17、の①


 家でビデオゲームをしていたら、玄関の方で扉が開く音が聞こえた気がした。

「ただいまー」

「こんにちわー」

 シノとシュンちゃんの声だった。壁の時計を見る。もうそんな時間になっていた。

 ドタドタとした二人の足音が廊下を、階段を登ってくる。

 隣りの部屋の扉が開く音。そして、バタバタとしばらく二人の声が壁越しに聞こえたかと思うと、二人の足音がまた聞こえて私の部屋の前で止まる。


 コンコンッ。


「いーよ」

 ガチャリとノブの回る音。やがて二人が私の部屋に入ってきた。

「ただいまー」

「こんにちわ、リノお姉ちゃん……」

 シノはズカズカと、シュンちゃんはオズオズと入ってくる。シノはともかく、シュンちゃんの様子はここ最近じゃ珍しいことだった。

「どうしたの、シュンちゃん?」

「その、今日の恰好、変じゃないかな……?」

 私は改めてシュンちゃんを頭からつま先までなぞる。

 白いワンピース姿のシュンちゃんは、どこかイイとこのお嬢さんのようだった。

「ううん。変じゃないよ? 今日もとても可愛いよ?」

「そ、そう……? ありがとね、リノお姉ちゃん」

 そう、ようやく安心したようで顔のこわばりが取れた。

「ほーら、言ったでしょ?なんか、今日のスカートが短いのが気になるってさ。今更だよねー?」

 と、シノがあきれ顔でボヤく。

「そんな事言っても、短いスカートってやっぱり恥ずかしいんだよ……」

 と、スカートの裾をキュっと握ってモジモジしている。うーん、その出で立ちが保護欲をくすぐる。

「大丈夫大丈夫。とっても可愛いから。どこに出しても恥ずかしくないよ?」

「外でこの格好はとっても恥ずかしいってば」

 と、赤い顔して消え入りそうな声でシュン君は返事をした。そこでシノがパンパンと手を鳴らす。

「はいはい、そこまで。そろそろ今日の勝負といこうよ?」

 私はプレイ中だったオンラインゲームをセーブすると、そのままログアウトした。

「今日は何する? またスマブラ? マリオカート? マリオパーティ?」

 まあ、私が無双しちゃうけどね。練習時間が違い過ぎるのだよ、時間が。

 と、シノが芝居がかった仕草で指を立てて左右に振り、口で「チッチッチ」と言った。

「わたし、気づいちゃいました。最近のゲームでやり合おうとしてたのが間違いでした。我々は、誰も知らないもっと古いゲームで勝負するべきだったのです。そしたら、頭の固いお姉ちゃんはなかなか対応できず、若い我々が柔軟に対応してお姉ちゃんにも無双できるハズなのですよ。ね? もう高校生になってしまったお姉ちゃん?」

 やかましい。高校生は頭が固いみたいに言うなや、まだまだピチピチだわ。……うん。

「で、結局何で勝負するの、シノ?」

「ぷよぷよ、です!」

「当然シノがソフト買うのよね?」

「あ……」

 シノの目が泳ぐ。

「お姉ちゃんが支払ったりとかは……?」

「するか」

 引きこもりに余計な出費を許すほどキャパが残ってると思うなよ?

 ストアで調べると、さんきゅっぱ、だった。無理無理無理。

「じゃあ、こっちはどう? テトリス。こっちは無料だよ?」

 と、引き続きストアでソフトを探してくれてたシュンちゃんが提案してくれた。ほんとだ、無料ってなってる。

「リノお姉ちゃんは、このゲームしたことある?」

「ないね」

「勝負だお姉ちゃんっっっっ!!」

 私が未経験と知って、嬉々としてシノが勝負を挑んできた。こいつ、互いに経験がない状態だったら絶対勝つと思い込んでるね? いいだろう、数々のゲームを渡り歩いてきた末に磨かれた私の適応力、とくと見せてあげよう、シノよ?

私が座ってる両隣りに、二人はそれぞれクッションを引くと座ってコントローラを手に取った。シノは胡坐、シュンちゃんは正座だった。

「「「いざ勝負」」」



 完封だった。

「アハハハ、どうよお姉ちゃん様よ!?」

「クッ……」

 反論する元気も残ってない。

「ちょ!?お姉ちゃん!?」

 私は恥をかき捨てて、二人に頭を下げる。プライドをかなぐり捨てて、泣きのもう一勝負を発動した。


 結局負けた。二人に負けた。二人とも、容赦ねー。

「く……、煮るなり焼くなり好きにしたらいいよ!」

 私は大の字に床に投げやりに寝転がった。

「ふ、二言はないな? では約束通り我々のお願いを聞いて貰おうか?」

 そう、我々がゲームで勝負をするにあたって設けたルール。「勝者は敗者に言う事を利かせる事ができる」。


「じゃあ、お姉ちゃん。命令です」

 シノが、泣きそうな顔で言った。

「『一緒にクレープを食べに行くって約束して』?」

 シュンちゃんも、泣き出しそうな顔で言った。

「あたしも。『一緒にソフトクリームを食べに行くって約束』して欲しい」

「……」

 私は返事ができないでいた。

「すぐに、じゃなくていいんだ。約束、だけでいいんだ。お姉ちゃんの未来、一つだけ予約させてよ?」

 奢ってあげるからさ、と無理やりにシノは微笑んだ。

 シュンちゃんも言った。

「ねえ、リノお姉ちゃん。デートしよ? あたしは、リノお姉ちゃんとしたいな」

 そう無理やり微笑んだ。

 そんな二人に私は

「ごめんね?」

 謝る事しか出来なかった。

 両手で顔を覆う。

「ごめんね? 不甲斐ないお姉ちゃんで、ゴメンね? でもね、……ごめんね?」

 私の返事に二人は顔を歪ませる。けれど、リノはパンパンと手を叩くと

「さーて、それじゃ折角だしこれまでの憂さ晴らしにお姉ちゃんの事ボッコボコにしてやんよ! ほら、お姉ちゃん! コントーラ握って!!まだまだ時間あるでしょ!!」

「あ、あたしも今のうちにマウント取っとこっと!」

 と、努めて明るい声で、勝負の続きを口にした。

 そんな二人に増々私は自分の不甲斐なさに消え入りたくなる。


 ごめん、本当にごめん。

 弱いお姉ちゃんで、本当にごめん。


 でもね、恐いんだ。

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