第39話 一緒に行くか?

 明らかに慌てたふうな麗奈が、お鍋の前で固まっている。


「そ、そんなの、聞いてないよ?」


「ああ、今初めてしゃべったからな」


「それって……一人で来るの?」


「多分な。いつも一緒にやってる子の都合が悪いってことで、こっちに話が来たんだ」


 少し前に、朱宮さんから連絡が来たんだ。

 最初は『拒否』の一択だったのでそう返そうとすると、『びえん』『よろ』といった言葉が泣き顔の兎と一緒に連発されて届いて、怯んでしまった。


 本当に困っているのなら、助けてあげようかなと思った。

 なんで俺の部屋なんだとは思ったけど、あっちの部屋に行く方がよっぽどハイレベルだし、わざわざ別の場所を探すのも大変なのだろう。

 それにここには、一度来てもらっているし。


 それでこの週末にってことで、OKをしたんだ。

 ここで二人きりになってしまうので躊躇したけれど、向こうがそれでいいのなら、こっちも無下にしない方がいいだろう。


「じゃあ私も、お、お邪魔しようかな」


「軽く言うな。遊びじゃないんだぞ」


 自分のSNSで十万人を越えるフォロワーを抱える朱宮さんとしては、色々と気を使うに違いない。

 自分は好きにやっているだけだから関係ないとは言っていたけれど、それでも応援してもらって嬉しくないはずはないんだ。

 微力ながら、そんな想いは応援してあげたいと思った。


「わ、わたしだって、真理ちゃんとは知り合いだし。真理ちゃんのコスプレには興味があるし。それに女の子が一緒の方が、彼女も安心するんじゃない? 二人だけってよりはさ?」


 だったらなんでお前が今ここにいるんだよと、突っ込みたくもなるけれど。

 でもそれは一理あるな。

 俺だって、ここで朱宮さんと二人きりで、あの衣装の彼女を見せられるのは、ちょっと……

 いや、変なことは考えていないよ?

