し早く終わったので少し散歩しながら帰った。残暑が残る季節だが、夕暮れになると涼しい。真っ青な空が一転して茜色に染まる。この時間が僕はちょっぴり違う世界にいるようで好きだ。
ゆっくり歩きながら探偵社に戻る。
何人かまだ残ってた人が挨拶をしてくれるので、僕は軽く頭を下げてただいま戻りましたと返す。
サッと報告を秋山さんにして荷物をまとめる。
「斗南くん。ちょっといいかい?」
「なんですか?細田さん」
朝からいなかった筈の細田さんから声をかけられたので少し驚く。なんたって、今でも変わらないサボり魔で多趣味である細田さんは一度外へ出ていってしまうと戻ってこない。何故なら戻ると秋山さんの声が探偵社に響くからだ。
「ちょぉーっとお願いがあるんだよ。斗南くんにしか頼めない」
「はあ…?」
生返事を返したが、まあ先輩である細田さんの頼みだし仕方ないし僕はもう立派な探偵社員だし“しか”という強調言葉になんて決してつられているわけではないのだ。
僕はとりあえず喜多ちゃんに連絡を入れて細田さんについて行く。
ーーーーーーー
そして連れてこられたのは京橋から少し離れた田舎とも都会とも言い難い、悪くいえば微妙な、良くいえばとても住みやすそうな場所へ連れてこられた。
移動だけで時間を取られもうすっかり日が暮れていた。移動中、細田さんは何も説明はしてくれなかった。聞こうとしたにはしたのだが彼は決まって一言。
「着いてからのお楽しみ」
三回目辺りから聞くのをやめた。
途中、近くのスーパーでお弁当を3つと汁粉のゼリーを買った。お弁当二つは僕と細田さんだけどあと一つは一体誰のものだろうか。
どうせ聞いても教えてくれない。僕はそっとお買い物カゴの中に茶漬けの素を入れた。
そこから歩いて十分もかからないぐらい。着いたのは大きな武家屋敷のような一軒家。ここに何があるのか、とゆうかこんな立派なお家に突然連れてこられたが何か粗相をしないか心配だ。とりあえず身なりを整える。すると細田さんが隣で笑うので少しムカついた。
細田さんは何の迷いもなくドアを叩く。
「おーい。開けてくれたまえー」
「ちょっと!細田さんそんなに叩いたら家の方にご迷惑を」
細田さんがこの家に何回も来ているのは確定として、毎回この入り方だと相手の方に申し訳なく思う。いい歳した大人が礼儀作法を無視しているのだから。先程のスーパーでも良かったから何かお詫びの品を買っておけば、と後悔していると引き戸が開く。
「うっせえぞ糞細田。てめえは静かにできねえのか」
まさかのドアを開けたのは上野文也だった。僕は驚きのあまり声が出ない。
イーストマフィア。
イーストマフィアと探偵社は昔から良い関係では無い。利害が一致したのみ互いを利用し合う
キョウバシの裏の顔に所属する彼が何故こんな場所にいるのかという疑問もあるが、わざわざ僕を呼んで会いに来たのが文也さんだなんて、僕はどうしたらいいか分からない。
「まあまあお腹空いたし上がらせてもらうよぉ」
「糞鰯が」
どうしたらいいかわからず、親においていかれた子どものように立ち尽くしていると文也さんが上がれという合図をしてくれた。なので、一言お邪魔しますと声をかけて玄関へ入る。
二人に着いて行くが正直真っ直ぐ前を見ていない。こんな立派な家に入ることなどそうそうないので見てはダメだと思いつつ、どうしても右も左もと見渡してしまう。
歩く度に木の音がなる綺麗な廊下に襖に描かれた豪勢な絵、そしてなんと言っても畳の匂いがどこか懐かしい気分にしてくれる。
二人が一番奥の部屋まで来て立ち止まる。ここに何かあるのかわからず二人に合わせる。細田さんが襖を開ける。
「やあ元気にしてた?」
「…お前一応部屋入る前には声かけろよな」
細田さん、文也さんの後に続いて部屋に入る。十畳ぐらいの部屋の広さに異質なベット。その上に居たのは紛れもないあの人だった。
「コホッ…細田さん…と……」
その人は細田さんを見た後、僕に気づいたのか目を見開く。僕だって驚いた。
その人とは昔、何度も共闘をした。しかし半年以上前から急に任務を一緒にすることは無くなった。今まで探偵社とポートマフィアが利害が一致した時の情報交換用資料の受け渡しさえもその人は現れなくなった。
僕としては憎き相手に会わなくて良いので気にしないようにしていたが、内心では気になっていた。しかし、全てが終わった今でも敵は敵だし、わざわざ聞くというのもとおかしな話で後回し後回しにしていたのだ。
それが今僕の目の前にいる。
少し髪の毛が伸びたように思える。そして元より細かった体はよりいっとう華奢に見える。
「お前…なんで?」
「まあまあ話は後々、とりあえずご飯にしよう。文也、お茶よろしく」
「あ?てめえで入れろ」
「僕が入れてきますよ!」
何かが勃発しそうだったので率先して僕がその場を立つ。正直、その人と同じ場所に居られなかった。そして先程見かけた台所へ向かう。
棚を漁り湯のみを四つを見つけ出した。さて次はお湯と茶葉と、ここで気づくが初めて来た家でお茶を入れるなんてなんて無謀なことをしたのかと後悔した。
これではいつまでたっても部屋に戻れない。
