gloomygook+sporomongous43

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 目覚まし時計のせわしない電子音が眠りの向こうから聞こえてきた。まぶたも開けずに手探りでボタンを叩く。しかし音は止まらず、俺はなんだよとぼやきながら身体を起こした。一瞬、寝ぼけて視界が二重になっているのかと勘違いする。枕元に目覚まし時計が二つ並んでいたからだ。そういうことか。俺は改めて左の時計のボタンを押し、音を止めた。どうやら俺が叩いた右側がニセモノらしい。夜にニセモノが生まれるとは。それだけ気温も湿度も上がる季節になったということだろう。

 俺はキッチンまで歩き、冷蔵庫の上から工具箱を引っ張り出した。中からゴムハンマーを取り出すと、ニセモノの時計の上に昨日の新聞をかぶせ、その上からハンマーを降りおろす。いつもの手順だ。ニセモノとはいえ素材は本物と変わらない。新聞紙の下でプラスチックが砕ける感触が腕に伝わってくる。さらに二度、三度と振り下ろしつづけ、孫、ひ孫のニセモノが生まれないように粉々にした。自分でいうのもなんだが俺は温厚な性格だ。こういった破壊行動はあまり気持ちの良いものではない。俺は目覚まし時計の死骸をそのまま新聞紙にくるみ、ゴミ袋に突っ込んだ。


 朝の支度をすませて外に出ると、ゴミ捨て場の前で隣の奥さんに出くわした。

「昨日の夜、暑かったわねぇ」奥さんはそう言って、ゴミ袋をネットの下に滑り込ませた。「おかげでニセモノが湧いちゃって、もう大変よ」

「いやあ、こっちもですよ」俺は言った。「小さいものでまだ良かったですが」

「うちはこれよ」奥さんのゴミ袋を覗くと、背中を丸めた彼女の亭主が、血液を拭きとったらしい大量のキッチンペーパーに埋もれていた。相当重たいものを使ったのだろう。彼の頭蓋骨の右半分は大きく陥没し、顔面からは眼球が大きく飛び出している。「朝から大仕事よ。もし本物と間違えてたら、どうしようかしら」

 笑い声をあげる奥さんに俺は愛想笑いで手を振り、駅へと急ぐ。いやはや、俺ならとてもじゃないが、ニセモノとはいえ亭主の頭部を叩き潰して笑ってはいられない。しかし彼女は本当に愉快そうに笑っていた。強い人だ。


 駅につくと、どうやらダイヤに乱れが発生しているらしく、改札前は人でごったがえしていた。快速車両のニセモノが発生し、線路を塞いでしまったのだそうだ。どうやら夏は近い。

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