時間限定の

 赤いマジックペンが甲高い音を立てて動く。体育館の床にひざを突いた八的が、広げた校内の施設配置図にバツをつけているのだ。

 耳掛け式通信機からの報告を受けて言う。


「わかった。校庭はぜんぶ見たんだな。ご苦労だった」

「どうなりました?」


 シズクの声がして、八的の顔がそちらを向いた。シズクとイクト、レイカが体育館へ入ってくる。敷かれたブルーシートの間を縫うようにして八的のもとへ。

 ブルーシートの上には相変わらずたくさんの被害者たち。ただ、三人が出発したときよりも明らかに数が減っている。代わりにオレンジのチョッキを着た人物が十人以上も歩き回り、被害者たちに点滴の管を刺したり、寝ている者の姿勢を変えたりしている。


 かちゃん、と広大な空間に空ろな音が響いた。近くにいたチョッキのひとりが駆け寄り、倒れた生徒をゆさぶって意識を戻そうと試みる。別の複数人が体育館のすみから担架を持って走ってきた。


「見ての通りだ。まだ解決してない」


 話せる距離までシズクが来てから、八的が言う。


「彼らは誰ですか?」

「救護員だ。機構を経由して、所属組織から出してもらった」


 目の付け根をもむ八的と、うなずくシズク。

 イクトがため息まじりに確認する。


「じゃあまだダメってことですね」

「そうだ。まだ解決してない。しかも学校中の鏡を割ったハズなのに」


 八的が足下にある地図をもう一度見た。真っ赤にぬりつぶされている。校舎、体育館、武道場に校庭まで。担架が体育館から出て行き、すぐに救急車のサイレンが響く。サイレンは小さくか細くなり、やがて消えた。


「これ学校の外にあったりしないよね?」


 ぽつりとつぶやくイクト。すぐにその場の全員から険悪な視線を送られた。薄々感じていたが、言わないようにしていたことなのだ。


「だ、だってさあ! こんだけ探して無かったらそう思うじゃん」


 地図を指差すイクトに、シズクがため息まじりに言う。


「自然ですね。もしかすると本当にそうなのかもしれない。わたしの見立てが外れたのかも」


 八的がマジックペンを放り出し、レイカは金属バットを地面に突いて寄りかかった。万事休すというわけだ。

 そうこうしているうちにも被害者たちはどんどん体力を奪われている。時間がないし策もない。


「地面でも掘り返してみる?」


 レイカがうんざりした口調で言う。あごに手を置いて、八的は考える。


「やるとしたら重機を入れて、そこら中を掘り返すことになるが……掘り返した土から鏡を探すのもまた大仕事だな」


 シズクは両手を拝むように口の前につけていた。しばし八的の言葉を吟味して言う。


「広い土地を借り上げる必要がありますね。そこへ土砂を運びこんで、薄く延ばしてロードローラーで踏みつけていく……というやり方になるでしょうか。それと、どうせなら徹底的にやるほうがいいでしょう。建物もすべて破壊したほうが効率がいい」


 八的がうなずいた。


「だな。並行して市全体を隔離する必要があるかもしれん。病原体をでっちあげて……」

「ちょ、ちょっとまって」


 イクトが割って入る。


「学校を壊すって言った? ぜんぶ更地にしちゃうってこと?」

「そうだ」


 あっさりと肯定する八的に、イクトは口を閉じた。八的は体育館いっぱいの被害者たちを指差す。


「たくさんの命がかかってる。出来ることは全部やる。学校を壊してなお収まらないようなら、市全体で鏡を壊していく」


 押し黙ったままの生徒と教員たちを見つめ、イクトは悩んでいる様子だった。そうだろうな、彼にとっては大事な場所だものな、と八的は思う。八的としても破壊は避けたい。しかし学校は再建できるが死者は蘇生できないのだ。少なくとも通常の状況では。


 イクトが全員に向けて言う。


「学校の敷地内はぜんぶ見たよね」


 うなずく三人。


「持ち物検査もした」


 またうなずく三人。


「じゃあうーん……たとえば透明な鏡とか」


 指を立ててイクトが言うが、


「それ鏡じゃないじゃん」


 レイカから即座に棄却されてしまった。


「そしたら……一見して鏡に見えない鏡! というのは!」


 イクトはめげずに、また指を立てる。


「鏡に見えなかったら鏡ではないのでは」


 シズクが冷ややかな口調で言う。またも棄却である。


「あー、じゃあ……そうだな……時間限定で現れる鏡とか?」


 イクトの指から力が無くなっていく。


「どういう仕組みだ? それは」


 今度は八的が呆れたような顔でイクトを見た。

 指だけでなくイクトの全身が曲がっていった。気にしないで、と手を振る。やはり万事休すか。


「ちょっと待って」


 そこでレイカが声を上げた。


「時間限定の鏡。あるかも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る