『童話』 メイとねずみのお手玉

夕詠

第1話

三毛猫のメイに、田舎のおばあちゃんが作ってくれたお手玉は。

カラフルな布地を三角に縫い合わせて、丸い耳をつけた、ねずみのお手玉。

中に小豆が詰まったお手玉は、メイがじゃれるたびにシャンシャンと小気味よい音をたてる。

メイは小さなお手玉を相手に、ケリケリと後ろ足の連続キックでストレスを発散したり。子猫を抱くように大切そうにくわえて、家のどこかに隠してきたり。

それを廊下やソファーの後ろで見つけて、部屋に戻しておいても。

次の日にはまた、別の部屋の片隅に転がっていた。



ある寒い冬に。

おばあちゃんが悪い風邪をこじらせた。

大きな病院に入院することになり、家族が交代でお見舞いをしたけれど。

その冬の終わり、おばあちゃんは亡くなってしまった。



真夜中。

布団に潜っていた三毛猫が、もそもそと顔をだした。

寝ている大きな姉の寝息を確かめて。

音もたてずにベッドから降りると、部屋をでていく。

居間を通りかかると、ソファーの後ろがぼんやりと光っていた。

そーっと、ソファの上からのぞきこむと。

ヨレヨレになったねずみのお手玉が、ぼんやりと白い光を放っていた。

「……なにしてるの?」

三毛猫がしゃべった。

実際には、にゃーと鳴いただけだったが。

「あ、メイさん、こんばんは。起こしちゃったかな」

ねずみのお手玉も話せるようで、黒いビーズの瞳でメイを見上げてくる。

「あたしは夜の見廻りよ。それよりも、どうしたのよ、それ。身体が光ってるじゃない」

「最近はメイさんがボクと遊ぶことも減ったでしょ。だからそろそろボクも、おばあちゃんの所に行こうかなと思って」

メイが狭いソファの後ろに、ぬるりと降りる。

「ちょっと。まだまだ遊び足りないけど、あたしは」

ねずみは後ろに下がりながら。

「もう少し落ち着いた方がいいよ、歳も歳だから」

「まあ、なんて生意気なの」

メイが前足で、ねずみをコロリと転がす。

おっとっと。

一回転して身体を戻したねずみは。

「そーゆーとこ、大人になろうよ。もうすぐ十歳になるんでしょ」

「……久しぶりに、本気で噛みつきたいわ」

メイがボソッとこぼす。

最近は破れないよう、彼女なりに気をつかっていたのだ。

「ダメだよ。これ以上、ボロボロになったら動けないから」

メイが笑って。

「動いて、どこに行くつもり? おばあちゃんの田舎まで走って行くの? 残念だけどあのお家はもうないわよ」

少し意地悪なメイに、ねずみは自信満々で。

「猫にも猫の集会場や、縁下えんのしたに秘密の隠れ家があるように。ねずみだって、どこにでも行ける秘密の穴を知ってるんだよ」

そう言って。

「ボク、そろそろ行くね。メイさん今まで遊んでくれてありがとう。本当に楽しかった。どうか素敵な友達を見つけてね」

ねずみは、滑るように走りだした。

「……」

メイは黙ったまま、身を低くして。

