第40話 いつもと違う日常

 今日も午前中の仕事を終えて、麗奈と二人で社食に向かう。

 今日は菊一が在宅勤務ということで、会社には来ていないんだ。

 いつものように空いた席を見つけて、正宗と合流する。

 すると、もう一人分だけ空いた席に近寄る人影が。


「ここ、いいかしら?」


「ああ、もちろんです。梅澤さん」


「ああっ! う、梅澤さん!?」


「こんにちは、正宗君。隣いい?」


「はい、もちろんです、どうぞ!!」


 沙里亜さんのご登場に、慌てふためく正宗が面白い。

 どういうわけか彼は、沙里亜さんと一緒になると、顔が真っ赤になってぎこちなくなる。

 綺麗なお姉さんを目の前にして緊張しているのなら、俺も経験済だから気持ちは分かる。


 4人とも好きなメニューを口にしながら、雑談の時間だ。


「じゃあ、大阪には泊りで行くのね?」


「はい、そうなんです。それで次の日はお休みにしようかなって。ねえ、長船さん?」


「ああ、うん。そんな感じかなって」


「ふ~ん、いいなあ。私もそんな出張してみたい。最近ご無沙汰だからなあ」


 青野菜のサラダをフォークの先でつつきながら、沙里亜さんが言葉を落とす。


「お、長船、君……出張の次の日は、どうするの?」


 正宗の言葉が、やっぱりぎこちない。

 俺も菊一も彼のことは呼び捨てにしているんだけど、彼の方はそれには慣れないみたいで、未だにこっちを君付で呼ぶ。

 そんなに気を使ってもらわなくても、全然いいんだけどね。


「京都あたりをぶらっと見てから帰ろうかなって」


「京都……!?」


 正宗が、お蕎麦の器に突っ込んでいた箸の動きを止める。


「ねえ長船君、嵐山って興味ない?」


「嵐山? ああ、人気の観光地みたいだな。写真で見たことがあるけど、河に橋が架かってるんだよな?」


「ああ、渡月橋だね。もしそっちの方にも行くんだったら、よかったら僕の実家にも寄って行ってよ」


「え、実家?」


「うん、僕の実家はそこで、温泉旅館をやってるんだ」


「わわ、本当に!? 正宗さん、すごい!! いいとこだよね、嵐山って!!」


 よく分からないけれど、早速に麗奈が食いついている。


「そうだね、景色は綺麗だと思うよ。出張の日はどこに泊るの?」


「多分大阪市内かな。向こうで懇親会をやってくれるみたいだから、そこから近い方がいいだろうな」


「そっか。ならよかったら、次の日に温泉にでも入っていってよ。母さんが女将をしてるから、ちゃんともてなしてねってお願いしておくよ。ちなみに、場所はここだよ」


 正宗が差し出したスマホの画面を見て、麗奈と沙里亜さんがわっと驚いている。

 そこには上品な和風の建物があって、綺麗に華が飾られていて、『華回廊』と書かれた看板が映っていた。


「滅茶苦茶有名なとこじゃない、ここ! テレビで紹介されたりもしていたわね」


 沙里亜さんがうっとりとした視線を、正宗に向ける。


「まあ、結構長くやっていますからね。おじいちゃんのもっと前の頃から」


「行きたい!! ねえ長船さん!? ねっ!!??」


 目をキラキラと光らせて訴えてくる麗奈。

 どうやら、出張の次の日の工程は、彼女の中では決まってしまったみたいだ。


「正宗、そう言ってくれるのは嬉しいけど、なんだか申し訳がないんだけどな」


「いいんだよ、二人にはお世話になったし。あ、お金のことは気にしないでね。母さんによろしく言っておくから」

 