仕方が無いので一度戻りお茶っ葉の場所を聞こうとしたが、その前に文也さんが台所へ入ってきた。
「探偵社の白猫、お前どこに何があるのか知らねえだろ」
「恥ずかしながら…」
文也さんは慣れた手つきでお湯を沸かし、棚からお茶っ葉を出す。そして急須に入れ煎じる。
「すまねえな」
「え?何がですか?」
「細田からなんも聞いてねえのか?」
「はい…」
「何となく予想はしてた。が、幾らなんでも少しは説明しといてやれよな…」
「僕にしかできない任務…としか聞いてませんね」
「それはそうだが…まあ勿体ぶってもしゃあねえ。簡単に言っちまえば、ここであいつの面倒を見ろ」
そこまで話すと文也さんはお茶の入った湯呑みと匙をお盆に乗せ台所を出ていってしまった。
思考がやっと動かしてきたところで急いで部屋に向かう。
僕と文也さんが部屋に入った時には既に細田さんはお弁当を食べていた。その人は相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。
細田さんが手招きするので隣に座りお弁当の蓋を開ける。文也さんは匙をその人に渡していた。その後はお茶を啜りお弁当を食べ始めた。
その人はベットの上でゼリーを開けていた。よく見ると先程スーパーで細田さんが買っていたものだった。
「さて食べながらで悪いけど斗南くん、ここでこの子の世話をして欲しい。それが君の任務だ」
「は!?」
声をあげたのは僕では無く、その人だ。
「何故ですか!!」
その人は食べる手を止めて細田さん、文也さんを見る。
「諦めろ。すまねえが俺は長期の任務が入った。どうしようもねえ」
「…っ!い、稲葉や銀はっ!」
「お前が抜けた穴を誰が埋めてる」
これ以上は芥川は何も言わなくなった。僕は何がなんだか分からない。
稲葉さんといえばこの人が務める遊撃隊の部下で銀さんはこの人妹だ。
「この子はちょっと病気でね。僕も文也もどうしても仕事がね。そこで斗南くんだよ!お願いできるかい?」
「どうして僕なんですか…他に適任者がいたでしょう??」
僕は昔からこの人とはそりが合わず苦手だ。それを強調するような態度で言った。
「俺は任務、さっきも言ったが稲葉やイーストマフィアの面々はそいつが抜けた穴を埋めるだけで既に働きすぎだ。そしてこの事は極秘の中でも極秘だ。一介の構成員になんて任せられねえ。そしたらどこから嗅ぎつけたのかそこの多趣味愛好者が提案してきやがったんだ」
答えてくれたのは文也さん。細田さんどうして僕なんかを。
「いいのかなあ斗南くん。他の探偵社員にお願いしても」
その言葉で僕はこの任務を遂行する事に決めた。
誘導尋問されたような気がするが、喜多ちゃんや秋山さんにこんなことを任せられない。
喜多ちゃんは元々イーストマフィアに席を置いており、あの人の部下だった。しかし、あの人の無茶な任務を見た僕が探偵社に引き抜いたのだ。なので喜多ちゃんには任せられない。
お弁当を食べ終わった後、片付けに文也さんが席を立つ。細田さんに手伝ってきたらと言われたので文也さんについて行く。
「世話つってもただ近くで見てりゃいいだけだ」
不安な顔が出ていたのだろう。文也さんに声をかけられた。
「大体はてめえのことはてめえでやるが…彼奴は飯を食わなくてな。とりあえずそこは確実に見張って食わせろ」
「…はあ」
プラスチックのゴミを軽く水洗いしながら淡々と説明していく。正直僕はそんなのことの為に呼ばれたのかと思っている。とゆうか、何故あの人がこんなところに居るのかも分からない。昔から咳をしていたし体調でも崩したのだろう。
「できるだけ泊まり込みで居てやってくれ。部屋はあいつの手前の部屋を使え。襖で隔てているだけで元は同じ部屋だ。見張りやすい。今日は帰って荷物を纏めてまた明日こい」
「わかりました…」
湯のみなどを洗い終え僕はそれを拭いて戸棚に戻す。そして二人で部屋に戻った。
「んじゃ今日は帰ろっか」
細田さんはそういい立ち上がる。僕は頷いて文也さんとその人を方を見る。その人は見向きもしない。細田さんが部屋を出るので後に続く。
文也さんは「任せた」と一言、そして玄関の鍵を閉める音が聞こえた。
帰り道、細田さんは明日一緒に行けないとの事なので道を覚えながら帰った。
ちゃんと覚えられたかはさておき、家に帰ったら明日の準備をしなくては。
ーーーーーーー
次の日、キャリーバックに衣服と日用品を詰めた。それともうひとつ、仕事道具を取りに行くために探偵社に向かった。そういえば僕がこれからあの人の所に向かうのを他の人にどう伝えているのだろうか。
まさかだが、僕が説明しないといけない訳ではないということを願いたい。
探偵社の扉を開けて中に入る。すると早速、柿内さんが声をかけてくれた。
「聞いたよ斗南くん。長期の任務なんだって?」
「あ、そうなんですよ」
「しばらく帰って来られないなんて寂しいです」
隣からひょっこりと顔を覗かせてカルラくんが会話に参加した。二人と話してわかったことはイーストマフィアの名前は全く出てこなかったということだ。多分、細田さんが上手く言ってあるのだろう。細田さんは昔、イーストマフィアで文也さんとタッグを組んでいたらしいが犬猿の仲だ。
