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Tの声が指の隙間をすり抜けて僕の耳を通り、脳に絡みつく。
皺の隙間を分け入るように、追い出さないでとしがみついてくる。
そして、最後の『月は見えていないだけで〜』の締め。
今回も、もも様の文章表現が美しく光りますね。
みぃくんの母親も、きっと悪ではなかった。
思い上がり、急ぎ過ぎた、か。
違う方法、違う未来もあったかもしれない、と。
それでも、いつ一線を越えた事件が起きるかは誰にも分からなかった。
手をこまねいている間に、それは起きたかもしれない。
そのときはそのときで、何もしなかったことに後悔するのでしょう。
難しいですね。
選択に後悔がないよう、起きてしまったことに向き合えるよう、日々を生きていきたいものです。
作者からの返信
成野淳司さま、こんばんは!
>Tの声が指の隙間をすり抜けて僕の耳を通り、脳に絡みつく。
皺の隙間を分け入るように、追い出さないでとしがみついてくる。
この部分、話し言葉がどうぬるりと入ってきたらもの悲しさとおぞましさを両立できるかなとイメージしてそれをそのまま文字に落としたんですが、11話最後の部分と合わせて気に留めてくださり嬉しいです!
ありがとうございます!
見えている部分の描写も必要と思いつつ、ついつい目に見えてない部分の感覚の方の描写をやりがちです(笑)。
何をどうあがいても起きることは同じだったかもしれなくて、それが前倒しになっただけかもしれない。
結果からの逆算は遡る果てがないので、何がきっかけだったのかは誰にもわからないと思います。だから、誰も悪くないかもしれないことでも、誰かが責任を感じてしまったり。
反省はしても後悔はしない選択をしていきたいなと私なんかは思いますが、なかなか難しいものですね……。
こんにちは。
重い内容ですが、考えさせられますね。
ユウくんが心の傷を負っているのもなんともつらいですが、「自分なら何とか出来るなんて、ただの思い上がりだ」のセリフがずんと来て、過去にあったことを思い出しました。
関東で一人暮らしをしていた頃、支援員のボランティアに少し関わり、自閉症の女の子とダウン症の女の子、発達障害の女の子の修学旅行について行ったことがありました。
わたしは初めての経験だったので、できるだけ普通の人と同じように接して助けたいという気持ちがあったのですが、ボランティアを紹介してくれた人が一言、「あなたごときに何ができる」のようなことを言ったんですね。
こんな口調ではないですが、周りがいろいろやっているのに簡単にできるはずないでしょう、みたいな。
それがすごく衝撃でショックだったのを覚えています。
ボランティアはただ、まわりの危険から守ればそれでいい、その日限りのつきあいなんだから引っ掻き回すな、と。
それ以来、このボランティアはやめよう、と思いました。
結果論というか、どんなことが起きるかなんて誰にも分からないと思います。
でも、ユウくんと伯母さんはそんなに罪を犯したようには思えないな、と感じました。
聞き耳を立てるって、想像すると。
まるで人には聞いて欲しくない内容をそっと聞いている、そんな感じもありますね。
もも様の作品は、深く刺さるものが多くて勉強になります。
ありがとうございました(#^^#)
作者からの返信
春野 セイ様、こんばんは。
この作品の中で、Tと僕の過去に触れる今のくだりが一番暗くて重たいトーンになりそうかなと思ってましたが、書いてみたら案の定どよんとしてましたね……。
午前中に更新したものの「これは青空晴れ渡る日に読む内容じゃない」と自分でも思いました(笑)。
そんな内容ではありますが、どうぞお気楽に読んでいただけましたらありがたいです。
春野さま、そんなご経験があったのですね。
ボランティアというのは本当に難しい立ち位置なんだなと、拝読しながら感じました。ボランティアと支援員でどのような役割の違いがあったのかまでは分からないながらも、ボランティアの行ったことで何か問題が起きた時に責任をとるのはそのボランティアを採用した側だから、余計な事をしてくれるなということだったのでしょうか。
もしそうならば、ボランティアという存在を使役する人という風にしか見ていない感じがして、私でも嫌だと感じたと思います。簡単に出来るはずがないというなら、初めからボランティアなど採らずに自分たちだけでやればいいと。
仕事内容は確かに大変なことが多いと思いますが、相手の立場に敬意を払えない人がいる職場は空気が悪くて人が続かない。
自分たちだって最初は何も出来なくて助けてもらいながら身に付けたことを忘れて、一人で一人前の仕事人になったと思っているならそれは勘違いだと言いたくなりますね……!
(もっと言いたいことはあるんですが、この辺にしときます)
自分で自分を責める日々を送ってきた主人公に根の部分から前を向かせてあげたいなと思っていますが、どうなることやらです……!
聞き耳というものが、ただそのままではない、違ったこととして認識し始めてきました。
相手がいての聞き耳。
それは同時に、自分がどんなふうに思っているのかという、心の声に聞き耳をたてるという意味でもあったんですね……。
これは、だんだんと深い話になってきました。
面白いです。
作者からの返信
西之園上実さま、こんばんは!
自分に対して聞き耳を立てるというのは、自分で自分を監視しているようですよね。気が抜けなくて物凄くしんどいなぁと思うのですが、自分を罰することで生きている人がいるとしたらそういうこともありそうだなと。
ちょっと想定よりも大変暗くて重たさを感じる話になっておりますが(笑)、とりあえず底を打った感じはしますので、次話以降からはちょっとずつ暗さは軽減されるかと思います!