私にとっての言葉をめぐる現在
ライムリリー
VRChat FM言ノ葉ラジオ「第10回きっとあなたの1400字」応募作品
私と友人が長崎を歩いていたとき、彼は写真を撮っていた。当然、修学旅行のはずであるから観光名所や平和の碑を写真に収めるのなら納得がいくが、彼は有名な平和の像にすら見向きもしなかった。彼が写真に収めたものといえば、道行く一人のおばあさんであり、長崎の住人にさえ省みられない空き地の片隅であり、どこの街にもあるコンビニであった。私は最初彼の意図がわからなかったが、彼と歩くうちに、彼の意図がわかってきた。
長崎という街は、今や平和や観光に彩られていた。平和都市を象徴するような原爆の碑、通りを歩けば長崎中華街、ガラス工芸の売店。そして、それらの店でみやげ物とお金を交換する私たち修学旅行生。だが、しょせんそれは外部の人間が貼り付けた「長崎」というレッテルである。彼、そして私のみたい長崎は観光や平和に彩られた、言葉の符牒の貼り付けられたものではなく、そこに住む人々の生活感のある長崎であるのだ。言葉の符牒により隠されてしまった本当の長崎であるのだ。
このように考えていた私たちは、その名を知ることは決してない一人のおばあさんに道で通りすがった。彼女にはおそらくあの原爆の火が染みついているのだろう。私にはもはや平和の像は必要なかった。私は原爆の火そのものが見たくなった。だが、それはもはや言葉となり、現在の私には直接見ることはかなわない。言葉による過去への探求しかできない私には、符牒にはりつけられた原爆しか見ることができないのか。
その時の老婆の姿が目に焼きつき、私は原爆資料館へ急いだ。直接原爆の火を見ることのできるものを求めて。説明書きなんていうものはどうでもいい、ただありのままの原爆の火を。そんな私の前には、元は何だったかわからないドロドロとした形のまま固まった黒いガラス質のものが見えた。だが、これを見ても私の中のわだかまりは決して消えなかった。
不満に満ちた私に、この時、先の老婆の姿が思い出された。過去は符牒にはりかためられ、現在の私には見えない。だが、この老婆の姿そのものが、符牒に彩られない過去の重みを伝えるものではないかと。言葉の符牒と対し、現在にいる私は、現実と言葉の間にギリギリとした緊張感を覚えた。
私にとっての言葉をめぐる現在 ライムリリー @Limelily
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