「ねえ」
「ん、あ、喜多ちゃん」
気配を全く感じさせないで背後から僕の服を引っ張って来たのは妹のような存在の喜多ちゃん。
そういえば何も話していなかったことを思い出す。
「聞いた。危険な任務ではないと。けれど心配」
「ありがとう。けど大丈夫だよ。本当に簡単なんだ。時々は帰ってくるから」
「…これ」
そう言って渡されたのは少しお高いお茶漬けの素。
「ご飯大事」
喜多ちゃんはとても美人に成長した。街中を歩いていると知らない人に声をかけられるほどに。僕は父親のようにヒヤヒヤしているが、彼女はいつも大丈夫だという。気が気ではない。
幾ら凄腕の探偵社員であってもどうしても心配性は抜けない。
それを察したのか、段々と妹から僕の姉のような立場になっている。僕と喜多ちゃんの会話を聞いていた秋山さんには「どっちが歳上かわからんな」等と言われた。少し、いや随分ショックだった。
そうゆう訳で喜多ちゃんは僕の食生活を気にかけてくれているみたいだった。有難く頂こう。
話しながら荷物を纏めていれば時刻は十時。急がなければ、皆に挨拶をして探偵社を後にした。
昨日、細田さんに渡されたの鍵で格子戸を開けた。
「お邪魔します…」
声をかけるが、当たり前だが返事は帰ってこない。とりあえずキャリーバックを玄関に置きっぱであの人がいる部屋に向かう。
戸襖を叩くのもおかしいので、声をかけてみる。
「おーい…いるか…?」
「………ああ」
戸襖の前で少し待ってからやっと返事が帰ってくる。ゆっくりと開けて部屋に入る。
その人は昨日の様にベットの上にいた。昨日と違う所といえば、近くに栞の挟んである本が置いてあるぐらいだ。先程まで読んでいたのかもしれない。
「…」
「…」
その人は自分の手元を見るだけで喋らない。僕もなんて声をかけるのが正解なのか分からない。
ただ無音の時間が続く。
しかし、この虚無を破ったのはその人だった。
「ゴホッ…ッ…ゴホッゴホッ…ヒュ」
突如咳き込み出したその人に慌てる僕。その人は口を抑えて前屈みになり咳をしている。どうしたらいいのかわからずとりあえず、近づき背中をさする。こんなことすれば普通は跳ね除けられるだろう。僕たちはそうゆう仲だ。しかし余程辛いのだろう。涙目になりながらこちらを一睨みしてから目をそらす。
僕はただ背中を摩るだけだった。
その後落ち着いて来たあの人の為に水を取りに台所へ向かう。冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターが二百五十ミリリットルが二本。
それしか無かった。
色々と必要なものがある。後で買い物に行かなければとペットボトルをひとつ掴み部屋に戻る。
その人にミネラルウォーターを渡す。ゆっくりとした動きで受け取り開けようとするが、苦戦している。ので仕方なく開けてやれば黙って飲んでいた。
僕は変わり果てたその人に思考がついていけなかった。
昔から咳が酷いのはわかっていた。だが、ここまで深刻になっていたとは思わなかった。背中を摩った時の背骨の浮き様、今のペットボトルのキャップが開けられなかった事。
僕が会わなかった間にこの人の身に何があったのだろうか。
「私を…笑うか?」
「え」
僕は何も言えなかった。違うと、違うと言ってやればよかったのに僕はただ立ち尽くしてしまった。
ーーーーーーー
その日は部屋を物色した後、この前行ったスーパーにより一週間分の食料をかった。
色々あって疲れたがご飯は欠かせない。細田さんに買ってもらった茶漬けにするか喜多ちゃんに貰った茶漬けにするかで迷ったが、初日で疲れたのでご褒美としてちょぴりお高い茶漬けにした。
もちろんその人の分も作って。
台所で作業をしているとノートを見つけた。中身を見ると文也さんからのようで、此処での暮らしの注意点やあの人のことが書いてあった。
どうゆう物が食べやすいか、薬の場所、体調の面、様々な事が細かく書かれていた。
隙間時間に読むとしてお盆にお茶漬けを乗せてあの人の元へ行く。
茶漬けを渡すと素直に受け取りゆっくりと食べ始めた。
「…頂きます」
その人がそんな事を言うので少し驚いた。全くの偏見だがそうゆう挨拶を疎かにしてそうな奴だからだ。
「頂きます」
僕も続き食べ始める。さすが喜多ちゃんセレクトだ。とても美味しい。
僕は直ぐに食べ終えその人を見る。手が止まっていたので茶碗を見ると三分の一も減っていなかった。
「お前…ちゃんと食えよ」
「食えぬ」
「こんな安っぽい物は食えないとか?」
「…くだらぬ。お前はいつも僕の癪に障る言い方しか出来ぬのか」
「なっ!」
それをお前が言うか、と叫びそうになるのをグッと堪える。僕は手を出す。その人は眉を寄せてこちらを見るばかり。
「食べられないのならかせよ」
その人は茶碗を僕に渡す。折角の茶漬けだ。勿体ないので本日二杯目の茶漬けを駆け込む。冷めていても美味しかった。
「……ご馳走様…」
とても小さな声でその人が呟く。人間の聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さな音。
