第15話 深夜・住宅街・T・僕
左後部座席のスライドドアがずるりと開く音がする。
車高から覗く足の数は、全部で六足。
車の影から現れた人数と本数が合致する。
駅ビルの呑み屋にいた、あの三人だろうか。
全員黒の目出し帽を被っているので判別は出来ないが、上下共に黒い服を着込んだ姿はゴミ集積場に群がるカラスのようで、この上なく怪しい。
三人はぼそぼそと短く何かをやりとりしたかと思うと、路地を抜けた先にある家へ足早に向かって行った。
車に乗っていたのはこの三人とTの四人だけなのか気になるところだが、後部座席の窓ガラスにはスモークが貼られているため、中の様子が分からない。
僕は周囲の状況を伺う。
佐藤氏が戻ってくる気配はまだない。
あの時、リーダー役のような男は「五分で終わらせろ」と言っていた。一人で動かないようにと佐藤氏に言われたけれど、このままここで待っていては事を終えた連中がすぐに戻って来てしまう。そうなってからでは遅いのだ。
Tを車から引っ張り出すなら、今しかない。
僕は足音を殺しながらワゴン車に近付くと、運転席の窓を二回中指の関節で叩く。路地の様子を伺っていたTがノックの音に体をビクリとさせ、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。
Tの目が二回りほど大きくなり、唇が「ユウくん」と動く。
驚いたTの顔を見て、「口から心臓が飛び出るという表現はこういう時に使うのだろうな」と、男達がいつ戻って来るのか分からない中、僕は思った。Tに向かって手で『降りて来い』と示すと、Tは素直に運転席のドアを開けた。
「こんな時間に何してんの」
車から降りながら、Tが尋ねる。口元は笑っているのに目は怯えていて、その瞬間僕は、自分のしていることが何なのかをTは分かっていると知った。僕はTの腕を掴んで言った。
「行こう」
「え」
「僕も一緒に付いて行くから、今すぐ警察に行くんだ」
闇バイトが怖くなり辞めようとしたものの、個人情報を盾に脅されて抜けられない。そんな人たちの保護を警察が強化しているとネットニュースで読んだ時、僕はTのことを保護してもらおうと決めた。恐らく今回の送迎が初めてではないTは、これまで重ねてきた行動のために何らかの罪に問われるかもしれない。幼い頃の出来事について掘り返される可能性だってある。それでも、これ以上犯罪の片棒を担がせる訳にはいかなかった。
「行かない」
警察という言葉に反応したのか、Tは身体を強張らせている。
「警察なんて、今更だよ」
Tは時計を見ると、僕に向かってここから去るよう促した。
「もうじきあいつらが戻って来る。ここにいたらユウくんが危ないから」
「僕はお前を闇バイトから足抜けさせるために来たんだ。一緒じゃなきゃ意味がない」
「ダメだよ、俺はもうダメなんだ」
「何言ってんだ、まだ間に合う。大丈夫だから」
「嫌なんだよ」
Tは僕の腕を振り払うと、言った。
「もう二度と、俺のことでユウくんを巻き込みたくないんだ」
頼むから離れてくれと、Tは目で僕を牽制した。振り払われた右手を左手でさする。Tは何も話さない。僕たちの間に沈黙が落ちた。
もう二度と。
その言葉を、僕は知っている。
二度とTが誰かを傷付けたりしないように。
二度とT自身が傷付かないように。
僕がずっと心の中で言い続けていた言葉。
僕にとっての一度目は十一歳のあの夜の出来事だ。では、Tにとっての一度目は何を指している?
「もう二度とって、お前」
「ユウくん!」
Tの目が僕の後ろを見ている。そう気付いて振り返ろうとした時、腰の辺りに何かが触れた。避ける暇もなく、一瞬にして鋭い強烈な痛みが全身を貫く。膝に力が入らず、よろけた身体が前へ倒れ込んだ。
体が痺れて、思うように動けない。
これまで感じたことのない痛みに混乱している自分がいる。
佐藤さん。
そう声に出そうとしたけれど、今度は後頭部に強烈な痛みが走り、僕は意識を失った。
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