エッセイを書きま賞2024🥇🥈🥉 受賞作品その1

犀川 よう

「唯物論に吹かれて/諏訪野 滋」に寄せて

「唯物論に吹かれて/諏訪野 滋」

https://kakuyomu.jp/works/16818023213041653280


 これを読む前に諏訪野さんのエッセイを是非とも読んでほしい。そうでないと本作の意味がわからないと思うからだ。

 このエッセイには非常に重要なものが潜んでいる。それは「誰の視点に立ってこのエッセイを捉えるか」ということだ。これはエッセイだけではなく小説しかり、広くは物事の捉え方に行きつくような重大なポイントである。我々は一つのテーマが目の前にあったとき、何を主体としてあるいは誰を味方として見るかと言う選択に迫られる。公平と言うきれいな理想は自身の脳内では存在しない。あるときはA氏のあるときはB氏の立場に立って、どちらがより自分の価値観に沿った考え方や行動をしているか、核心を得ているかをジャッジしている。わたしたちはそれが思想的であろうと無意識であろうと常に何かを選択し支持をしている。

 本エッセイは諏訪野さん(僕)、奥様(妻)、奥様の兄上(義兄)が登場している。序盤は困難な状況にある義兄を主軸としてそれに悲嘆する妻が合わさって描写されていく。僕はどちらかというと少し離れた形で見ている構図だ。

 しかしながらだんだんと僕は三人の関係性が今始まったことではないことに気が付いてくる。僕を通した諏訪野さんが気が付いてきた事の軌跡を見る事ができるのである。

 直言すれば、本作の核心は義兄の死に至るプロセスや妻の喪失感や不安などではなく、僕と妻の心の距離感である。まことに不謹慎な表現になるが義兄の命の閉じ行く様はそれを映し出す銀幕でしかない。僕の中にある妻との心の接点への希望と諦観、今までの言動への後悔あるいは不満という気持ちが彷徨いながら、義兄の終わり行く中に漂っている。これこそが本エッセイの本質なのだろうとわたしは解釈した。

 同時にこのエッセイを書くことで諏訪野さんの魂が少しだけ安らぎを得たようにも感じた。文字にすることによって自分と対面しているのが後半以降でよくわかる。おそらく最初は義兄と妻にフォーカスを合わせて語りたかったのではないかと推察される。しかしながら核心からアウトレンジにいた諏訪野さんの言葉が段々とひとつひとつ重みが出てくる。とはいえその重みは確信や納得ではなく、彷徨いでありある種の不完全燃焼さを伴っている。

 唯物論を否定したい気持ちを書かれているが、おそらく諏訪野さんの心の中では感情的な部分と理性的・論理的に置くべき事項がうまくバランスがとれていないのであろう。唯物は唯物、精神は精神という切り分けもまだあいまいでどちらにも自分がこれだと思える深い信念がないのかもしれない。それは諏訪野さんに限らず大変の人間はみな同じようなものだ。自分が妻に望んだこと、妻にしてきたこと、義兄を通してひとつひとつが後悔と失望あるいは不満や怨嗟を覚えていったのだと思われる。わたしがそこに解答やアドバイスを示すことは難しいことではないが、これは諏訪野さんの旅路であって、まずは諏訪野さんが追い求めて苦しむしかないものである。

 仏陀の教えで「執着」と言う言葉がよく出てくる。何かにとらわれればそれは執着でありまわりが見えなくなるということだ。それが良いことであろうと悪いことであろうと、真面目なことであろうと不真面目であろうと、すべてが執着という言葉に収まってしまう。何かを求めた時点でそれは執着であり、執着は絶望と不満しか生まないということである。人生とはそういう執着との戦いであって、それが人間相手であっても愛すべき最も近しい者であっても例外ではない。むしろ人を愛した時点で執着にとらわれている。

 人生において大事なことはなんであろうか。その命題がこのエッセイの中には詰まっていて、わたしは深く考え込んでしまった。分かり合えないことを諦めるのか。心を寄せる努力に執着するのか。ここでは諏訪野さんが何を選ぶかによって未来は変わる。妻にそれを求めても答えがでない以上、自分自身が変わるしかない。

 最後に「心はどこにあるのかわからない」と書かれている。しかしながらわたしは諏訪野さんがこのエッセイを書いたことで、その在処を探す努力を始めるのではないかと思うことができた。今すぐではないかもしれない。このエッセイを書くことで何かを捨てることができたのであれば、いつか執着から離れるための諏訪野さんの新たな旅は始まるのではないだろうか。わたしはこのエッセイを読んでそう願ってやまないのである。(犀川 よう)

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