オシリと尻尾を、フリフリと揺らしだす。

「まさかメイさん……」

「にゃー!!」

静かな家に、猫の声が響いた。

「やめてよー!」

逃げていくねずみのお手玉を、その何倍も大きな三毛猫が追いかける。

ねずみが一目散に飛び込んだのは、押入れの戸の狭い隙間だった。

「フゥ、危なかった。すぐ本能に飲まれるんだから、猫は」

とひと息ついたら。

「待ちなさいよー!」

ガタガタと無理やり頭を突っ込んだメイが、さらに前足を入れて、肩を通そうとしている。

「落ち着いて、住人が起きちゃうから!」

「落ち着いてるわよ」

ついに押入れの戸をこじ開けて。

メイは、ねずみがいる上の段の布団の上に跳び上がった。

そこでちょこんと礼儀正しく座って、待っている。

ねずみが首をかしげて。

「もしかして、メイさんも一緒に行きたいの?」 

と聞いてみた。

「本当におばあちゃんの所に行く気ならね。一度キチンと御礼が言いたいだけよ」

ねずみは納得したように頷いて。

「わかった。じゃあ、一緒におばあちゃんに会いに行こう」

と言うと、押入れの壁を駆け上がった。

天井の隅にある板を、頭でよいしょと押し開けて。

「こっちだよ」

声だけ残して、その上に消える。

「待ちなさいよ」

メイもヒョイッと暗い天井裏に上がった。

止まって暗闇にジッと目をこらす。

ぼんやりと見えてきたのは、まっすぐにのびた細い通り道にそって大量のモノが雑多につみあげられた、薄暗くて広い場所だった。 

つみあげられていたのは。黒電話や、ガラスのケースに入った着物姿の日本人形、風車かざぐるまに、様々なぬいぐるみなど。

その奥には、大きな物もあった。

古い柱時計や、黄色い大きなビールケース。赤くて丸い郵便ポストに、古い木製の電信柱などもある。

「なんなの、ここは」

天井はもはや見えないし、薄暗いのでどこまで広いのかも分からない。

「ここは、失せ物や忘れられた物が集まる町だよ」

「町? ただの広い物置じゃない」

「そっか。メイさんはまだ向こうの存在だから、見えないんだ」

とネズミがメイの前足に触れて。

「……チュウ!」

と鳴いた。一瞬、ぼんやりと鈍く光ったネズミ。

すると周りが徐々に明るくなった。

「もう一度、周りをみて」

言われたとおりに、顔を上げると。

「あっ」

そこは確かに。

夕暮れ時の温かいオレンジ色に包まれた、町だった。

昭和や大正や江戸の時代がごちゃごちゃと混ざりあったような、不思議な町。

町を歩く住人は。大入り帳を下げた大きな狸や着物姿の狐に狛犬、日本人形に、どこかで見たような眼鏡をかけたチンドン屋。ぬいぐるみも歩いている。

奥にはお城まで建っていた。

「あれは安土城。幻の城だから、実物が見られるのは貴重だよ。ここには失せ物や、もうないけど誰かの記憶の中にだけあった無くしたくないものなんかが集まっているんだ。そーいう町なんだよ」

