桶川さんと下敷領さんと、ちょっと林

5月には、全校生で登山に出掛ける行事がある。

何せ学校が田舎に位置しているので、どの方角に歩いても山はある。


「嶋ことしも自分で作ったん?」


切りの良いところまで行程を消化したので昼休憩をとることになり、各自、親が作ってくれた弁当を広げる。


「慣れたもんや」


などという会話を林としていたら、隣のレジャーシートから下敷領さんが話しかけてきた。


「嶋くんて毎回自分で作んの?」

「おお。親に修行させられとんねん」

「かっこええ~」


ここで再び林。


「何系目指すんやっけ?寿司?」

「弁当とかすってへんジャンルで来んのやめてもろて」



何も目指す訳がないだろう。

他に作る人がいないのだ。


とまあ、かれこれ2年強の付き合いになる親友との漫談を聞いて下敷領さんは満足したようで、自分の班のレジャーシートに重心を戻した。



下敷領さんは、もともと下敷領さんではなかった。



小学校も僕と同じだったが、その頃は桶川という苗字だったはずだ。

何年生の頃か忘れたが、いつからか苗字が変わった。

親の再婚による変更らしいと、田舎特有のカスネットワークで知った。


ということはシモシキリョーとかいう難読で珍しい苗字は新しい父親のものか。

どこで出会ったのだろう。


新垣とかであれば沖縄だと判るし、

梵(そよぎ)とかであれば広島出身としか思えない。

しかし下敷領だと何県が発祥の苗字か、僕には判らない。

この辺の人間ではなさそうだが。


「シェフ、さっきから虚空を見つめとんのは味に納得いってへんの?」

「誰がシェフやねん」


林に思考を遮られた。


「人は悩みながら成長する。苦しみの果てに辿り着く境地がある。いつか最高のジンギスカン食べさしてくれよ。」

「ジャンルを変数にすな」



僕が弁当を自分で作っている本当の理由は、林にも告げていない。

ただ、適当な言い訳をしても「そんな訳ないやろ」などと言って詳細を聞いてこない。

だから林は付き合いやすかった。

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