第2話

 長谷くんはあたし――荻咲 要おぎさき かなめが初めて出会うタイプの男だった。何が初めてって? そりゃあ、あたしに明確な好意を向けてくれることがだ。あたしが何を話しても肯定してくれるし、あたしの趣味や好みを楽しそうに聞いてくれる。意見や感想は素直だし、デカいって感想も最初だけで、その後は普通に接してくれていた。


 ただ、長谷くんは背が高いわけでも無く顔が特別良いわけでも無い。眉目がキリッとしてるけど、それ以外のパーツは普通? まあ、普通といってもあたし基準だから別に悪くはない。何でも気が付くタイプでも無く、ちょっと抜けてる所がある。明るくてこっちを元気にしてくれるというのでもない。でも、私を大好きでいてくれる。


 チョロいといえばあたしはチョロいのだろう。変な商売やカルトに引っかかりそう? まあそうだよね。大学の時にもそういうのに何度か引っかかりそうになったけど、アルコールが入ると思考が柔軟になることもあって、これヤバくない?――って気付けるので、お酒とご飯だけ頂いて、あとは体調悪いフリして逃げ帰っていた。



 ◇◇◇◇◇



 長谷くんにまた誘われた。今後は彼とあたしが好きなイラストレーターさんの個展。ただひとつ、残念と言えば残念なのが、あたしは別に個展で実物を観たからと言ってそこまで感動するタイプじゃなかったってこと。その代わり、長谷くんはとても楽しんでいるようで、それだけで嬉しかった。


 事件があったのはその夜の事。あたしはいつものようにネトゲにログイン。ゲーム仲間の一人と外人さん相手に遊んでいた。ただ、ゲーム中に何度か長谷くんからメッセージが来ていた。


 ゲームが終わって長谷くんにメッセージを送ってみると、なんだかご機嫌ナナメ。長谷くんとしては、今日の事を話したかったようだけど、あたしが別のゲーム仲間と遊んでいたのが気に食わなかったらしい。しかもその相手が男で、女のプレイヤーに優しく、しかも馴れ馴れしいから嫉妬したようだった。


 あたしとしてはゲームにはドライなタイプだったから、相手が誰であろうと楽しければよかった。ただ、長谷くんはそうじゃなかった。喧嘩の末、あたしのことが好きだと告げられた。



 ◇◇◇◇◇



 三度目の長谷くんとのお出かけ。そして恋人になってから初めてのデート。

 デートの最後には、ちょっとうち寄ってく?――なんて声を掛けられ、そのままお泊りコースだった。えっ、チョロ過ぎない?――って思うけど、あたしも好きと言われ、嫉妬までされ、すっかり絆されていた。それに根がスケベなあたしだったから、せっかくの流れだしいいかなって。


 初めてのセックスは、まあ、こんなものかなって。ただ、初めてということで大事な思い出になったし、肌と肌の触れ合いがこんなに嬉しいものだったなんて初めて知ることができた。そして何より長谷くんの愛情が嬉しかった。



 ◇◇◇◇◇



「えっ、なになに? カナメついに恋人出来たの?」


 年末、大学の学科の親しかった女友達たちと飲む機会があった。ついでに、なんとなく洋一くんとのことを話したワケ。いまさら恋愛話なんて彼女らは興味ないと思っていたけど、なんだか皆、食い付いてきた。


「カナメ、男には興味が無いんだと思ってたー」

「だよね。誰に対しても塩だし」


「えっ、そうだったかな……」


「そうそう。磯村いそむらくんだって最初はカナメのこと狙ってたっぽいし、他にも結構いたよね?」


「え……」


 磯村君は記憶にあった。顔がよくて背も割と高い。ただちょっと照れ屋で奥手な感じ。


「磯村はあたしが食べちゃいましたー。その後は誰と付き合ったか知らんけど」

「磯村、ユキと付き合って目覚めちゃったみたいで彼女がころころ変わってたよね」

「宮下とか木村なんかもカナメに気があったよ」


「マジで……」


 あの磯村君、そんな風になってたのか。


「カナメと一緒に居ると結構イイ男が釣れるんだよねー」

「わかるー」

「みんなカナメが美人過ぎて隙が無いから怯んじゃうんだよね」


「あたしが美人……」


 自分の顔は好きと同時にコンプレックスでもあった。目がギョロっとしていて眉がくっきり。高い鼻って言っても要はデカい鼻で、何よりコレうつ伏せになれない。あと、皆と比べてやたら首が長いような気がしていたのも嫌だった。


「でもぉ、カナメがちゃんと幸せになれたみたいで安心した」


 そう言ったのは姫。姫って言ってももちろん本名じゃなく、オタサーの姫の方。本名は上田 文うえた あやなんだけど、なんかもう姫でいいや。サークルでも姫って呼ばれてたし。で、聞いてみる。


「安心されるほど心配されてたの? あたし」

「だってぇ、サークルのみんなから、カナメを好きになったって相談されてぇ、でも結局告白しなかったみたいだし?」


 ――そりゃあ姫が食っちゃったからでしょうが。


「そういえば姫は結局……最後に誰を選んだの?」

「んー、今はフリーかなぁ」


 ――放流かい!


「――あっ、ねえねえ。磯村くん、こっち帰ってるんだって。近くで男だけで飲んでるから合流していいかって」

「男だけ? 何やってんの磯村」

「どぉせ地元でナンパでもして遊んで帰るつもりだったんでしょ」


 地元の大学だから地元の出身者の割合も高くて、集まれる機会は多い。ただ、あたしはあまり顔を出していなかった。別に仲が悪い訳じゃない。洋一くんのことで頭が一杯だったからだ。洋一くんのことを考えながら酔いが回ってくると、彼に逢いたくなった。彼の肌の温もりが欲しくなる。度々は逢えないだけに余計。



「久しぶり!――あれ? 荻咲さん!? 来てたんだ!」


 ただまあ、何というか。目の前に背が高くて顔の良い男をポンと置かれると、ときめいちゃうのがあたしなんだよね。







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浮気する女 あんぜ @anze

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