七不思議と過去

「ねえ。ホントにあるのかなあ。七不思議なんて」


 レイカが不信感を隠しもせずに言った。

 目の前には壁。階段の折り返しのところにある、なんの変哲もない壁である。


「いや、塩森さんが言ったんじゃん。時間限定の鏡あるよって」


 彼女の横からイクトが言う。その向こうでシズクが小さくうなずく。レイカは両手を上げて降参のポーズを取った。


「そうだった。そうでした」


 三人は階段に座りこんでいた。踊り場が見える位置に陣取って、じっと壁を見つめている。レイカが腕のストレッチをしつつ言う。


「0時になると階段に現れる鏡。それを見ると見たひとの未来が映るって、聞いたことない?」


 イクトとシズクが顔を見合わせた。


「あるけどさ。まさかねえ」

「信憑性は低いですね」


 ふたりから即座に否定され、レイカはムキになって唇をとがらせる。


「ふたりは不思議な事件を解決してるんじゃないの? なのに学校の怪談は信じられないわけ?」

「イクトさん?」


 シズクが厳しい視線でイクトを射貫く。イクトは両手を顔の前で合わせた。


「ごめん、話した」


 レイカがふたりの様子を交互にながめて言う。


「ひょっとしてなんだけど、忘れたほうがいい?」


 シズクがうなずいた。


「どちらかと言えば、忘れといったほうが」

「そういえばさ! あのときは大変だったなあ! シズク!」


 突然イクトに割りこまれたシズクが、しばし彼を見る。そしてなにかを悟ったらしく、彼女はきゅっと口を閉じた。

 レイカはその様子をあえて放置することにした。それよりも彼らの話の方に興味がある。イクトに聞く。


「あのときって?」

「シズクに出会ったのもこんな夜だったなあと思ってさ」

「この学校の屋上でしたね」


 レイカは頬杖をついた。イクトに先をうながす。


「なんだかロマンチックな雰囲気じゃない?」

「いや全然」


 きっぱりと否定され、レイカは噴き出してしまう。ひとしきり笑ってからイクトへ水を向ける。


「じゃあやっぱり、なにか事件があったの?」

「まあね。あるひとが急にいなくなって……」

「だれ?」

「当時気になってたひと」

「堺くんも恋とかするんだ!」

「しちゃいかんのか!?」

「いけなくないけど意外ー!」


 やにわに盛り上がるレイカと、顔を赤くするイクト。

 せき払いで自分を落ち着けてから、イクトが続ける。


「まあそれはいいんだけど。そのひとを探してたらシズクに出会ってさ。いきなり関節をキメられて」

「か、関節を?」


 恋バナからサブミッションへ話が急カーブし、レイカは困惑した。ずっと黙っていたシズクが補足を入れる。


「わたしを狙っている敵対勢力だと思ったのです。勘違いでしたが」

「敵対勢力って顔じゃなくない?」


 悪気なくレイカが言った。イクトは傷ついた子犬のような目でレイカを見つめる。レイカは苦笑いで両手を挙げて言った。


「ごめん、なんでもない」


 気を取り直して、イクトが冒険譚の続きを話す。


「そこからいろいろあって、宇宙のドローンから逃げたり、学校が宇宙へぶっ飛んでいったり……」



「おっと。あともう少しだ」


 イクトがスマホで時刻を確認して言った。シズクもかたわらに置いた金槌を持って構える。レイカはなにかをじっと考えていたようだが、ぽつりと漏らした。


「すごいな、ふたりは。すごい秘密を持ってて」


 イクトはレイカを見る。先程の言葉がどこにも向けられていないもののように思えたからだ。なにかを恐れている。壁を見つめたままのレイカは、少し震えているように思えた。


「あたしの秘密も聞いてくれる? そっちの秘密だけ聞いたんじゃ悪いから、さ」

「いえ興味がないので……」


 シズクが割りこんできたが、イクトが手で制する。


「聞かせてほしいな。塩森さんがよければ」


 努めて穏やかな口調で言う。レイカはひざを抱えて顔をうずめた。鼓動五つ分ほどの間が空いて、再び顔を上げる。


「あたし、むかし霊感少女だったの」

「霊感少女?」


 イクトは小首を傾げた。レイカが自分をかき抱きながら言う。


「霊感少女のレイカちゃん……って知らない?」


 レイカはイクトの方へ顔を向けた。不安で眉が歪んでいる。

 だがその顔に、イクトは確かに見覚えがあった。


「あーっ! レイカちゃん! あの!」

「ご存じなのですか?」


 イクトの後ろからシズクが言う。


「もちろんだよ! 日本中あちこちで悪霊のいる場所をピタリと言い当てて、色んな番組に出て、すごい人気だったんだから」

「そう。あたしはそのレイカちゃん……の成長したバージョン」


 説明を重ねようとしていたイクトだったが、レイカの目が潤むのに気づいて口をつぐんだ。代わりにこう聞いた。


「なにがあったんだい? なぜそれを話したんだい?」

「信じてくれる?」


 レイカは涙をこらえながら言う。


「あたしは本当に霊が見えてたの。本当なのに。突然、誰も信じてくれなくなった」


 イクトは思い出していた。週刊誌がレイカを偽霊能力者呼ばわりしてから、世間全体がレイカバッシングに動いたのだった。当時の報道は過熱気味で、レイカの家まで押しかけて謝罪の言葉を求めていたものだ。まだイクトも幼かったが、その場面はよく覚えていた。


 シズクがレイカに聞く。


「いまでも霊が見えるのですか?」


 レイカは首を振り、こぼれる涙をジャージの袖で拭いた。


「急に見えなくなったの。それを告白したら今度ははじめからウソだったって言われて」

「ひどい話だ」


 イクトは心からの同情を込めて言う。

 対して、シズクの感想はこうだった。


「よくある話ですね」


 イクトは目を丸くしてそちらを見る。


「シズク!」


 たしなめようとするイクトに対し、シズクは片手を挙げて制した。


「つまり、そのような『霊感』と呼ばれる事象は、わたしも報告書で読んだことがあります。死後の世界があるかどうかについて、わたしは懐疑的ですが……しかしあなたがなにかをのは間違いない」


 シズクはその濁りのない瞳で、レイカを真っ直ぐに見つめていた。

 彼女の言葉にウソはない。いつだってないのだ、とイクトは思う。


 レイカの目元からついに涙がこぼれ落ちた。

 イクトが腰を浮かせてレイカに言う。


「あ、ご、ごめん! こいつにも悪気はなくて!」

「ううん、違うの」


 笑っていた。レイカは涙を流しながら微笑んでいた。


「はじめて信じてもらえた。嬉しかったの」

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