その人の箸を受け取り、再び台所に行く。洗い物を終えて、文也さんからのノートを持って部屋に戻った。その人には向かいに部屋に居ることを告げたが返事は帰ってこなかった。僕は玄関に向かいキャリーバックを持って部屋に入り電気をつける。
部屋には文机と敷布団、それと小さな箪笥が置いてあった。
早速、キャリーバックから仕事道具を出して文机に置く。そして、箪笥の中を開けてみたが空だったのでその中に服を入れた。と言ってもそんなに多い訳では無いので一段で収まった。なので他の段には日用品を入れて荷解きは終わった。
時計を見れば、時刻は二十三時三十分。
僕は慌てて電気を消した。文也さんからのノートにあの人を夜更かしさせないようにと書いてあったのを思い出したからだ。立派な家と言えど、襖ひとつで分けられている部屋だ。どうしても光は漏れてしまう。
幸い夜目は効くのでそのまま着替えて寝た。
明日への不安はあったが、直ぐに眠りに着いた。
次の日、目を覚ませば時刻は八時四十七分。完全なる寝坊だった。慌てて起きて着替える。
「……」
何かあの人が言った様な気がした。僕は急いであの人の部屋に飛び入った。
その人は僕を一瞥しただけで直ぐに手元の本に視線を戻す。
「おはよう。寝坊した…」
「見ればわかる。所詮は猫故、寝るしか脳がない」
「一々僕を不愉快にするなお前は…」
僕は部屋を出て朝ごはんを考える。昨日の残りのご飯を温めている間に目玉焼きを焼いた。あとは昨日スーパーで買った煮物を皿に乗せて部屋に戻った。
その人は顔を歪ませた。
「私はこんなに食えぬ」
その人はそう言った。僕は考える。昨日少ししか食べなかったのでてっきりお腹が減っているだろうと思った。僕はお茶を取りに台所へ戻るついでに文也さんのノートを開く。
そこには書いてあった。あの人の食が細いことが。そういえば一昨日も僕と細田さん文也さんはお弁当を食べていたが、あの人はゼリーを食べていた。
少し考えればわかることだった。急に申し訳なくなり、湯のみを持って溜息を吐きながら部屋に戻った。
そしてその人の前にお茶を置いた。
「食べれるだけでいいから」
そう言って僕は「頂きます」と挨拶をして食べ始めた。その人からも声が聞こえた。
数十分後、僕は食べ終わりその人のお盆を見た。殆ど手付かずだった。仕方が無いのでお盆事受け取りその人の残したのを食べる。
親に捨てられ孤児院で育った僕にはご飯を捨てる事なんてできない。
僕が「ご馳走様」と言えば、その人もそれに引き続き小さな声で言っていた。
台所へ行き、お皿を洗いながら今後のことについて考える。
パーソナルコンピューターに僕に出来る仕事を秋山さんや事務員の人が送ってくれるのでそれを処理する。余った時間は買い出しや家の掃除、そして最優先事項はあの人だ。
こんな生活続くのかと、これからの事が心配でしょうがなかった。心の中で細田さんと文也さんの名前を呼ぶことしか僕にはできない。
ーーーーーーーーーーー
細田さんから依頼されてから一ヶ月が経った。
僕は驚いた。以外にいけるもんだなと。
あの人とは必要最低限のことしか喋らない。食事の事や、家にある備品の事。それ以外は基本互いに干渉はしない。
最初こそ、僕は世話を妬かなければと憂鬱だったがあの人から関わるなと云う視線を感じてからはノータッチだ。
あの人は僕が見る限り、基本読書をしている。時折、縁側で日向ぼっこの様な事をしているのを見かける。
とても病人とは思えないが、家の何処に居てもあの人の咳は聞こえる。屡々、しんどそうな声が聞き超えるが、前に慌てて僕が部屋に入れば相当文句を言われた。心配した僕が馬鹿だった。なので、根本的に会話はしない。
今日は文也さんが帰ってきたので僕はお役御免ということで京橋に帰る。
筈だった。
「すまねえな。白猫、もう暫く居てくれねえか?」
僕は二つ返事で了承した。文也さん曰く、やはり僕じゃ無ければダメなのだと。
文也さんはお土産を持ってきてくれていて、それは探偵社の皆からだった。相変わらず、茶漬けの元が半分を占ている。他には消耗品が入っていた。珍しいものと言えば蜂蜜ぐらいだろう。くれた相手はメルゴットからで風邪に気をつけろということらしい。メルゴットは探偵社行きつけの喫茶店の従業員だ。僕は風邪は全くと言っていいほどかからないが、今の自分達には必要なものなので今度会ったら礼を言おう。
それから又時が過ぎ、少し肌寒い季節になった。
流石に衣服をどうにかしなければと思った。一度、服を取りに京橋へ帰ろうかと考えたが、あの人を放っておけないので近くの洋服屋へ行くことにした。明日にでも行こうかなと考えていた矢先だった。
「ゴホッ……ゴホッゴホッゴホッヒュウ…ゲホッゲホッ、うっ」
あの人の咳が聞こえてきた。何時ものかと思ったが少々おかしい。
「ううっ、ゲホッゴホッゴホッ…カハッ…ヒュウ」
普段とは違う咳の仕方だし何より長い。何時もなら二十秒ぐらいすれば収まっているのに。流石に無視はできない。襖を開けた。
