15
シノに彼氏ができた。
「どうよ、お姉ちゃん」
「いや、どうって言われても?」
「羨ましい?」
「いや別に?」
「なんでよ!」
「いや、何でよ?」
「お姉ちゃん、彼氏いないんでしょ?」
「いないけど」
「羨ましいでしょ」
「いや別に?」
「なんでよ!」
「いや、だから何でよ?」
どうやら私に羨ましがられたかったらしい。
まあ、確かに。まだ小学4年生なのに、随分おしゃまだなぁとは思ったけど。
「それで? 相手はやっぱりシュン君?」
すると、シノはとても驚いていた。え、そう思う事がそんなに意外?
「そんな訳ないじゃん。お姉ちゃんの知らないクラスのこだよ」
「そうなの? 仲良かったからてっきり。ほら、ありがちじゃない。幼馴染を好きになるって」
「……うん、そうだよね。定番だよね。私の仲のいい子も幼馴染を好きだからよく知ってるよ」
「へぇ、そんな友達いるんだ。ふふ、やっぱりあるんだね、幼馴染を好きになる事。あ、でもシュン君は案外シノの事意識してたんじゃない?今頃落胆してるかも」
軽い気持ちで安直な憶測を口にしたら、シノは突然大爆笑を始めた。
「アハハハハハハハ、アハ、はhッ、ゲホゲホゲホッ、オエッ」
「ちょ、シノ!?大丈夫!?」
「あー……死ぬかと思った。それにしても、フフ、ハハハハ。ないないない!シュンに限ってそれはない!もう私達家族みたいなもんだし。それに、アイツずっと好きコいるから」
「へぇ。シュン君も。みんなおませだね」
私が小学生だった時どうだったかなぁ。……今と変わりないや。周りは誰々君が好きって話題で盛り上がってたけど、私はまるでピンとこなかったな。今もだけど。
「おませってお姉ちゃん……」
「シュン君の好きな子ってどんな子? 知ってる?」
「……」
プルプルしてるシノが無言で私の顔を凝視する。
「な、なによ?」
「別に? 気になるの?」
「それはね。シュン君みたいな男の子が好きになる女の子ってどんな子かなって」
「……鈍感な子だよ」
「へぇ。それはそれは。シュン君も大変そうだね」
「ホントにね」
そう言い残したシノはニヤけ顔で走って自室に引きこもると、また大声でしばらく笑い、むせて、ようやく静かになった。
平日の夕方、勉強する手を止めてそろそろ夕飯の支度を始めるかと席を立ったらシュン君もついてきた。
「手伝うよ」
「いつもありがとうシュン君。じゃあ、洗い物お願い」
「わかった」
「シノー、あんたはお風呂洗って」
「へーい」
そうシノは返事をすると寝そべっていたソファーからノソノソと起き上がりお風呂場に向かった。
シュン君は踏み台を持ってくると、ちゃっちゃかと洗い物を始めた。私はその様子を見守りながら冷蔵庫から食材を取り出していく。
「いつもありがとうね、シュン君。すごい助かる」
「ううん、リノ姉さんこそ大変でしょ。受験勉強もあるのに、ご飯も作って」
「まあ、気分転換にもなってるから。それにシュン君が手伝ってくれるし?」
すると照れたのか、そっぽを向いた。
「役に立ててるなら、よかった。……今日は何作るの?」
「カレー。食べてくでしょ?」
「うん」
シュン君の声が弾んでいた。
「そういえばさ、シノに彼氏できたって」
「あ、うん。本人から聞いた。意外な組み合わせでビックリしたけど」
と、確かにシノの言う通りシュン君の態度はサバサバしたものだった。
「意外なの? へぇ、どんな子なの?」
私はジャガイモの皮をピーラーで剥いていく。
「んー、僕とも仲いいんだけど。そのうちシノが連れてくると思うよ。それまでのお楽しみ、かな? こっち終わったから皮むきもするよ」
「えー、いじわる」
私は不満を漏らしながらもピーラーとジャガイモをシュン君に手渡した。
「そういえば、シュン君も好きなコがいるんだって?」
「え」
シュン君の手からお芋が落ちる。
慌ててシュン君は落ちたお芋を拾った。その頃には顔が真っ赤に茹で上がっていた。
「……シノ? シノが言ってたの? あーもう、シノのヤツ、内緒って言ってたのに」
「えー、別にいいじゃん。私が知っても学校違うんだから何もできないって。ねえ、どんな子なの? お姉さんに、教えて?」
シュン君は、大抵は私のお願いを聞いてくれるのだけど、この時ばかりは真っ赤な顔のままで苦悶の表情のまま絞り出した声で
「ナイショ」
と、ボソッと呟いたのだった。
「えー? シュン君いじわるー」
一人除け者にされて、私は寂しい。私だって恋バナしたいよ。いや、中学生なのに小学生と恋愛トークも如何なものかと思うけど。身内だから関心あるのよ。
そうして私の受験は無事終わり志望校に入学することができた。これからは高校生。これまで以上に帰りは遅くなりそうだ。でも、もうシノ達も小学5年生。一緒についてあげる必要もないだろう。シュン君と会える機会が減っちゃうのは寂しいけれど。こうして私は放課後の監督責任から解放されたのだった。
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