 でも色々と気を使ってしまうじゃないか。


 けど、わざわざ俺をご指名してきたってことは、きっと色んな意見が聞きたいのだろう。

 だとすると、外野がいない方が、好きなことが言いやすいな。


「撮影は彼女と二人でやるよ。だからお前は、その後で来てくれ」


「ええ~!?」


 あからさまに、不満顔になる麗奈。


「ねえ、変なこと考えてない?」


「は? な、なんだよ、変なことって!?」


「ふ~んだ。今兼成君が考えてたことだよ」


 何も考えていなかったぞ、俺は。

 でも、そう改めて言われてしまうと、意識してしまうじゃないか。


 ……きっと大丈夫だ、俺さえしっかりていてば、多分…… 


「わっ! お魚が焦げてる!」


 慌ててお鍋の中を掻きまわしたり、水を追加で入れたりしている。

 醤油の煮詰まった香りが部屋の中に流れてきて、こっちとしては食欲をそそられる。


 そんなことがあっても、テーブルの上には、濃い茶色に色づいたカレイがお目見えした。

 脇に散らばっている白い塊は、多分ショウガだろう。

 鼻をくすぐるつんとくる香りがそれを教えてくれる。


 白いご飯と一緒に、納豆とお味噌汁。

 それに、俺の好きな南高梅の梅干し付きだ。

 最高の献立だ。


「ありがとう、頂きます」


 感謝を込めて合掌してから、カレイの腹のところに箸を入れる。

 粒粒の卵がほろほろと煮汁にこぼれるのを見ながら、大きな塊を口の中に入れた。


 最高に美味い。

 魚は身だけではなくて、卵やはらわたが大好きだけど、そこにしっかりと醤油と出汁の旨味がしみ込んでいる。

 一緒に白ご飯をかっこむと、すうっと染み入るように、胃の中へと消えていく。


「美味いよ麗奈。日本酒が合いそうだ」


「よかった! じゃあ持ってくるね!」


 麗奈は戸棚の中にしまってあった『大久保』の大瓶を取り出して、二つのグラスにそのまま注ぐ。

 無色透明でさらさらな液体が、透明な器の中で揺れる。

 喉に流しこむと、甘い香りが鼻を突いて、辛口の味が舌を撫でながら、喉の奥へと消えていく。

 すっきりとしていて、後には何も残らないほどに爽やかだ。


「おいしい、これ!」


 頬を緩める麗奈を目に納めて、こっちもほっと息をつける心地がする。

 お酒だけじゃ物足りない。

 最高の料理と、一緒に語らえる相手、それがあってこそ、ここまで美味いんだ。

 それをもたらしてくれているのは、目前にいる麗奈なんだよな。


「なあ麗奈」


「ん?」


「ここにいて楽しいか?」


 麗奈は杯を胸の前で止めて、こっちを見返す。


「え? どしたの、急に?」


「いや、ちょっとそんなふうに思っただけさ」


 少し照れくさい。

 くっと杯を傾けると、空っぽになった。


「私は……楽しいよ。こうやって兼成君と一緒にいられて」


「そっか。すまん、酒が空になった」


「はい、どうぞ」


 名酒『大久保』を、空になった俺の杯に注ぎ入れてくれる。

 なんだか胸のあたりが熱い。

 きっと酒のせいだけじゃなくて、俺の心も、今の時間を楽しんでいるんだろう。


「ねえ、兼成君は楽しい?」


「……お前の料理は美味い」


「……それから?」


「一緒に飲むと、酒が上手い」


「ふんふん、それから?」


 ……なんだよ、その嬉しそうな顔は?

 滅茶苦茶可愛いじゃないか。

 まるで、高校時代にずっと遠くから眺めていた、あの頃みたいだ。

 胸の中で、なにかがキュンっと飛び跳ねる。


「しゃべってると面白いかな。たまにウザイけど」


「……もう。最後の一言は余計だよ!」


 頬を膨らませて、人差し指をピンと立てて、俺の肩を突いてくる。


 なんか、甘酸っぱいな。

 ずっと忘れていたような感覚だ。

 ずっと昔に、こうしていたかった。

 こんな時間を過ごしたいと想っていた。

 でもかなわなくて、ずっと離れた場所から、こいつのことを見ていたんだ。


 それが、何で今になってとは思うけど。


 あんな嘘告イベントがあって、ずっと顔も見たくなかった。

 けどあれは、自分では本気だったと麗奈は言う。

 最初は信じられなかったし、今でも俺の中では疑う気持ちは消えていない。

 けれど、こうやって部屋に訪ねてきて色々と俺の世話を焼いて、ウザ絡みしてくる麗奈と一緒にいて、少しずつ俺の気持が彼女の方に寄っていっているように感じる。


 全く嫌って気分ではないよ、運命の神様。


「なあ麗奈、今度の出張だけどさ」


「うん?」


「次の日、休みがいいか?」


「それは、兼成先輩に任せるよ。色々やることがあるのは本当だしさ。それに、私一人だけ休みになったって、つまらないし」


「……いや、俺も休みにしようかって思ったんだ」


「……え?」


「行くか、京都?」


「…………うん、行きたい! 兼成君と一緒に!」


 顔に笑顔の花を咲かせながら、がばっと抱き付いてくる麗奈。

 さらさらの髪の毛が俺の鼻先をかすめて、ふんわりと甘い香りが流れてくる。


「お、おい、何だよ!? 調子に乗ってんじゃないぞ!」


「ふーんだ。でも嬉しい」


 彼女の体が温かい。

 きゅっと抱きすくめられて、体が反応してカチンと固くなる。

 言葉とは裏腹に、彼女のことを振りほどくことができなかった。




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(作者より、ご挨拶とお詫びです)


本作をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。

また、いつも応援を頂き、重ねて御礼を申し上げます。

仕事始めで本業が始まる等諸事情ございまして、これ以降の更新頻度を変えさせて頂くかと思います(様子を見て、また元に戻すかも分かりませんが)。

ご不便をおかけして申し訳ございませんが、ご理解を頂ければ幸いです。


今後ともご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

(カクヨムコン10には引き続き挑戦を致しますので、どうぞご支援のほど、よろしくお願い申し上げます!)




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