その人は口を抑えて身体をくの字の曲げていた。顔は真っ青で酸欠を起こしている様に見える。目尻からは生理的な涙が頬を伝い布団に落ちていた。
「大丈夫かっ!!」
「しろっ、ゴホッゴホッゲホッ…うっ」
「僕なんてどうでもいい!!」
僕は直ぐにその人を横向きにした。こうする事で気道が確保出来ると書いてあった筈だ。それから僕は背中を擦るしか出来なかった。その人が泣いている。それを僕にはどうしようもできないのが悔しかった。そして思い知らされる。
この人が病気なのを、もしかすれば治らないのかもしれないのと。
このままではダメだ。ベットから降りて台所に向かい白湯を直ぐに作りあの人へ持っていく。先程寄りは大分落ち着いてきたその人の身体をゆっくり起こす。
咳が落ち着くタイミングで白湯を口元に持っていき飲ませる。上手く飲めないらしく時間がかかったが飲んでくれた。そしてそのまま気を失った様に眠ってしまった。
僕は突然怖くなった。
この腕の中にいるこの人が消えてしまう。この人昔を背に載せた時より何倍も軽くなっている。抱いてわかった。この人は華奢などという言葉では足りないぐらいに細く、細く、軽くなっている。
そっと抱きしめる。憎くて憎くて仕様がなかった。けれどこの人が死んで欲しい訳では無い。
この人を抱いて横になり布団をかける。今晩は冷える。この人を置いて自分の布団になんて行けない。今ここで手を離してしまえば、シャボン玉の様に簡単に消えてしまうと思った。そしてもう二度と同じ物は作れない。
ベットに落ちた水滴は僕が流した涙なのかその人なのかわからなかった。
次の日、目を覚ました。見慣れない風景に頭が困惑する。身体がポカポカしている。今日は暖かい日になるのかなと、寝ぼけた頭で考えていた。そしてもう一度目を閉じようとした。
「…起きたなら離せ」
突如聞こえたあの人声に僕の頭は覚醒する。視線をずらせばあの人のつむじが見えた。僕はあの人を包み込む様に抱いていた。それも優しくなんてものでは無い。しっかりと、抜け出せないぐらいに抱き締めていた。
「あ!ご、ごめんっ」
慌てて腕を解き起き上がる。その人が起き上がろうとしていたのでそっと手を貸す。どうせ又睨まれるか文句を言われるかだったが手を貸さないという選択肢は僕の中にはなかった。だが、その人は何も言わず僕に身体を預けてくれた。
その人を楽な体勢にさせて僕はベットを降りて昨日使った湯呑みを持って台所へ向かった。
時計を見れば朝の六時。普段よりも少し早い時間。僕は再び白湯を作り芥川に持っていき風呂に向かった。
今日の朝食は茶漬けにしよう。
何時も通り、無言の食事、にはならなかった。僕はその人に切り出す。
「お前、なんの病気なんだ?」
「…」
「治るのか?そういや薬を飲んでるとこ見た事ない…」
「…」
「…やっぱり僕なんかに話すのは嫌か?」
僕はそう言ってその人の残したお茶漬けを食べた。
その人はそっと白湯を飲んだ。
「私は昔から肺を患っていた」
「え」
僕はその人の咳を高々喘息のナニカだと思っていた。
「半年以上も前の話だ。私は任務中倒れた。そして首領に言われた」
「何を…」
「長年の無理のツケが回ってきたのだろうと、一気に悪化した」
「首領はあらゆる手を尽くしてくれた。だが、遅かった」
「そんな…嘘…嘘だろ?」
窓の外を見ながら話していたその人が振り向き僕の目を見る。
「私はいつ死ぬかわからぬ身だ」
その瞬間、世界は無音に変わった。目の前のその人が歪んで見える。その人の口が動いているから何かを喋っているのだろう。しかし何も入ってこない。
この人が死ぬ。
受け入れられる筈がない。
その後、僕はどうやって部屋に戻ったのか分からない。パーソナルコンピューターを開いて仕事をしようにも身に入らない。あの人がいる方向の襖を見つめる。
僕は何度あの人に対して選択を間違えたのか分からない。あの人の過去を知らず罵倒した時も、毎回僕はあの人の痛い点をついてしまった様に思える。
だって僕は「私を笑うか」に対して僕は最悪な選択を取り、又「僕はいつ死ぬかわからぬ身だ」と言ったあの人に気を使わせてしまった。
あの人が一番怖い筈なのに、悔しい筈なのに。
僕は何も出来ない。僕はとても無力だ。全てがいい方向に向きなんでも出来ると思っていた。しかし現実は無常であった。
落ち込んでいても仕方がない。僕にできること、僕にしか出来ないことを考える。文也さんもそう言っていた。そして部屋にある布団や仕事道具を持って、あの人の部屋に向かった。
その人は無表情に僕のしていることを見ていた。
僕の考えは少しでもこの人と一緒に居ることだ。この人にとっては嫌と思うけれど僕の単細胞な頭ではこんな事しか思いつかなかった。この人のベットの前に卓袱台を置きパーソナルコンピューターをセットする。そこに座り仕事を開始。その人は何も言わなかった。
夜、ご飯とお風呂をすました後、寝るその人に合わせて僕も寝る。
「なっ!貴様…何故同じ布団に入ってくる…」
「だって最近肌寒いだろ?」
「理由になっておらぬっ」
「だーかーら、暖かくして寝るにはこれが一番でしょ?とゆうか今まで寒くなかったのか?」