「この町におばあちゃんがいるの?」

「おばあちゃんのいる場所は、もう少し先」

とねずみは走りだした。

ピンク色の公衆電話が置かれた、たばこ屋の角を曲がると。

明るさがガラリとかわった。

爽やかな風にのって、澄んだ空気の匂いもする。

真昼の柔らかな日差し、白い綿雲が流れる青空の下。

緑の猫じゃらしが揺れる、広大な草原が広がっていた。

「なんて素敵な場所!」

メイが猫じゃらしの中に飛び込んだ。

揺れる猫じゃらしに戯れて、喉を鳴らしながらコロコロと転がる。

「目的は猫じゃらしじゃないんですよー。おばあちゃんなんだから」

「ちょっとだけよ。もうちょっとだけ」

「しかたないなー、少しだけだよ」

身体を使って思いっきり遊ぶメイを、目で追っていたねずみが。

「楽しそうだね、いっそここに留まる?」

と聞くと。

「いえ、もう満足。さ、行きましょう」

戻ってきたメイはスンとすまして、舐めた前足で毛並みを整えている。

「切り替え、早っ! さすが猫」

変なところに感心しているねずみを軽くにらんで。

「ごちゃごちゃ言ってないで、先に進むんでしょ」

「ハイハイ、こっちだよー」

サワサワと猫じゃらしを揺らしながら走りだすカラフルなねずみの後を、メイが追いかける。

「作りモノのねずみなのに、速いわね」

「猫にも捕まらないくらい速く走れますようにっていう、おばあちゃんの願いがこもっているからね」

しばらく進むと。

小さなせせらぎが草原を横切っていた。

その手前でねずみが止まる。

その向こうには。

今はないはずの、おばあちゃんの家が建っていた。

「メイさんはここまでだね。この先には行けないよ」

ねずみが振り返って言った。

「どうして?」

「水は苦手でしょ?」

図星だったが言い返そうとしたところで。

「こっちにきてしまうと帰れなくなるからよ」

聞き覚えのない猫の声がした。

でも、どこか懐かしい声。

飛び越せそうな小さな川の向こうから、自分によく似た模様の三毛猫が首を伸ばしてこちらを見ていた。

「だれ?」

「誰でもないわ」

と顔を洗いだす仕草も、自分に似ている気がした。

ねずみが大きな声で。

「おばあちゃーん、ただいまー!」

川の向こうの家にむかって呼びかける。

縁側から、懐かしいおばあちゃんがあらわれた。

「おやまあ、お前さん達。こんなに早くここに来てしまって。あっちでのお勤めは終わったのかい?」

「ボクは終わったよ! おばあちゃん、会いたかった! メイさんはおばあちゃんにお礼が言いたいって、ついてきちゃったんだ」

「そりゃあ律儀な猫さんだこと」

と笑うおばあちゃんに。

メイが頭を下げた。

「遊び友達を作ってくれて、ありがとう。おかげで独りでのお留守番も寂しくありませんでした」

「そうかい、そうかい。それは良かった。もうしばらく、あっちの事を頼むよ。まだまだ淋しがりな子だからね」

「安心してまかせてくださいな」

「心強いね」

おばあちゃんはニッコリと笑った。

川の向こうの三毛猫が。

「……立派に育てていただいて。向こうの皆さんには、よくおつかえするんだよ。身体に気をつけて、我がままは控えなさい。美味しいからってオヤツばかりねだらないこと、いい?」

「そんなの、わかってるわよ」

もういい歳だというのに。子供に返ったみたいで、恥ずかしかった。

「それじゃあ、メイさん。ボクをいつものようにくわえて、あちらに放り投げてよ」

「……あんた、そんな事まであたしにさせる気だったの?」

「最後の思い出作りだよ」

「まったく……ほら!」

カラフルなツギハギのねずみをくわえて、メイが放り投げる。

ねずみは弧を描いて、向こうの岸にポテッと落ちた。

「おばあちゃん!」

ねずみがおばあちゃんに飛びつくと、おばあちゃんも温かい両手でそっと包んであげた。

それを見届けて。

「じゃあ、あたしは帰るから。みなさんお達者で」

とメイがいうと、川の向こうで。

「メイさん、今まで楽しかった。最後まで付き合ってくれてありがとう!」

ピョンピョンとねずみが跳ねた。

おばあちゃんが。

「みんなをよろしくね」

と手を振っている。

見知らぬ懐かしい三毛猫が。

またね、と鳴いた。

メイはそれを目にした後、クルリと尻尾をむけて駆けだした。

猫じゃらしの草原を抜けて、失せものの町を通り過ぎ、四角い黒い穴に飛び込む。

そして冷たい布団の上にトンと着地した。

天井の穴はすぐに暗くなり、メイはいつもの押入れの中にいた。



「……」

静かに押入れをでると。

スヤスヤとベッドで眠る、人間の姉の布団に潜り込む。

姉は寝ぼけまなこで。

「見回り? ご苦労様」

布団をあげてメイを招き入れた。

「にゃーん」

甘えた声で返事をする。

「あれ? メイからお日様の匂いがする。ふふっ、不思議だね」

メイの頭をなでながら。

「おかえりなさい」

「にゃー」

ただいま。と答えて。

暖かい布団の中で寄り添って丸くなると。

すぐに眠気がやってきた。

おやすみなさい。また明日。

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『童話』 メイとねずみのお手玉 夕詠 @nekonoochiri

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