 これはありがたい申し出だ。

 こういうことでもないと足を向けられないほどに、高級感の漂う宿だ。

 スマホの画面からだけでも、それがひしひしと伝わってくる。


「いいな~、私も行きないなあ」


「う、梅澤さんも、言ってくれたら、なんとかしますよ?」


「ありがとう。でも、一人じゃつまらないわ。一緒に行く相手がいないとね~」


 ちらりとこっちに向けられた沙里亜さんの視線が寒い。

 これ、俺が行きたいって言ったわけじゃ、全然ないんだけどなあ。


 なんだか肩身が狭くて、カレーライスの味がいつもよりも薄く感じた。


 結局温泉旅館には、出張の翌日の午後に、ふらりと立ち寄らせて頂くことにした。

 その日のうちに帰京する予定なので、あまりゆっくりとはできないけど、温泉に浸からせてもらうことくらいはできるかもしれない。


「なんだか楽しみになってきたなあ」


 デスクに戻ってからも麗奈は上機嫌で、ずっと笑顔がこぼれっぱなしだ。


「まあその前に、やることはやらないとな。打ち合わせの資料を作って、出張の前に村正さんに確認してもらうんだ」


「はい、頑張ります。温泉楽しみだな~」


 麗奈は顔を緩ませながらも、猛烈な速さでパソコンのキーボードを打ち込み始めた。


 こんな感じで、忙しくもそれなりに楽しく過ごしているうちに、週末の土曜日を迎えることになった。。




 ◇◇◇


 今日は朝寝をしてしまった。


 昨夜は仕事を終わって家に帰って、麗奈と一緒の時間を過ごした。

 もうすっかり日常になりつつある光景だけれど、来週に控えている大阪出張や京都巡りの話題で、彼女は饒舌だった。

 話を聞くと彼女は歴史好きで、特に幕末の動乱に想いをはせるのだという。

 そこに登場するのは新選組、誠の旗を掲げて京都の町を駆け巡り、そこから会津や函館へと転戦していった志士たちである。


 ウィスキーのロックを片手にそんな話をひとしきり聞かされて、ベッドの上で横になった頃には、丑三つ時を回っていたのだった。


 自分で朝飯を作るのは面倒臭いのと、麗奈のお陰で消費が激しいアルコールの補充のために、スーパーに立ち寄って買い物をした。


 インスタントのソース焼きそばをお腹に入れてひと息ついていると、インターホンの電子音が鳴った。


 ―― 来たかな。

 部屋の中から応じると、ディスプレイには金色に輝く髪の女の子が映っていて、ピースサインを送っていた。


 約束の時間の通り、朱宮さんが訪ねて来たんだ。

 ドアを開けるとその隙間から、きらきらと光る空気が流れ込んできた。


「こんにちは、長船さん! 今日はよろしくお願いします。」


「ああ、ようこそ。上がって」


 彼女は黒のヒールブーツを玄関に残して部屋に上がり、ずっしりと重そうなバッグを床の上に置いた。

 

「まあ座ってよ。何か飲む?」


「ありがとう。コーヒー砂糖抜き、クリームたっぷり入りで」


 ソファに腰を沈めて、フレアスカートの下から覗く白くて長い脚を組む朱宮さん。


「あ、これお土産。うちの近くにあるかりんとう屋さんのやつなんだけど」


「そっか、ありがとう。じゃあさっそく頂こうかな」


 インスタントコーヒーが入ったマグカップ2つとクリームをお盆に乗せて、リビングの方へと移動した。

 お土産のかりんとうは、甘いのや辛いのが小分けになっていて、カリカリと歯ごたえがいい。


「美味いね、これ」


「でしょ? よかった。今日はごめんなさい、無理を言って」


「いや、いいよ。でも俺に、撮影なんてできるかな?」


「大丈夫。いつも知り合いの女の子の撮ってもらってばっかりだから、たまには違う人にお願いするのもいいかなって思ってさ。こんなの頼めるの、長船さんしかいないし」


「そっか。まあ、朱宮さんがそう言うのなら、頑張るよ」


 甘辛のかりんとうを摘まんでいると、朱宮さんが上目遣いの視線を向けてくる。

 やっぱり可愛い。

 笑うたび、瞬きをするたびに、星の欠片が舞い散るほどに。

 なんでこんな子が、こんなとこで俺と二人でいるのか、本当に不思議だ。


「ねえ、兼成さんって、呼んでいいかな? 沙里亜さんや麗奈さんみたいに?」


「……ああ、別にかまわないよ。好きに呼んでもらったら」


「じゃあ私のことは、真理って呼んでね」


 女の子に下の名前呼びって、やっぱり特別で緊張する。

 それって、向こうも同じなのだろうか?

 頬を赤くして肩を小さくすぼめている真理ちゃんが、ものすごく可愛い。


「じゃあ……真理ちゃん……」


「はい、兼成さん」


 今日はまだお酒を飲んでいなくてしらふだけど、体が熱くて、ふわふわと空中に浮かんでいる気分だった。




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ハイスペックな彼女たちは、なぜか俺のことを放っておかない まさ @katsunoi

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