「寒い」
「ほら見ろ。幾ら羽根布団だからってお前は体温低そうだからな」
その人は腑に落ちない表情で此方を見てくる。幸いにもこのベットはダブルサイズだ。二人で寝るに窮屈にはならない。けれど僕はその人の負担にはなりたくないのでできるだけ隅による。その人は溜息を吐いて、横になった。
ーーーーーーーーーーーーー
更に一ヶ月が経った。文也さんと細田さんがもう探偵社に戻って良いと言われたがそれを僕は断った。細田さんに揶揄われると思ったが以外にも何も言わず、文也さんに至っては頭を下げられてしまった。
それぐらい、あの人の命はもう長くは無いのだろう。
僕とあの人の生活は前に比べると大分変わった。何がと問われれば、ただ一つ。会話が増えた。今までは干渉しないという暗黙の了解であったが、あの事件があってからは僕はできるだけあの人の部屋にいるので自然に会話が増えた。
あの人の好きな食べ物、嫌いな動物、小学生の様な会話から、今までこなしてきた任務や珍しい事件という少し血腥い話までなんでも話した。
お前の話し方は業務的だと指摘すれば、「貴様は話が右往左往する」と言い合う。しかし、それはじゃれ合いの様なもので以前のような揚げ足の取り合いはしていない。あの人も些か雰囲気は柔らかくなったように思える。
そして僕には変化があった。今まで見たくもないからと顔を見なかったがよく見れば僅かに表情が動いているのがわかるようになり、あの人の考えていることが手に取るように知ることができた。前は孤児院での癖で相手の地雷等を察知できていたのでそれぐらいでしかあの人の事を見ていなかった。だが、今はあの人の嬉しい、眠い、悲しいという色々なことがわかる。
もしかしたら、あの人もそうなのかもしれない。この前はあの人に「貴様はわかりやすい」と言われた。憎き相手だが、平穏な日々を送るのは僕たちにとって必要な時間だったのかもしれない。
人間万事塞翁が馬とはこのことだろう。あの人は日に日に食べる事を嫌がり、寝る時間が増えた。縁側に行くのも辛そうだった。僕はこの人が弱っていくのを見ていられなかった。
時々来る文也さんに何度も聞いたが、どうにもならないと顔を背けられた。探偵社の鳳女医にも聞いた。先生の力でどうにかならないかと。けれど、鳳女医は何も言ってくれなかった。医療は万能薬ではない。
「斗南、アンタも一人前の探偵社員。わかるだろ?」
鳳女医は電話でそう言い、僕は返事すらできず電話を切った。
僕はあの人が憎くて嫌いで仕方がなかった筈なのに、出来れば顔なんて見たくもないのに、放って起きたいのに、僕はあの人を助けたくて生きて欲しくて仕方がない。あの人が生きられないのならせめて今僕にできること、あの人がしたい事をするしかない。そう割り切らないと僕がどうにかなりそうだった。一番辛いのはあの人の筈なのに。
風が段々と強くなり、僕の日課に屋敷の庭に落ちる葉を片付ける事が増えた。
あの人は相変わらず、ベットの上で本を読んでいた。最近では稲葉さんや銀さんが見舞いの品を持って来るようになった。その時は僕はそっと部屋を出るようにしている。何を話しているのか気になるけれど、流石に盗み聞きする常識外れのような人間ではない。
他にはあの人は一日一杯蜂蜜の入った飲み物を飲むようになった。ご飯を食べるのは辛そうだが、それだけは欠かさず飲んでいる。僕が飲み物を作る事が多いが調子のいい日はあの人が作る。その時は僕の分も作ってくれる。たいへん美味しいので僕はあの人の作る飲み物が大好きだ。
月日が流れあの人はほぼ寝たきりになった。僕はこの人の代わりにいっぱい動いてずっと笑顔でいた。
「何時も何が楽しいんだ?」
その人が聞いてくる。僕は純粋答えた。
「君と居ること」
「なっ…!」
「もし今此処に来ていなかったら僕はお前の事を知らずに、勘違いしたまま過ごしていただろうし。どんどんお前のことが知れて嬉しい。僕はほんとお前の事なんにも知らなかった。お前はなんだかんだ嫌いな僕を置いていてくれているし、僕を気遣ってくれている。優しいお前を知れてよかった」
「…貴様…何が言いたい…」
「だーかーら僕がお前を好きだ…って…い…う」
暫くの沈黙。僕は顔から血の気が引いていくし、その人はどんどん顔が染まっていっているし僕はもう何も言えなかった。
「コホッコホッ」
沈黙を破ったのはその人の咳だった。僕は慌ててその人の元へ行く。
「だ、大丈夫か!?」
「ゴホッ…ハア…貴様が変なことを言うからだ」
「な!!僕は本気で!!」
「…」
「…あ」
僕はどうやら墓穴を掘るのが上手いらしい。ここまでひた隠しにしてきたが、僕亀田斗南は此奴のことが好きなのだ。好きの反対は無関心。嫌いなのは好きのうち。嫌いという感情は少しの衝撃でひっくり返ってしまう。
本気でこの人の事が嫌なのであれば半年以上前からこの人を見かけなくなっても気にもしない。けれど僕はずっと気になっていた。
けれどこの感情を唯の好きというだけでは終わらせたくはない。共に任務を遂行をして、この人の言葉で僕は救われたことだってあるのだから。簡単に言い表せる様な感情ではない。けれど僕のお粗末な頭ではそれを全て伝える事ができない。
現実逃避はこの位にして開き直ることにした。
「お前の事が好きだ!!好きっていうのは少し違うんだけど…お前は僕のこと嫌いでしょうがないと思うけど…巫山戯てるって思ってる筈だけど…それでも僕はお前の事を想ってたんだよ!!」
やけくそだった。もうどうにでもなれという玉砕決定の伝え方だった。だって告白なんてしたことも無いし、ましてやあの人で好きという感情を上手くいえなくて。頭に浮かぶのは言い訳ばかりだった。この気持ちは墓場まで持って行くつもりだったが、この人が居なくなってしまうという現実が直ぐそこまできているから言うしか無かった。そうゆう事にしないともうこの人の顔が見れない。既に見れていないのだが。
「…白猫」
「…」
「細田さんか文也さんに頼まれたのか」
「は?」
僕の一世一代の告白に何故その二人の名前が出るのか。この人の事だ。勘違いで、その二人に僕が頼まれて言わされていると思っての質問だろう。
僕は流石にずっと俯いているのもダメだとその人に顔を向ける。そこに居たのは僕の予想を超える、基、予想外すぎて言葉を失った。
顔を真っ赤にして目を逸らし手で口を隠していた。この人も照れるのか、いや当たり前だ。僕はこの数ヶ月この人の何を見てきたのだろう。
「なあ?」
「っ!!愚者の分際が此方に来るな!!」
僕は進み続ける。そしてその人のベットに座る。
「ねえお前。もしかして」
「うるさい!!うるさい!!コホッ」
「落ち着けよ。咳出るだろ」
混乱しているその人を見ていると先程までの慌てていたのはどこかへ消えて、僕は平然を取り戻していた。お化け屋敷とかで自分より怖がっている人を見ると平常心を取り戻すのと同じだ。
僕はその人の手を取る。決して力入れていない。もしこの人が力を入れて嫌がったのであれば僕は手を止めていた。しかし、この人は抵抗しない。ので、僕はこの人に近づく。
「お前も一緒?」
「…」
「期待しちゃっていいのかな?」
「き、貴様と一緒にするな」
「そう…だね…」
僕の気持ちとこの人の気持ちは全くに別物。一緒にしては行けない。けれど全く違うとは思っていない。とても近い存在。けれど同じでは無い。
この人の事をまた知れて嬉しかった。まさかこの人も似たような感情を僕に向けてくれていたなんて誰が想像できただろう。これ以上この人に負担はかけれない。今日は大人しく寝る事にした。同じベットなので全く寝れなかった。
森の奥でハンモックに揺られてウトウトしていた。すると手をそっと握られる。僕は心地よくて握り返す。すると相手は耳元で僕の名前を呼んでくれた。この時間がずっと続けばいいのに。
「……こ…ろねこ…起きろ白猫!!」
「ん…んあ?」
目を覚ますとその人が僕を見下ろしていた。慌てて飛び上がる。時計を見れば十一時前。久しぶりの寝坊だった。
「もうこんな時間!!もっと早く起こしてくれよ!!」
「…」
その人はなにか言いたそうにしていたが寝巻きのまま台所へ向かう。僕はいつも通りご飯を作る。少し違う事と言えば時間が時間なので朝ごはん兼昼ごはんだということぐらいだ。白いご飯と昨日作った肉じゃがとキャベツの胡麻和えに豆腐とわかめの味噌汁。お盆に載せて持っていけば、芥川は机に座っていた。
「アレ?めずらしいな。もしかして机で僕と食べるの?」
「…」
「無視かよ…」
けれど僕は見逃していない。その人が恥ずかしそうにしているのを。
「ほら。頂きます」
「…頂きます」
その後、お風呂に入り普段の生活に戻った。僕とその人の関係は少しだけ変わったかもしれない。
それから数日。その人の容態は一気に悪くなった。その人の口元には酸素吸引器が着いている。無慈悲に流れる途切れ途切れの電子音はいつ鳴り響くか分からない。ポートマフィアの首領、阿部さん曰く、ここまで生きたのがまず奇跡でありもう持たないということだ。
目を覚まさないあの人の元へたくさんの人が来た。案外この人も慕われていたということを知れて良かった。
稲葉さんは大泣きし、銀さんは静かに涙を零し、阿部さんは優しく微笑み、河内さんは芥川を褒めた。意外だったのは細田さんから聞いたであろう喜多ちゃんがお見舞いに来たことだった。喜多ちゃんは仲直りと手を握っていた。
文也さんはあの人にこれからの事を話し心配するなと頭をくしゃくしゃにした。文也さんより背が高いあの人の頭を今まで撫でれなかったからと笑いながら言っていた。その瞳は潤んでいた。
細田さんは相変わらずでその人に酷い事を言っていた。昔の教え子だからといって、流石に聞いていていたたまれないので止めようとしたが、段々と勢いは消えていき最後は黙ってしまった。細田さんより先に死んでしまうこの人を細田さんは許せないらしい。
夜になれば僕との二人の時間になる。と言ってもその人は眠っているので電子音と僕が立てる音しか部屋に響かない。僕はその人の頬を手の甲でそっと撫でる。仄かに暖かい。この人が生きている事を確認し僕は隣に布団を敷き寝た。その人の容態が悪化してからは一緒に寝てはいない。
次の日、目を覚ますとその人が起きていた。僕は慌ててその人の元へ駆け寄る。
「なあっ!!起きて大丈夫なのか!!」
「…」
その人は僕を見つめる。けれど、何も言ってくれない。僕はその人の手を握った。その人が口を動かそうとしたので酸素吸引器をそっと外す。
「………」
とても小さな音だった。僕の人並み以上に耳が良いからこそ聞き取れた声。そしてその人はゆっくりと目を閉じた。僕の頬は濡れていた。溢れて溢れて止まらない水。拭えばいいのにその人から一瞬でも目を離したくなかった。視界がぼやけようと絶対に目を離さない。握っている手に力が籠る。
そして非情な電子音が部屋に鳴り響いた。
ーーーーーーーーーーーーー
あの人の葬式は簡素なものだった。と言っても葬式らしい事は全くしていないらしい。僕は葬式にでるのは初めてだったのでこれが葬式だと思っていた。
あの人の遺体が入った棺の前では銀さんが声を上げて泣いていた。稲葉さんは銀さんを優しく抱いて背中を摩っていた。その表情はとても悔しそうだった。細田さんも文也さんもみんな黙っていた。
僕にはもう流す涙は残っていなかった。唯、隣にいた喜多ちゃんの頭を撫でるしか無かった。
それから一年。あの人の一回忌の日。僕はあの人の墓へ向かった。京橋は依然として平和だ。
僕はあの人の墓を掃除して花を添えて線香を立てた。そして墓の前に座る。
「ねえ、久しぶり」
「天国の生活はどうだ?楽しかったりする?」
「聞いてくれよ。細田さんが最近また変な趣味にハマちゃって…後処理を全て僕に押し付けるんだ」
「秋山さんなんて僕の監督不行届なんて言うんだ。酷いよなあ。僕と細田さんをニコイチだと考えるんだ」
「喜多ちゃんはそれを見て笑うんだ。助けてくれない…」
「喜多ちゃんは高校生活を満喫しているんだ。友達と遊ぶのはいいんだけど、帰りが遅いのが心配でしょうがないんだ」
「この前喜多ちゃんに連れられてパンケーキを皆で食べに行ったよ。銀さんも誘って」
「パンケーキ美味しかったなあ…」
「あ、ポートマフィアは文也さんが中心になってるんだって。稲葉さんも君が知らないぐらいにとっても強くなったよ」
「今じゃ稲葉さんが友撃隊長だってさ。銀さんも別の部署で精一杯頑張ってるんだって」
「…」
「会いたいよ…」
「わかってる…わかってるんだ。もう会えないってことぐらい」
「あーあー。お前に会いに行きたいな」
「ふふ。なんて、お前が聞いてたら撃ち殺されていそうだな」
「さてと…そろそろ行くね」
「またね」
僕は立ち上がる。同じ体勢だったので腕を上げて大きく伸びる。今日の天気は快晴。暖かい風が頬を撫でた。
ーーーーーーーーー
「ねえ、久しぶり」
「ああ久しいな」
「天国の生活はどうだ?楽しかったりする?」
「私如きが天国などと…貴様はいつまで経っても頭は花畑だな」
「聞いてくれよ。細田さんが最近また変な趣味にハマちゃって…後処理を全て僕に押し付けるんだ」
「細田さん…その癖は治らないのだな」
「秋山さんなんて僕の監督不行届なんて言うんだ。酷いよなあ。僕と細田さんをニコイチだと考えるんだ」
「貴様…決して目を離すなよ。僕は未だ細田さんと会う気は無い」
「喜多ちゃんはそれを見て笑うんだ。助けてくれない…」
「やはり貴様は馬鹿だな」
「喜多ちゃんは高校生活を満喫しているんだ。友達と遊ぶのはいいんだけど、帰りが遅いのが心配でしょうがないんだ」
「…喜多の心配か?いやわかるが…しかし、別の心配を貴様はするべきだろう」
「この前喜多ちゃんに連れられてパンケーキを皆で食べに行ったよ。銀さんも誘って」
「何!!銀と?」
「パンケーキ美味しかったなあ…」
「何故誘ったのだ…銀は元気そうで良かった。こんな兄を持ち大変だろうに…」
「あ、ポートマフィアは文也さんが中心になってるんだって。稲葉さんもお前が知らないぐらいにとっても強くなったよ」
「稲葉は努力家だからな当たり前だ。でないと、あんな奴私の近くに置かぬ」
「今じゃ稲葉さんが友撃隊長だってさ。銀さんも別の部署で精一杯頑張ってるんだって」
「よくやっているようだ。私が居なくとも安心だ」
「…」
「どうした?急に黙って…」
「会いたいよ…」
「…っ」
「わかってる…わかってるんだ。もう会えないってことぐらい」
「そんな事私とて同じだ。しかし…」
「あーあー。お前に会いに行きたいな」
「貴様!!そんな事私が許さぬぞっ!!」
「ふふ。なんて、お前が聞いてたら撃ち殺されていそうだな」
「当たり前だ。的当てにしてやる」
「さてと…そろそろ行くね」
「時が経つのは早いな…」
「またね」
「ああ…」
私は目の前で体を解している白猫へ近づく。息を整えて空を見上げていた。そこに私は手をそっと頬を近づけて撫でた。
「ありがとう斗南」
私は少し可笑しくなった。斗南が周りを見渡し先程私が触れた頬を首を傾げながら触っている。
「ふふ。貴様の聴覚をしてももう私の言葉は届かぬな。しかし、私には届いているぞ」
斗南の後ろ姿を目で追った。
君の声が聞こえなくても @mixisan
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